第264話 始まりの場所
―――デラミス・孤児院
案内されたのは教会の客間。出された茶は高いものではないと言うが美味しく、どこか落ち着く。コレット、シスター・マリガンと他愛ない世間話をしていると、時間もそこそこに外で遊んでいたメルフィーナとシュトラが戻って来た。少し衣類が土埃で汚れてしまっていたので、
「つ、疲れたぁ……」
おっと、王室育ちのシュトラにはちときつかったか?
『ええと、如何せん駆けっこするにも手加減が必要でして。ほら、リオンやリュカと違ってレベル差が……』
『あー……』
そうだったな。シュトラの疲れたは体力的に疲れた、ってことではなく神経をすり減らした意味で疲れたのか。普通の子供相手だと尚更そうか。しかし、疲れの裏には充実したような様子も見られる。条件はどうであれ、やはり同年代と遊ぶのは楽しいんだろう。
そんなことを考えていると、さっき外で見掛けた眼鏡のシスターと彼女よりもう少し背が低く幼い感じの新たなシスターが、ノックをしてからこの部屋に入って来た。
「子供達の遊び相手になってくれて、そ、その、ありがとうございました!」
あわあわした様子で眼鏡のシスターが礼を言う。子供達の相手をしていた際と同様、俺たちに対してもカミカミで落ち着かない様子だ。
「私からも礼を言うよ。まだシスター・リーアは見習いでね。見た通りずぶだから苦労してんのよ」
こちらは小柄で童顔だが男気がある。たぶん、シスター・リーアよりも年下だと思うが、シスターとしては彼女の方が先輩っぽい。
「貴女にはその口調を直すようにと、いつも言っているんですけれどね。シスター・アトラ?」
「こればっかりは無理無理。大丈夫だよ、メルフィーナ様ならお許しになってくれるって、マザー!」
姉御肌溢れる彼女にシスター・マリガンはやれやれと首を振る。
『……と信者が申しておりますが、メルフィーナ様は許すのかな?』
『口調や生き方は個人の自由ですよ。私が縛るものではありません。どちらかと言えば、リンネ教の教えとして制約を加えているのでしょう』
まあ、アウトロー過ぎるシスターがいれば回り回ってデラミスに苦情が返ってくるからな。目立つ不良生徒がいると学校全体が非難されるようなものか。
「シスター・マリガン。そこまで強制するものでもありませんので……」
「そうそう、アンタ分かってるじゃ――― って巫女様!? 巫女様じゃん!? すご、握手してもらっていい!?」
「ええ、構いませんよ」
「アトラ、いい加減にしなさい。それよりもさっさと自己紹介!」
コレットの手をとろうとする彼女をシスター・マリガンが振り払う。やはり信者にとってコレットは雲の上の存在なのか。ちなみに眼鏡の彼女はそれを止めるべきか迷っていたらしく、ずっと戸惑っていた。
「ちぇっ、あと少しだったのにー。私はアトラ! 小さい頃にこの教会に拾われて、そのままシスターとして働いてんだ。今はリーアの教育役も任されてる。よろしくなっ!」
「わ、私はリーアって言います。まだまだ見習いの身なんですけど、よ、よろしくお願いします……」
色々とでこぼこなコンビのようだ。性格的にも、胸囲的な意味でも。
「はい。それじゃあアトラは子供達の所へ戻りなさい。今は勉強を教える時間の筈でしょう?」
「えー、折角巫女様が来てるのにー。それはない―――」
「―――シスター・アトラ?」
「はいっ! 包んで受けますっ!」
謹んで、な。シスター・マリガンが威圧感のある笑顔を浮かべると、アトラは間違った敬語を叫びながら孤児院へ走って行ってしまった。何かトラウマでも抱えているんだろうか……
「相変わらず、ここは賑やかですね」
「巫女様は身分を伏せて、お手伝いによく来てくださってましたからね。あの子ったら、全然気付いてないようですけれど」
「いいのです。少しでも力になれたのなら、これ以上の幸せはありません」
「まあ、本当にご立派になられて……」
俺はツッコミを入れたい気持ちで一杯になってしまうが、シスターは感動のあまり震えている。メルフィーナは…… 茶と一緒に出されたクッキーに夢中か。道理で口数が少ないと思った。
「うん? シスター・リーア、あの看板はなぁに?」
椅子の上で足をぶらぶらさせていたシュトラが、暇をしていたのか客間の壁際に立て掛けてあった長方形の看板に目を付けた。看板は古いものなのか、所々字が掠れてしまっている。
「は、はひっ! ……え、ええと、これは孤児院が改装される前に付けていた看板ですね。教会横の孤児院、脆くなってしまって危険ということで、一度改修工事を行ったことがあるんです。確か、その時を境に孤児院の名前も変わりまして―――」
「捨てる訳にもいかず、ここに置いてあったって話です。本当でしたら客間になんて置いておくべきじゃないのですが、何分この教会は人目に付かず、早々お客様が来られる所ではありませんでしたので…… それにしてもリーア、よく勉強していますね」
「あ、ありがとうございます」
シスター・リーアは顔を真赤にして照れ臭そうだ。どう見ても褒められ慣れてない。そうだな、もう少し聞いてみようか。
「なるほど。ちなみに今は何て名前なんですか?」
「リフィル孤児院と言います。で、でも施設名はそれ程変わってなかった筈です。えっと―――」
「あれっ? もしかして、その時の孤児院の名前って、リフリル?」
「あら、物知りですね。少し語呂を良くしただけですが、それを機に看板も真新しくしたんです。私がここの管理を任されたのも、その時期だったかしら」
「わっ、本当!? ここって、ルノアとアシュリーが育った場所なのね!」
ルノア? アシュリー? ……誰だったかな。
「……! あの子達をご存知、なのですか?」
「うんっ! 私の親友よ!」
「そう、でしたか。孤児院を出てトライセンに仕官し、騎士団に入団したと手紙で聞いています。ただ2年前から音沙汰がすっかりなくなってまして、心配していたんですよ。あの子達、元気にしていますか?」
「御免なさい。実は私も2年前から連絡が取れなくって……」
「そうですか…… もう、あの子達は何をしているんだか……」
2人の気分が一気に沈んでしまった。誰だが知らないが、どうやら行方知らずって感じか。うん? コレットも真剣な表情をしているな。これは事情を知っている顔だ。2人に聞く雰囲気でもないし、コレットに確認するか。
「コレット、その2人って?」
「ケルヴィン様はご存知でないのですか? ―――あ、そうですね。言われてみれば、まだお伝えしていませんでした」
いや、ひとりで納得しないでくれ。
「ルノアさんとアシュリーさんは、その、詰まり……」
コレットが俺の耳に顔を寄せて小声で話す。
「シルヴィアさんとエマさんの、名を変えられる前の本当の名前です」
コレットが事情を詳しく話してくれた。纏めるとこうだ。シュトラ達が話すルノアとアシュリーは、昇格式の時に出会ったシルヴィアとエマのことらしい。ルノア=シルヴィア、アシュリー=エマってことだな。
2人のこれまでの経緯を順々に辿っていこう。2人は路上に倒れていたところを孤児院のシスターに拾われた。ルノアとアシュリーは血の繋がった姉妹ではない。だがどちらも親が分からず、どこの生まれかも知らない。気が付いた時には力を合わせて何とか生きてきたと言う。衣類はボロボロであり、まるで奴隷が逃げてきたかのような服装だったそうだ。尤も2人の首にはその証はなく、デラミスにおいて奴隷をそのように扱うことは固く禁じられている。デラミスの奴隷商に輸送され奴隷になる筈だった少女が、首輪をかけられる前に逃走した。そんなところだろう。
ルノア達を拾ったシスターはマリガンさんとは別の人らしく、孤児院改装前の管理人だったシスターだ。いや、管理人という例えはまた違うな。この教会と孤児院は元々廃棄されていた施設で、昔は管理人どころかこの場で働く者もいなかったのだから。朽ち果てた施設を独力で修繕し、活動を始めたのがこのシスター。マリガンさんは途中その活動を知り、手伝いをし始め――― まあ、そんな流れで孤児院も形を成し、デラミスから正式に認められるようになったのだ。マリガンさんの話だと、そのシスターは基本的な勉学だけでなく、生きる上で必要な知識と技術を色々と教えていたそうだ。2人も実の姉のように慕い、懐いていた。
孤児院が立派になる頃には2人も成人し、旅立つ時を迎えていた。デラミスを出て、トライセンへ仕官。そうして魔法騎士団の将軍、副官になったという流れだな。竜王の加護を持っているあたり、途中色々あったんだろうが、そこまではコレットも知らない。
そして2年前、将軍と副官である2人はあっさりとその地位を捨て、名前を変えて冒険者となった。昇格式後の会食の夜、シルヴィアがコレットに相談していた内容、それもこの目的が関係している。 ―――その目的は行方が分からなくなった、孤児院初代シスターを探すことだった。
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