第260話 神皇国デラミス
―――デラミス
一言で表すなら、それは真っ白な街だった。街々を守護する城壁も、人々が住まう、または商う建造物も、舗道の敷石も――― 何もかもが淀みのない白なのだ。余りに白なので木々や植物の緑や噴水の青がとても映える。ただひとつ、広大な街の中心区の高台に聳える宮殿のような建物だけは煌びやかな銀の光を放っていた。
「ケルヴィンさん方は、デラミスを訪れるのは初めてですか?」
「ええ、実は…… しかし驚きました。見事に白いですね」
「デラミスの昔からの風習でして、建物や道の類に魔法を強化する力を持つ素材を使っているのです。この場所は外周部分ですから、その効力も僅かなもの。しかしながら、街の中心に近づけば近づく程に効力も強まります」
魔法を強化する素材か。鑑定眼で確認するに石材の一種だな。単体での効果は僅かなものだが、塵も積もれば何とやら。不足分は数で補い、石材そのものが頑丈であるので建造物にも適している。おそらくは大昔に建造されたものなんだろうが、クリフ団長が言う魔法強化は今も街全体で機能しているようだ。効果は薄いが半永久的な持続力を持つ魔力宝石、といったところだろうか。
「あの銀色の建物が、その力が最も強くなる中心地、ですか?」
「ご名答。あの場所こそがデラミスの聖地、コレット様が今も祈りを捧げられている『デラミス大聖堂』なのです! ……というのが観光名所としての決め文句ですね。実際今の時間ですと信者の方々で溢れかえっておりますので、大聖堂には代役の者を立て、コレット様自身は机で書類と戦っている筈ですよ」
「そうですよね、危ないですもんね」
同調しつつ、それって影武者みたいなものなんじゃ。と心の片隅で思ってみる。まあ勇者を召喚することができる巫女様をおいそれと信者の前に出すってのもな。しかし、あの銀色も何か意味があるのかね? ここからじゃ俺の鑑定眼の範囲外だ。
『街を造り上げる純白の石材が魔力を増幅する力を持つとするなら、大聖堂の銀鉱石はその力を収束する特質を持ちます。ですから中心地に向かうにつれ、その効力も高まる仕組みになっている訳です。巫女が優秀な勇者を召喚する為の知恵ですね』
『はぁー、なるほどな』
以上、メルフィーナ先生の臨時講義。確かに、流石は大昔から数多くの勇者を輩出してきた総本山だけのことはある。ん、待てよ? ってことはだ、刀哉や刹那はあそこでコレットに召喚されたのか。日本から、この異世界に。俺と同様にさぞ混乱したことだろうな。こっちは記憶もないけどさ。
「それにしてもさ、ケルにい……」
「言うな、分かってる……」
現在我々はデラミスの街中を相も変わらず馬車で突き進んでいるのだが、非常に気が気でない思いをしていた。なぜって? そりゃあ―――
「ねえねえ。皆こっちを見てるけど、何でかしら? 手でも振る?」
「止めときなさい」
―――道行く人々が足を止め、その場で座り込み、めっちゃ拝んでくるのだ。それはもう、平伏する勢いで。おい、これメルフィーナのことバレてないよな?
「本来、この馬車は枢機卿以上の方々が使用するものですからね。デラミスでは位が高まればより徳のある聖人に近づくとされていまして、それが列を成して宮殿に向かっているのです。リンネ教の信者としては、礼拝せずにはいられないんでしょう。慣れないでしょうが、宮殿に到着するまでの少しの間、我慢して頂ければ……」
「宮殿には裏門から入ります。そちらからなら巡礼の信者もおりません」
そんな俺の危惧を知ってか知らないでか、クリフ団長は一も二もなく先導するのであった。
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―――デラミス宮殿
街中に入ってからも暫くの時を馬車は走る。このデラミスの首都がどれだけ広大な街なのか、座ってるだけでも身に染みてしまう。疲れを知らぬセラが目を輝かせる中、やがて馬車は白で舗装された坂を上り、純白で巨大な宮殿の前へと到着した。先ほど遠目に見えていた銀の神殿も宮殿に囲まれる形で眼前に聳えている。
「皆さん、お疲れ様でした」
「いえ、送迎までして頂いてありがとうございました」
馬車から降りて、できる限りの笑顔を作りクリフ団長と聖騎士達に礼を言う。座りっぱなしで疲れたのもあるが、主にメンタルを試される旅路だったな。上手く笑えているか分からない。
さて、ここに向かう道中のクリフ団長の言葉の通り、周囲には一般の信者らしき姿は見えない。その代わりに、いかにも身分の高そうな僧侶達が宮殿の前に並んで俺たちを待っていた。合わせて男女5名、年齢は疎らだ。皆白を基調とした祭服を身に纏い、右手に権杖を携えている。服装の違いと言えば、肩掛けのストールの色が異なるくらいだろう。赤・青・緑・黄・紫と、ここだけは色とりどりである。
「ボソボソ(デラミスに滞在する枢機卿の皆様です。一同に会するのは滅多にない筈なのですが、是非とも自ら出迎えたいとのことで……)」
クリフ団長が耳打ちでこっそりと教えてくれた。 ―――おいおい、枢機卿ってコレットを除けば教皇の次に偉い人達じゃないか。何でそんな人達が俺らの出迎えにいるんだよ。『胆力』スキルでここでも表情を崩さぬよう努め、意思疎通で全員に注意を促しておく。失礼のないよう、されど用心しろと。
「ケルヴィン様方、ようこそおいでくださいました。私はマルセル・ゴッテスと申します。勇者様と共に魔王を打ち倒し、教皇章、聖女章と名誉ある勲章を賜った貴方様方にお会いする事ができ、大変嬉しく思います」
赤のストールを掛けた老人がにこやかな笑顔を携えて挨拶をしてきた。枢機卿の中では一番高齢になるだろうか。白髪の男はいかにも人当たりが良さそうで、疑り深い人間の俺としては逆に警戒してしまう。これもリオルドの影響か……
後に続く他4名の枢機卿の自己紹介を兼ねた形式的な挨拶も終え、こちらも適当に対応しておく。んー、単刀直入正面突破気味なガウンと違って、こちらは腹の中に何かを隠している印象を受けるな。もちろん、実直そうだと感じる者もいるのだが…… かと言ってコレットのように自分を曝け出し過ぎるのも何なんだが、どうも俺とは反りが合わない。貴族社会染みた派閥争いが裏でありそうだ。正直関わりたくない。
「巫女様がお待ちです。どうぞこちらへ」
緑のストール、俺の直感的にではあるが、唯一信用できそうだと感じたこの中では若手の男。とは言っても30代半ば程だろうか。紹介ではサイ・ディルと名乗っていた。その彼が案内役をしてくれるのか、宮殿の中へと先導を切る。聖騎士も何名か動き出した。他の枢機卿はここで見送るつもりなのか、笑顔を振りまくのみで歩み出そうとしない。もういいか、さっさとコレットに会いに行こう。
『あなた様。気を強く、気を強く持ってくださいね!』
『お前がな』
メルフィーナの念話に動揺が透けて見える。コレットだって慣れれば可愛いものじゃないか。はっはっは……
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