第261話 克己
―――デラミス宮殿
案内された先は広やかな客室だった。ここも病院を思わせる白さだ。そして―――
「皆様、お久しぶりです。今日という日を楽しみにしておりました」
「「………」」
無意識に「誰!?」という言葉を吐き出してしまいそうになる俺とメルフィーナ。この場所で俺たちを待っていたのは予期していた通りコレットであったのだが、まるで聖女のような笑顔を浮かべて出迎えたのだ。それは神であるメルフィーナが見せるものに似ており、とても神々しい。 ……おかしいな。動悸を感じる程に息を荒くして非常にハイなテンションで来るかと覚悟していたのに、肩透かしが一周回って衝撃に変わってしまった。
「……? いかが致しましたか?」
「いや、何でもない。コレットが元気そうで良かった」
「え、ええ。健康なのは何よりも大切ですからね」
「はい。お陰様で息災です」
意思疎通で緊急高速念話会議を開く。一大事だ。
『……偽者という可能性は?』
『いえ、確かにコレットの筈なのですが…… あなた様の鑑定眼にもそのように映し出されているのでは?』
『偽装のスキルを使っているかもしれないぞ。アンジェ、神の使徒でコレットに変装できる奴がいるんじゃないか?』
『う、う~ん…… それも私の範疇だったし、私以上に適任者はいなかったかな。あと、流石にデラミスの巫女を演技し切れる自信はないかなー。私だって仕事は選ぶよ!』
『お、おう……』
何と言うことだ。元神の使徒でさえ匙を投げてしまった。詰まりは本物ってことでいいのか?
『ケルにいも、メルねえアンねえも失礼だよ。コレットだって場は弁えるよ!』
『そ、そうですね。コレットの病気も治癒に向かっていると考えましょう』
リオン、それは暗に状況さえ許せばいつものコレットになるという意味でいいのか?
「コレットちゃん! 久しぶりー!」
「うふふ。シュトラちゃん、貴女も元気そうですね」
シュトラとコレットが互いの両手を結び、軽く上下に揺らしている。そこに広がるは微笑ましくも温かな光景だ。そうか。我慢を覚えて成長したんだな、コレット…… 罪深かったのはこちらの方だったのか。気がつけば俺たちは生温かな視線を送っていた。
「サイ枢機卿、お忙しい中ありがとうございます」
「いえ、私としても英傑である方々と直接お会いした気持ちがありましたので。それでは私はこれで。失礼致します」
白人の多いこの国としては珍しく黒髪黒肌であるサイ枢機卿はそう口にし、連れていた数人の聖騎士達と共に客室を離れて行った。俺やコレットに対する配慮だろうか。最後まで紳士的だったな。必要以上に俺たちにアプローチをかけることもなかったし。客室に残ったのは俺たちとコレット、そしてクリフ団長のみとなった。
「サイ枢機卿は元々聖騎士団の所属だったのです。騎士としての血が騒ぐのでしょうか、ケルヴィン様方をひと目見ておきたかったのかもしれません」
「今でこそ私が団長を務めていますが、それまではサイ枢機卿が団長だったんですよ。ううむ、デラミス最強の名をかけた一戦、やりたかったものです」
「ああ、道理で」
腕に自信のある強者という訳か。なら俺が無意識に興味を持つのも必然と言える。
「コレット。此度は貴女に相談したいことがありまして、デラミスに参りました」
「相談、ですか? メル様? ……クリフ団長が同席しても?」
彼は信用できますよ、という意味が含まれたコレットの言葉。他ならぬコレットが信頼するクリフ団長だ。まあ大丈夫だろう。念話でセラとアンジェに怪しい気配がないか確認。コレットの許可を取って部屋自体に
「ああ、構わない」
準備が整ったのを確認すると、そう言ってメルフィーナに顔を向けてやる。
「実はですね―――」
メルフィーナはエレアリスや神の使徒に関すること、その目的を語り出す。コレットやクリフ団長は時折驚愕したような表情をするも、最後まで静々と聞いてくれた。
「そのような組織が、先のトライセンとの戦いや獣王祭に介入していたとは…… これは大事件ですね」
「私には話が大き過ぎて実態が掴めません…… ケルヴィンさん。疑うようで申し訳ないのですが、その話は本当なんですか?」
「ここにいるアンジェも元々は神の使徒に所属していたんです。ああ、色々あって今は俺たちの仲間なんで安心してください」
「ええと、アンジェと言います。よろしく―――」
「まあ! 既にその組織の者を篭絡されるなんて! 流石は我らが敬愛申し上げる憧憬の象徴たるメル様にケルヴィン様で…… コホン」
コレットが食い気味にアンジェの言葉に被さるが、俺は何も聞いていないし見ていない。ああ、今日も良い天気だ。ほらアンジェ、怖がらずに窓の外を見るんだ。
「メルフィーナ様の前任者、エレアリス様ですか…… その代の最後の巫女を務めていたのは、確かに私の先祖であるアイリス・デラミリウスに当たります。しかし、彼女は―――」
「巫女様、その件は公にされていない機密事項になりますが……」
「メルフィーナ様相手に我が国の機密事項など考慮に値しません。ですが、この件はお父様からお話頂いた方が良いかもしれませんね」
「コレットのお父様っていうと…… 教皇?」
「ええ、その通りです」
デラミスの最高指導者である教皇直々か。そう言えば、まだ姿を目にしたことはなかったな。昇格式の時も代表をしていたのはコレットであったし、トライセンとの戦争の際も姿を現す機会はなかった。何気に名前も知らないな。
「デラミスの教皇であるフィリップ・デラミリウスはとある理由がありまして、信者の前でさえ姿を現すことはありません。あったとしても教皇の席を幕で隠した状態で、などが多いですね。直接会う者もお付の世話役を除けば私やクリフ、枢機卿の中でもサイ枢機卿のみと徹底しています」
「とある理由ってのは、聞いてもいいのか?」
「それはお会いになれば分かるかと…… クリフ団長、謁見の手配をして頂いても?」
「ッハ! 直ちに!」
威勢の良い声を残してクリフ団長が部屋を出る。それからリオルドの転移門使用権限の話をするなどして、暫くが経った。不意に、コレットが片耳に手をやる。
「ええ、ええ…… そうですか、分かりました。では―――」
コレットとクリフ団長は召喚術による契約をしているんだったか。おそらくは念話による連絡が来たんだろう。
「皆様、教皇の許可が下りました。移動続きで申し訳ないのですが、これから教皇の場所へ案内致します」
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コレットの案内に従い、宮殿の中を奥へ奥へ、更には階段を上へ上へと上って行く。辿り着いた先は宮殿の最上階。ここには警備する兵や騎士などは見当たらず、ただただ大小様々な石像が並び、お付の者と思われる使用人が数名いるだけ。しかしちょっとした動作を見れば、その使用人達も只者ではないことが分かる。少なくとも神聖騎士団並みの実力はあるだろう。
「この扉の先です。準備はよろしいですか?」
案内がなければ迷子確実な迷路のような通路を歩き、竜と天使を融合させたような2つの石像に挟まれた大扉の前でコレットが立ち止まって告げる。この扉の奥に教皇がいるらしい。
「ああ、大丈夫だ」
「では―――」
コンコン。コレットが扉を鳴らす。
「教皇、ケルヴィン様方をお連れ致しました」
「―――ん、どうぞ」
若い。扉の奥から聞こえてきた声は、恐ろしく若い男性の、いや、少年のような声だった。そして、扉が開く。
「やあやあ。メルフィーナ様以外は初めまして、だよね? 僕が神皇国デラミスの教皇、フィリップ・デラミリウスだよ」
巨大な大天使の石像前に置かれた王座。そこに座っていたのは、リオンよりも小さな銀髪の美少年だった。
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