第222話 ドワーフの女王
―――修行40日目。
アーデルハイトとクロッカスの勇者組が合流し、竜車を走らせる事一日。悠那達は現在、目的地の一歩手前の街道を移動中だ。
「………(ぼけー)」
「ちょっと、織田。朝で眠いっていうのは分かるけどさ、もうすぐ連合の召集場所に到着するんだ。シャキッとしてよ、シャキッと」
「織田君、寝不足かい?」
「あ、ああ、いや…… 流石に同じ場所で寝るとかはないよな、ははっ……」
織田が何を期待していたのかは、敢えて誰も問わなかった。しかし当然の事ながら、この竜車で移動すると決まってからというもの、基本的な生活スペースは男女別々となっている。要はアーデルハイト側とクロッカス側で、はっきりきっちり分かれているのだ。就寝の際、竜車のキャビンに悠那達が泊まるのに対して、織田達は自前の野営テントにて眠る。そんな当然の事が、織田はすっかり頭から外れていたようだ。
だが、全く役得がなかった訳でもない。食事は悠那と千奈津が調理した手料理を食べられたし、移動中は千奈津と会話する事ができた。これだけの事でも織田にとっては神に感謝して、毎週礼拝堂に通っても良いレベルで幸運な出来事だといえる。
「それにしたって幸運、ああ、俺は何て果報者なんだ…… やっぱり神様っているのかな……?」
「……? あ、ああー! 桂城さんの料理、とっても美味しかったもんね。僕、思わず何杯もおかわりしちゃったよ」
「そうだな。絶品、マジで絶品だった。本気で昇天するかと思うほどに……」
真摯に料理の感想を述べる真丹と、紳士に感想を述べる織田。どうしてここまで差ができてしまったのかと、渕は肩をすくめる。
「色んな国の勇者が集まるなんて、とっても楽しみだねぇ~。強い人いるかなぁ~?」
「悠那、強い人がいても倒しちゃ駄目だからね? 私達の目的は魔王を倒す事なんだから」
「大丈夫、ちゃんと分かってるから。魔王を倒して騒動を解決して、それから個人的に果たし状を送れば良いんだよね?」
「分かっているなら、良し!」
「いやいや、良しじゃないでしょ! 鹿砦さん、そんな冗談の言える人だったっけ!?」
「え? 別に冗談じゃないのだけれど…… 相手の同意があれば別に構わないんじゃないかしら? 闇討ちする訳でもないし」
普段ツッコミ役の千奈津が、渕に猛烈なツッコミを入れられてポカンとしてる。デリスの準弟子のような立ち位置且つ、ネルの愛弟子として長らく活動していたせいか、真面目な千奈津は両者の毒気に侵され、倫理観が少しばかり麻痺しているのかもしれない。いや、どうせそうなるんだからと、最もスマートに事が済むよう工夫しているというべきか。どちらにせよ、千奈津の精神は以前よりも逞しくなっている。
「わー、ナチュラルに返されちゃった……」
「フチさん、オダさん、呆けている場合ではありません事よ! 目的地はもう目前です! 今一度ふんどしを締め直してくださいましっ! マスター・マニのようにどっしりと!」
「あの、僕は横にでかいだけだから…… それとテレーゼさん、僕の呼び方、何でマスター?」
「私に土魔法の可能性を教えてくださった、大恩人だからですわ!」
「うーん、教えた記憶はないんだけどなぁ……」
竜車は賑やかにクロッカスの地を走る。その先頭を駆けるマカムとレドンは、勇者連合の召集場所にして、ドワーフの女王が住まうクロッカス城をいよいよ視界に収めていた。
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「オダ様、おかえりなさいませぇー!」
「ふんばっ!」
クロッカス城に到着して、王座の間に通された悠那ら。そこで待ち構えていたのは、ドワーフの女王による熱い抱擁だった。織田目掛けて放たれる目にも止まらぬタックル、全身をガッチリと掴むホールド、そのまま壁ドンへと綺麗に連携。ドガシャンと轟音を立てながら、織田と女王は巻き起こった粉塵の中へと消えてしまう。
「これは予想外の挨拶…… 熱烈……!」
「でしょ? ここを訪れる度にやられているのに、織田ったら絶対避けないんだ。何だかんだ言って、気があると思うんだよね」
「単純に避けられなかっただけだと思うけど? 少なくとも、僕は避ける自信がないよ。そもそも残像しか見えないし……」
「む、そういう見方もあったか。流石は真丹ソン君だ」
「元気な女王様なんだね~」
「素晴らしい事ですわね!」
「お城が揺れてるけど、これって大丈夫かしら?」
誰も織田を心配していないかった。皆が言いたい放題しているうちに、壁の激突で生じた粉塵が収まっていく。その中から人の形をしたシルエットが見えてきて、次第にそれがハッキリとしたものへ。気絶した織田を肩に抱えて現れたのは、先ほどチラッと残像が見えたドワーフの女王、クラリウス・クロッカスの姿だった。
(わっ、可愛い女王様……っ!?)
一瞬千奈津は、クラリウスを純粋に可愛いと感じた。栗毛色でふわっとしたウェーブの髪、くりっとしたつぶらな瞳、愛くるしい太陽のような表情――― どれをとっても、可愛いとしか言えなかったのだ。容姿としてはウィーレルよりも幼く、人間でいえば10歳やそこらのものだろう。可憐なドレスで着飾っているところが、少し背伸びをしているようで自然と微笑んでしまう。
ただ、少し待ってほしい。クラリウスは織田を肩に抱えて現れたのだ。そんな事は、とても幼い少女にはできない事である。しかし彼女はやっていた。それがごく普通の事であるかのように、170センチの織田を悠々と抱えている。
(ちょっとだけサイズがおかしい。ううん、大分おかしい)
クラリウスの身長は3メートルを超え、王座の間にいる誰よりも巨大なものだったのだ。容姿は幼女なのだが、何を間違えてしまったのか、その姿をそのまま巨大化させている。3メートルもあれば、そりゃ織田を抱えるくらいは容易だろう。
「あら、本日はフチ様、マニ様以外にもお客様が大勢いらっしゃっていますのね。はじめまして、私クロッカスの国を治めておりますドワーフの女王、クラリウス・クロッカスと申します。以後、お見知りおきを」
「……ど、どうも、はじめまして」
言葉遣い、そして声がまた綺麗なもので、ウィーレルとデュエットを歌ってもらいたいと思うほど。先日の渕の言葉の通りなら、見た目の通り心優しい女王様なんだろう。見た目の通り。
「どう? 織田にはもったいないくらいに完璧な女王様でしょ?」
「いやですわ、フチ様ったら。私なんてまだまだ未熟者ですの。それに、もったいないのは私の方です。オダ様は素晴らしい方ですし…… ポッ」
両手で顔を隠しながら赤くなるクラリウス。その上、貞淑さまで備えているようだ。出会い頭のタックルさえ抜かせば、ここまで何の問題も見られない完璧な女王である。いや、城を揺らすタックルだって、織田を想うあまりに無意識に出してしまったものだろう。言わば、愛があってこその行為。それを含めてやはり完璧であった。欠点がまるで見つからない。
「お、お前ら…… 肝心なところから、目を背けてないか……?」
クラリウスの肩から何とか降りようとする織田。そんな時、彼の手が偶然クラリウスのドレスの隙間に入ってしまい―――
「お、オダ様、そんな急に動かれては…… キャー!」
「ふぇげー!」
「織田くーん!」
両手で突き飛ばされ、彼方へと吹き飛ばされる織田。再び城が揺れはしたが、眼鏡は無事だった。
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