第266話 勇者の帰還
―――火の国ファーニス
神と死神による裏契約が結ばれたこの日。西大陸南東のとある国、ファーニスの王城では宴が開かれていた。国章でありシンボルでもある火を国中に灯し、昼夜問わずそこかしこが真赤に燃え盛る。踊り、飲み、食い、語り、各々が喜びを噛み締めているのだ。その中心に座すのは、長きに渡りファーニスを脅かしていた火山に住まう古竜を討伐した4人の英雄達だ。
「して、刀哉よ。本当に明日には旅立ってしまうのか?」
宴の席にてデラミスの勇者、そのリーダー格である刀哉に問い掛けるファーニス王。それまで近くにいた雅と奈々が、炎の用いた余興を眺めに席を離れたのを見計らっての行動だった。
「はい。俺たちの目的であった魔王の討伐が東大陸で成されてしまいましたので…… 一度、デラミスに戻ろうかと思います」
「ううむ…… 私に君らを止めることはできぬが、もう少しこの国に滞在してはどうか? 私だけでなく、国民達も皆歓迎するぞ。何だったら私の娘を―――」
「国王、嬉しい申し出ですが」
刀哉はすまなそうに首を横に振った。
「……そうか。そうであるな。刀哉には既に先約がいるのであったな」
「え、何ですって?」
「クックック、誤魔化すでない」
「………?」
勝手に納得する国王と疑問符を浮かべる刀哉。その様子を遠目に眺めていた刹那は、「今日は不祥事が少なかったな」と胸を撫で下ろすのであった。
「勇者様! 帰られるとは真ですか!?」
「いやいやいやっ! 私を置いて行かれるのですか!?」
「これは姫様方。ええと、残念ですが本当ですよ。その、すみません」
「こ、これ。お前達、今は宴の席であるぞ」
「「お父様は黙ってて!」」
―――と思ったのも束の間。刀哉と国王の間に乱入する2人の姫。刹那はこめかみを押さえながら、いつものように事態を収めに向かう。「ああ、今日は雅と奈々が席を外していているから楽だな」とポジティブに思考を騙しながら。
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―――ファーニス城・転移門前
夜遅く、所によっては朝まで開かれていた宴のあくる日。国中の人々が騒ぎ疲れ、商人もが店を休みがちにしてしまっていた早朝であったが、王城では勇者との別れの時が近づいていた。刀哉らは朝食を取り、早々にデラミスに帰還することにしていたのだ。ファーニス唯一の転移門が存在する王城の一室では、別れを惜しむ声が殺到していた。
「では、皆さん! また会う日まで!」
「ばーい」
刀哉と雅が世話になった兵士や使用人達に別れを告げると、その度に悲鳴じみた叫びが上がる。大部分が行かないでくれ、といった類の声であるが、中には愛の告白をどさくさに紛れ込ませる者までいる始末。デラミスの勇者はここでも大勢のファンを作ってしまったようだ。
「お、お世話になりました!」
「国王、ご迷惑をお掛けしました」
一方でそのような扱いを受けるのが苦手な刹那と奈々は黄色い歓声を2人に任せ、ファーニス王に挨拶をしていた。
「うむ。いや、こちらも申し訳なかったと言うべきか? 昨夜は我が娘達の暴走を止めてくれて助かった」
「なかなか意志が強いようでしたので、あのような形になってしまいましたが……」
暴走する2人の姫とは刀哉に迫る昨夜の姉妹のことである。粛々と事を終わらせたい刹那の思惑に反し、姫君らの血の気は多過ぎた。もう一歩踏み出せば本当に暴れる恐れが出てきた為に、最終的には峰打ちで気絶させる手段を取ってしまったのだ。当然、姫君らは無傷であった。
「いいのだ、気にするでない。ファーニスの乙女は熱き心を宿しておってな、色恋沙汰が関わるとそれがより顕著になる。好きな男は己の力で奪い取れ。そんな言葉が格言として扱われる程だ。あの程度は日常茶飯事、むしろあれくらいが丁度良い」
「は、はぁ……」
そう言われてみれば、先ほどから刀哉を取り巻く声援に怒気が含まれているような。錯覚なのかは不明であるが、長年の経験から良からぬことが起きそうだと予期する刹那。
「かくいう私もその昔、妻に無理矢理―――」
「刀哉! 早くしないとコレットが待ちくたびれちゃうわ!」
「ん、もうそんな時間か?」
「そんな時間よ! ね、奈々っ!?」
「え、う、うん!?」
疑念を確信にジョブチェンジさせた刹那は転移門へ皆を急かす。周囲が惜しもうと、もうそんなことは関係ない。これ以上眉間にしわを寄せたくない。そんな思いで一杯であった。
「転移門の認証、完了しました。いつでもどうぞ!」
タイミング良く王宮魔導士が転移門を起動させる。後はデミラスを思い描き、転移門を潜るのみ。
「ほらっ、行くわよ!」
「ああ、分かってるって!」
「デラミスの勇者よ! もし良ければ最後に聞かせてくれ!」
転移門のゲートに飛び込む寸前、ファーニス王が刀哉らに向かって叫んだ。
「年端も行かぬ君らは、我ら長年の仇敵であった火竜を見事打倒した! そこで問おう。何故に君らはそこまで強い! 勇者であるからか!?」
その問いは純粋な好奇心か、それとも自分もそうありたいとの願望か。ファーニス王の瞳は、無邪気な少年のそれをしていた。一呼吸置いて刀哉が振り返る。
「別に俺たちが勇者だから特別って訳じゃないですよ。ただ、支えてくれる周囲の人々に恵まれていました。俺、実は
「刀哉、門が閉まるってば! 話が長い!」
「あ、悪い! つ、詰まりですね、またお会いしましょう! ではっ!」
―――シュン。
そんな刀哉の言葉を残し、転移門のゲートは閉じてしまった。
「またお会いしましょう、か。成る程な。出会い、そして多くの絆が、彼らの強さの原動力となっているのか……!」
「おお、流石は勇者殿。深いですな!」
国王と家臣はそれっぽく解釈してくれた。
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―――デラミス宮殿・転移門前
「うっ……」
デラミス宮殿の白で統一された色合いのせいか、視界に広がる光景が眩しい。4人は閉じようとする瞼を懸命に開け、目の前を見据えた。
「刀哉、刹那、雅、奈々。皆さん、長きに渡る旅路と使命、大変お疲れ様でした」
耳に入ってきたのは澄んだ、どこか懐かしい声。この世界に召喚された際、最初に聞いた言葉。
「ようこそ、神皇国デラミスへ。勇者の皆様。私は貴方方を召喚したこの国の巫女、コレット・デラミリウスと申します。 ……と言うのは今更ですね?」
「「「「コレット!」」」」
初めて出会った時もこの服装だった。白と銀で飾られた巫女服のコレットがそこにいたのだ。まるで長年会えずにいた親友との再会を喜ぶように、勇者達は走り出す。 ……しかし、その両端にはいくつか他の人影もあり―――
「皆様、お久しぶりですね」
「よし、元気そうだな!」
「あなた様、おしいです」
「あ、そうか…… よう、元気そうだな!」
デラミスではまず着用する者はいないであろう黒ローブ。それを羽織る黒髪、黒の瞳の男。そして微笑を浮かべるは、刀哉らに力を与えたこの世界の神。転生神メルフィーナの姿。
コレットはその2人に挟まれ、4人が今まで見たことがない程に、とても幸せそうであったという。
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