弔旗

小狸

短編

 その言葉は二文字で、誰より私を傷付ける。


 「才能」である。


 才能。


 持って生まれたかった。


 そして才能を持つ人に、私は憧れ、妬み、嫉み、羨ましいと思う。


 こんな文章がある。


 努力も才能のうちだ、才能は環境が作るものだ、仕方ないから我々凡人は頑張るしかない、お前は人よりも何かを頑張ったのか、才能を持った人というのは誰よりも頑張った人なのだ、頑張ること自体は誰にもできよう、それでも頑張り続けることはどうだろう、何か一つのことを一所懸命に一心不乱に頑張り続けるというのはなかなかできないのではないか、勿論前置きした通りそれは環境の要因というのもあろう、親の年収や教育方針、ひいては指導者や交友関係の有無など多々挙げられる、そんなものは些細なことだ、才能を作るのは環境である、これに間違いはない、頑張れる人間は頑張れる土壌で育ったから実った、努力できる人間は努力できる場所があったから実を結んだ、ただし才能を磨くこと、これに関しては環境云々うんぬんではないのではないだろうか、誰しも自分の固有能力が表示される令和の世ではない、自分が何が得意で何が不得意かは自発的にのだ、だから磨け、とにかく磨け、その才能なのか分からない何かを磨き続けろ、それが泥の団子だったとしても、およそ他人の役に立つものではないように見えても磨け、それを世の役に立てるのは、我々大人たちの仕事だ。


 ――とは。


 ある小説家が、十代の頃、処女作――という表現も最近規制の対象になりかねないが、敢えてそう表現しよう――として文壇に華々しく立った、新人賞受賞作の作中において披露された、才能論である。


 その人物は、性別も写真も明らかにしていない。


 希根きねきずという。


 人は希根を、天才と呼んだ。

 

 十代で文壇に立って以降、安定したペースながら異常なほどの多作で知られ、一体希根創実の辞書には幾つの言葉が載っているのか、という評論が出るほどに、一世を風靡した小説家であった。その作品は多岐に渡り、分類に縛られず、実写ドラマ化、アニメ化、映画化も当然のように経験した。当時――私が思春期の頃には、希根小説という表現が、テレビや雑誌等で当たり前に使われていた。それほどまでに小説の時代を開拓し、変革した、一人の小説家ではある――希根先生のお蔭で、今の、小説家を目指す私がいると言っても過言ではなかった。尊敬する作家は誰ですかと訊ねられたら、真っ先に希根先生の名前を挙げていた。


 洞察力の鋭い方ならお分かりの通り、これらの文章は総じて、過去形で書かれている。


 そういう書き癖なのではなく、敢えてそうしている。


 それこそ、諸先生方のように叙述トリック的に描写できたら良いのだけれど、一作家志望の末端のような私に、そんな技術はない。


 簡単に言うのなら、希根創実は、すたれたのだ。


 執筆ペースもガクンと落ち、刊行される新刊も、シリーズ・ノンシリーズ含めて、何か似たような思想、思考回路になるようになってきた、無理に流行りの要素を取り入れようとして明らかに失敗しているものも見受けられるようになった。のんべんだらりとシリーズを継続するものもあれば、あっさりと簡単に最新のシリーズ店仕舞をするなど、徐々に小説家としての姿勢に、翳りが見え始めたのである。それに伴い――これも世間の変わり身の早さとでもいうのだろうか、今までさんざ希根小説希根小説といって持ち上げてきた旗を仕舞い、別の似たような小説家に焦点を当て始めたのである。


 私は、希根創実の小説を全て読んできた。


 ムック本から、アニメ解説ブックのオマケ短編小説、果ては映画Blu-ray初回購入特典書き下ろし短々編など、全て網羅してきた。


 だって好きだったから。


 希根先生は、私の全てだった。


 しかし、最近の希根先生を見て、それが間違っていたことを知った。


 私は、、希根創実が好きだったのだ。


 多方面に喧嘩を売るでもなく媚びへつらうでもなく、全方面を包括し、ありとあらゆる分類を網羅し、自身の名を冠して希根小説と世間に言わせしめた、あの頃の熱。


 それはもう、冷めてしまったのだろうか。


 それが、私は嫌だった。


 とても嫌だった。


 


 


 私が筆を折ったのも、それが理由である。


 小説家は諦めた。


 目指すべき旗を失った末路である。


 そうして、小説に割いていた時間をプライベートに充てるようにして、もうすぐで半年が過ぎる、ある日。


 久しぶりに小説投稿サイトの公式サイトに行った。


 理由はない。


 その頃には、希根創実に関するニュースは、ほとんど下火になっていた。折角作られた特設サイトも、公式サイトも、更新が止まってしまっていた。


 本当に久しぶりだったので、IDとパスワードを要求された。


 忘れたので、メールアドレスで再設定して、ログインした。


 すると丁度良くお題のついた小説を募集しているではないか。


 ほとんど殴り書きのように、私はこれを書いた――という塩梅である。


 乱文乱筆申し訳ない。


 最後に、一つだけ。


 私程度が先生に何かを言える立場にはないし、この文章を先生が目にすることは絶対にないだろうと確信しているけれど、それでも、僅かばかりの希望の根を、この場所に降ろして託したい。


 その才能を。


 どうか、離さないで。




(「弔旗」――了)

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