第265話 結束

 ―――デラミス・孤児院


 ここまで説明したはいいものの、肝心の初代シスターに関しての情報が少な過ぎる。今のところ名前さえ出てきていない。


「それで、コレットはシルヴィアに何て答えたんだ? 孤児院をここまで立派に築き上げたシスターが行方を晦ましたら、いくらなんでも噂にはなったろ?」

「それが全く。私がこの孤児院のお手伝いをし始めたのが、孤児院を改修してシスター・マリガンが管理するようになってからです。当時その方はもういらっしゃらず…… 私もその頃はそれ程気に留めておりませんでしたので、シルヴィアさんの質問にも分からないと返してしまいました。その後デラミスに戻ってから調査したこともありましたが、シスターをよく知る方々もどこかで静養しているとしか……」

「静養?」

「ええ、どうも体調がよろしくなかったようですね。シルヴィアさんとエマさんは行方が分からなくなった後も、簡単な文字のやり取りができるマジックアイテムで文通をされていたと聞いています。その内容までは伺いませんでしたが、最後に連絡が取れたのが2年前。以降の経緯はシルヴィアさん達も分からないとおっしゃっていました」

「それが騎士団を辞めた原因か…… ちなみにシスターの名前は分かったのか?」

「エレンです。シスター・エレン」


 ……エレン、やはり知らない名だ。静養という理由を提示されている中で、シルヴィアとエマが血眼になってシスター・エレンを捜索するとは思えない。考えられるとすれば、そのマジックアイテムか。最後のやり取りで何が書かれていたのかが気になるな。


「あら、シスター・エレンのお話ですか?」


 コレットとの内緒話が聞こえてしまったのか、マリガンさんが尋ねてきた。


「ええ、この孤児院を立ち上げた素晴らしい御仁だったと聞きまして。残念ながらコレットは直接会ったことがないとのことでしたが」


 ある意味都合良いか。対面したことのある彼女なら何か知っているかもしれない。


「丁度入れ替わる形となってしまいましたからね」

「どのような人物だったのですか?」

「そうですね。文武兼備。女の私から見ても惚れ惚れする美貌。厳しくも優しく、そして慈愛に溢れる方でした。病弱な面もあったようですが、最初に孤児院で暮らすことになったルノアには剣術を、アシュリーには魔法をよく教えていましたね。時には習う項目を逆にしてみたりと…… シスター・エレンの教え方が良かったのか、2人に素質があったのか、ぐんぐんと力を積み重ねて今では騎士団に入団するまでに。いえ、やはり才能に溢れていたのでしょう。特にルノアは食欲も豊富で何でも美味しく食べ―――」


 出るわ出るわ、褒め殺しのお言葉の数々。絵に描いたような完全無欠な超人だ。なぜか途中からはシルヴィアとエマの自慢話にシフトしてしまっているので、そこは省こう。俺たちが求める情報は持っていないようだしな。しかしながらこの人、少しばかりジェラールと同じ気質を感じる。


「あなた様、コレットとばかりお喋りしてずるいです。少しは私にもかまってください」

「お前、さっきまで甘味に夢中だっただろ……」


 シュトラがクッキーをリスのように食べる横で、メルフィーナが俺の袖をクイクイッと引っ張ってきた。


「まあまあ、お見事な食べっぷりですね。ルノアを思い出してしまいます……」


 ほろりと涙を浮かべるシスター・マリガンはこの際置いておこう。


 テーブルの上を見るとクッキーの皿が空になっている。欠片どころか粉も見当たらない。予想するならば食べるものがなくなって暇になり、俺と話すコレットが羨ましくなって会話に参加したくなったと。まあそんな流れだろう。メルよ、綺麗に食すのは褒められるべき事柄だが、これは皆で食べる菓子なんだからな。だがあの少量で今まで持たせたのは偉いぞ。シュトラにも一枚渡してるし、成長したな!


「ええと、ケルヴィンさんとメルさんは…… そんなご関係なのかしら?」

「そんな関係です。婚約こそまだですが、同じ布団で寝る仲なのです」

「うおい!?」


 教会、教会よ、ここ! 自分を崇める教会の中で、この女神様は何をとち狂った爆弾発言をしていやがるの!? それにお前、本当に傍若無人に隣で寝てるだけじゃねぇか。お陰様で地力の危険察知能力が日々向上するばかりだぞ。


「それは残念。てっきり神像が恋人の巫女様にも、遂に春が来たのかと勘違いしてしまいました。巫女様が男性をお連れするなんて初めてでしたし、呼び捨てにされていましたし」

「シスター・マリガン。おふたりは固い絆で結ばれた夫婦でして、私の出番はないのです。誰よりも信頼している、という一点においては間違いありませんが」

「私もお兄ちゃんやお姉ちゃんが大好きよ!」

「あなた様、いい加減に式の準備を致しましょう」

「あらあら、罪作りなお人ですね」


 焦る俺を無視するように、平然とした顔で話を進める彼女らと無垢なシュトラ。微笑ましかったり、頼りにされたりと予想外な反応に戸惑ってしまう。その中で最も欲に忠実な発言をしていたのが、女神だったのにも戸惑ってしまう。「マジかっ」という窓辺から聞こえてきた呟きが唯一の俺の救いだ。ありがとう、覗き見してるシスター・アトラ。


『ケルヴィン、聞こえるかな?』

『お、おう……』


 やや気後れした返事を返してしまう。届いた念話はアンジェからだった。


『あれ? ケルヴィン、何か元気ない?』

『色々あってさ……』

『おおっと! お姉さんが慰めてあげようか?』


 何をする気だ、何を。冗談がてらになら今度頼むと答えつつ、本題に移る。


『それで、調査の報告か?』

『そ、第一報ってとこ。えっと、一般にはまだ伏せられた情報なんだけどさ。もう確定っぽいから伝えるね。明日、デラミスの勇者が帰還するらしいよ』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――デラミス・とある公園


 周辺に信者団体の巡礼姿が見えなくなったのを確認。孤児院のシスター達に別れを告げ、俺たちはデラミス中枢付近にある原っぱにやって来た。自然公園と例えた方が近いかな。まあとんでもなく広大な街中にあるだけあって、とんでもなく広い公園だ。


「シュトラちゃんのそのお人形、まだ拝見していないものですね。見上げる程の巨大さですが、トライセンの新作ですか?」

「えへへ、良いでしょ~。エフィルお姉ちゃんに作ってもらったの。ほら、モフモフ!」

「触って良いのですか? では、失礼して…… お、思っていた以上にモフモフです……!」


 ベンチに腰掛ける俺とメルフィーナは、仲睦まじくゲオルギウスに抱きつくふたりを眺める。今でこそ外見の年齢差で姉と妹のように見えてしまうが、シュトラとコレットが西大陸の学園に通っていた頃は『金の賢女』と『銀の聖女』と呼ばれ、常に成績のトップを争っていたそうだ。その縁で2人は親密になり、国家は違えど親友になりえた。


 この自然公園に寄ったのは2人に時間を作る為――― ってのもあるが、一番の理由は俺がメルと話したかったからだ。デラミスの勇者、刀哉や刹那達が帰還する。アンジェが裏を取った情報だ。まず間違いないだろう。


「刀哉達が戻って来るってことはさ、やっぱ元の世界――― 日本に帰るんだろうな」

「ええ、その為に魔王を倒そうとしていたのですから」

「メルに無理矢理連れて来られたんだもんな。物語としてはよくあるパターンだとは思うけど、冷静に考えれば酷い話だ」

「あ、あなた様、妙に辛辣ではありませんか? 私だって反省はしているんです。望まぬ者より望む者。私が隈なく探し、その上で適性を見定めていれば、刀哉らを巻き込むことはなかったのですから……」


 俯くメルフィーナの顔を下から覗き込む。眉の下がる角度、瞳の潤み方、この唇の形――― うん、どうやら本当に反省しているようだ。


「ま、何だかんだで楽しんでいたみたいだし、良いんじゃないか? 特に雅なんかは心の底から喜んでいたし」

「……そうでしょうか?」

「そうだよ。あれは感情表現は苦手だが、自分に素直なタイプだ。憎悪を向けられた俺には分かる。だからさ、最後くらいはお前自身で送ってやれよ。ちゃんと礼を言ってな」


 メルフィーナは黙って頷く。大丈夫だ。よしんば万が一があっても、コレットが死ぬ気で何とかするし俺もフォローする。悪い結果にはならないさ。


「……でもさ。最後に一勝負くらいしても、罰は当たらないと思わないか? あいつらも成長してるだろうし」

「どんな時でも本音を曝け出せるあなた様は素敵だと思います。ですが、罰を当てるかは神である私次第ですね。デラミス南区にある路地裏の名店『白雫の滝』。そこでの食事で手を打ちましょう。勿論おかわりは自由です」


 自然と手を取り合う俺たち。鉄の結束が更に強まった瞬間であった。


「シュトラちゃん、御覧ください。世界で最も美しい光景ですよ。眩し過ぎて私には直視できません……」

「え? う、うん……?」

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