第263話 孤児院

 ―――デラミス


 デラミスの街並みはどこも眩しい。それは偏に街の全てがまっさらな白であることが挙げられるのだが、対して俺たちの服装が黒色系統なのも気になってしまう要因のひとつなのかもしれない。住民の服装まで白で統一されているからな。本当に隅々まで徹底している。


「―――情報収集と頼まれた要望を実行するのに、少し時間が欲しいかな。それまでデラミスの観光でもしててよ。あ、夜のお店でお勧めを教えようか?」


 フィリップ教皇がこんなことを言うものだから、俺たちは一時的に時間を余らせることになってしまった。客人扱いである為に不用意にデラミスの外には出て欲しくないらしく、街の中で時間を費やさなければならない。まあ、それでもこれだけ広大なデラミスの首都だ。観光はガウンでお腹一杯になるくらいにやったのだが、国が変われば新たな好奇心も生まれるというもの。そんな訳で、今はメルフィーナとシュトラ、そしてコレットも連れて街中を散策しているところである。


 コレットについては教皇の好意で案内役として同行させてくれたんだ。しかしデラミスにおいて、彼女の知名度と神聖度は著名なもの。嫌でも目立つので、俺がいつもやっているようにフードを深く被らせている。


 ちなみに他のメンバーも別行動でデラミスを散策中だ。日用品の買出しに向かったのはエフィルとリオン。ジェラールとセラ、ダハクは各々にとって珍しいものがないか探しに行った。アンジェには申し訳ないが個人的に情報収集をお願いしている。リオンあたりは俺のグループと一緒になるかと思っていたが、せっかくシュトラとコレットが久しぶりに会うのだから邪魔をしたくない、と言うのだ。俺はその場で頬ずりをしたい衝動に駆られたが鉄の意志で我慢した。


「しかし、広いな……」

「都市規模で言えば東大陸最大ですからね。街の外周は一日中歩いても、とても一周するまでは行き着きませんよ」

「うへー……」

「お兄ちゃん、しっかり!」


 俺に背負われるシュトラは元気そのもの。うん、歩かないから疲れないもんね。


「うふふ、ケルヴィン様はすっかりシュトラちゃんのお兄様になられましたね」


 コレットのこぼれんばかりの笑顔にあの時の変態性は見られない。エネルギーを補給して満足した為か、それともあの声は夢か幻だったのか。おそらく、いや確実に前者だと思うが、深く考えないことがお互いにとって一番だ。知恵を絞った末、俺の並列思考はそのような答えを導き出した。考え過ぎ、良くない。


「ぱく…… んん~♪」

「好きなだけ食べてくださいね、メル様」


 メルフィーナは甘やかす巫女がいるせいで、すっかり食に集中してしまっている。俺の懐は痛まないが、信仰の象徴がこんなんでは信者の心にある女神像に傷が付かないか心配になってしまう。まあ、少なくともこの状況に拍車を掛けているコレットは至上の喜びタイムのようだし、いいか。こうしている分にはまだ普通の光景だ。


「ケルヴィン様もおひとつどうですか? はい、シュトラちゃんも」

「ありがと、コレットちゃん」

「俺の分はメルにやってくれていいよ。まだまだ食べたりないだろ?」

「あ、あなた様……!」

「な、何と麗しい夫婦愛でしょうか……! これは是非とも聖書へ記載し、後世に残すべく―――」

「コレット、ストップ」


 大急ぎでコレットの口を手で塞ぐ。お前は何を後世に残そうとしてるんだよ…… 悪いが言ったそばから変態性を垣間見せないでほしい。


「うん? 前から沢山の人が来るよー?」

「本当だ。大人数だな」


 シュトラが道の前方から、祈りを捧げながら歩いて来る僧侶の集団を発見する。広い街並みと言えど、この辺りの道は住宅地の歩道。このままでは鉢合わせになってしまうな。


「……ふう。リンネ教信者の巡礼ですね。信仰に意欲的なのは素晴らしいことです。ただ、このまま顔を見られては面倒ですので――― あちらに参りましょう」


 そう言うと、コレットが歩道の脇道に入って行った。俺たちも後を追う。


「この先は確か――― 孤児院があるわね」

「ええ、その通りです。人の往来は殆どありませんし、そこなら多少なりは私の顔が利きますから、少し休憩と致しましょう」

「シュトラ。まさかとは思うが、この呆れる程広いデラミスの地図をもう覚えたのか?」

「ううん、覚えたのはずっと前よ? 昔デラミスで会食があった時に、ついでにと思って勉強したの」


 昔の記憶から情報を引き出していたのか。シュトラの忘れていない部分の記憶だろうが、普通そんなとこまで覚えてないだろ。子供の頃に何となく引いた辞書のページ全てを未だに暗記しているようなものだ。過去の教訓から扉の鍵の大切さは学んでいるが、シュトラの前で変なことは絶対にできないな。『完全記憶』、恐ろしいスキルだ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――デラミス・孤児院


「シスター・マリガン。お久しぶりです」

「まあまあ、巫女様ではありませんか。いつ振りでしょうねえ」

「もう、巫女様なんて。昔のように呼んでくださいよ」


 トントン拍子で孤児院を運営するシスターの老婆と話を取り付けるコレット。2人は顔馴染みらしく、思い出話に花を咲かせながら談笑している。


 この孤児院はリンネ教の教会横に併設された施設であり、訳あって親のいない孤児や事件に巻き込まれてしまった子供を保護しているんだそうだ。保護している子供16名に対し、孤児院で働く者はあの老婆を含めたシスターが3人だけ。しかも、うちのチビッ子共と比べ物にならない位のわんぱくな子供達だ。今も孤児院前の庭では、眼鏡を掛けたシスターが子供達に振り回されている。年齢は俺と同じくらいだろうか。そして巨乳、修道服の上からでも分かる。む、今度は悪戯坊主に胸を掴まれてしまった。これは大変そうだ。うん、うん……!


「ケルヴィン様、了解を得ました。こちら、孤児院を取り仕切っているシスター・マリガンです」

「巫女様から話は伺いました。まさかS級冒険者様がこんな所にいらっしゃるとは…… あ、でも子供達には内緒にしておいた方がいいですよ。色々と騒いじゃって、あのシスター・リーアのようになってしまいます」

「ハハハ、肝に銘じておきます」

「それでは中へどうぞ。今、何か冷たいものでもお出ししますから」

「どうぞお構いなく」


 教会に入ろうとする直前、シュトラが子供達の方を見ていることに気が付く。俺の後ろにいたメルも気付いたようだ。


「シュトラ、子供達と遊んで来てはどうですか?」

「え? で、でも……」


 気恥ずかしいのか、俺の背にしがみ付く力が増す。久しぶりに人見知りが発動したか。同年代に対してはまだ照れ臭さがあるんだろう。


「……あなた様、ちょっとシュトラをお借りしますね♪」

「えっ? あ、おいっ」

「わわっ」


 メルフィーナが俺の背からひょいっとシュトラを持ち上げ、そのまま地面に下ろした。そして、一緒に手を繋ぐ。


「私も一緒に行きましょう。なぜかとっても童心に返りたい気分ですので!」

「ふぇっ?」

「では、出発!」

「ふえーっ!?」


 メルフィーナとシュトラが子供達の下へと突撃しに行ってしまった。これには眼鏡の巨乳シスターも吃驚である。うーん、まあ普段からリオンやリュカの後に付いて回るシュトラだ。これくらいが丁度良いのかな。


「メ、メル様とシュトラちゃんの巡り巡るラプソディ、ですって……!? 更にはその神聖なるお顔を子供達にもお見せになられるなんて…… メル様の底知れぬ慈愛は高尚高潔完全無欠っ! いけないわ、コレット。如何にメル様やケルヴィン様がお気になされないからって、ここは学び舎であり神の家……! 出すことが許されるのは鼻血までよ……!」

「鼻血も駄目だって」


 教会の入り口で隠れるように覗き窺うコレットに軽くチョップする。流石に目の前でやられては無視できん。


「あうっ! ……わ、私は何を?」

「ただの持病の発作だよ。さ、俺たちは中に行くぞ」

「は、はい!」


 ふう、シュトラに見られることはなかったようだ。 ……あれ? 何か俺、慣れてきた?

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