第259話 聖地までの道のり
―――ケルヴィン邸
あれから1週間が経過し、デラミスへ出発する日となった。装備の新調作業も何とか期間中に終えることができたし、概ね予定通りの進歩状況と言えるだろう。神の使徒の方も動きがなく、本当に平和な日々といった感じだったな。ああ、そうそう。昨日リオンとシュトラの秘密特訓の成果を見せてもらったのだが、かなり驚いた。ヌイグルミを武器にするなんて発想は俺にはなかったし、あの『操糸術』を応用すれば実に多彩な戦術をシュトラひとりで実行することができるからだ。試しにとやってもらったのだが、俺のゴーレムもシュトラの意思で動かすことが可能だった。慣れていけば操作できる絶対数も増えていくことだろうし、将来が楽しみだ。
「シュトラ様、ハンカチはお持ちになりましたか?」
「持ったもん」
「夜、寝るときに抱きしめる用のヌイグルミは?」
「もう、2人とも心配性ね。持ったわよ」
見送りのロザリアとフーバーが忘れ物がないかチェックするのに対し、シュトラはやや不満気だ。まあそんな顔するなよ。保護者は何かと世話を焼きたがるものなんだから。
「護衛の私たちも付いて行かなくて大丈夫でしょうか?」
「ご主人様方がご一緒であれば問題ありませんよ。それに、シュトラ様はフーバーよりお強いですし」
「それは言わないでください…… 護衛としての立場が……」
……何があったのかは知らないが、ここ最近のフーバーはとても働き者だ。以前のようにサボることもないし、いつもの3倍は働いているんじゃないかな。鬼気迫る雰囲気なのが気になるが。
「それでは留守の間、屋敷を任せます。何かあれば冒険者ギルドのミストギルド長に連絡してください」
「承知しました」
「メイド長もご主人様をよろしくね~」
エフィルは屋敷に残るエリィ、リュカと業務の最終確認中。パコンとエリィに頭を叩かれているリュカも見た目は心配になってしまうが、やることはちゃんとやっているので大丈夫だろう。必要かどうか不明なアンジェ直伝の暗殺術にも磨きがかかっていることだし。
「じゃ、そろそろ出発するよ。行ってきます」
「「「「行ってらっしゃいませ(~)」」」」
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―――ガラガラガラ。
自然と耳に入ってくるのは馬車の車輪音。馬車に乗るなんて何時振りだろう。確か、トラージに行った時以来か。あれからは自分の足で走った方が速かったからな。まあ、たまにはゆったりとした旅も悪くはない。前の馬車よりもしっかりとした作りだし、揺れも僅かなものだ。
「今回は転移門じゃなかったのね!」
「セラお姉ちゃん、はしゃぎ過ぎよ。騎士様もいるんだから、もっと淑女の振る舞いをしないと」
セラが窓の外を覗きながら話す様を見て、シュトラが貴族たらんと精一杯の振る舞いをしている。前のようにキャーキャー騒ぐ程ではないにしろ、景色を見るだけで楽しいものは楽しいと感じるセラだ。偽装の髪留めで隠された尻尾が見えていたなら、きっと愉快に揺らしていたことだろう。たぶん俺しか知らないだろうが、基本感情が犬と同じように尻尾に現れるからな。
「デラミス行きの認可をまだ貰っていないからな。コレットの伝手で運が良ければ向こうで貰えるかもしれないけど」
「いやー、それにしてもこの待遇には僕も驚いたよ。ね、アレックス?」
『クゥーン……(出迎え、豪華だったよね……)』
リオンと影の中のアレックスは居心地が悪そうだ。これには俺も同意したい。俺たちは今、デラミスに向かう道中にいる。しかし、俺にとっても予定外な出来事があったのだ。それは―――
「押し掛けるようなことをして申し訳ありません。巫女様がどうしてもと押し切ってしまいまして……」
「いえ、心中お察しします」
「……ありがたい」
窓外に映るのは俺たちが乗る馬車と平行して走る白馬、跨るデラミス聖騎士団のクリフ団長。どうやらコレットは俺がデラミスに向かう日を察知していたらしく、出迎えにと聖騎士の皆さん、そしてこの立派な銀作りの馬車をいくつか寄越してくれたようなのだ。騎士団を他国に向かわせるのもただじゃないだろうに。俺の乗る馬車にはセラとリオン、シュトラが、後に続く馬車にも同様に他の皆が乗っており、その周囲を聖騎士団が警護しながら並走している。時々すれ違う行商人などは何事かと凝視してくる。無理もないよな。パレードみたいなものだもん、これ…… メルフィーナはパーズの入り口前で待つこの集団を見た瞬間に卒倒しそうになっていた。
「デラミスまでは多くの関所がありますが、我々が随伴していますので問題なく抜けられます。通常であれば一日がかりで足止めを食らう場合もあるんですよ。ですから、ええと……」
「許可証がなければ竜に乗って飛び越える訳にもいきませんからね。大丈夫ですよ。コレットには感謝しています」
さっきから気を遣ってか、クリフ団長が遠まわしに謝ってくれているのも居心地の悪い原因のひとつだ。だが、結果的にこの方法が一番早くデラミスに到着するのは間違いない。トライセンの時のように不法侵入する意味もないんだ。ああ、コレットにはメルフィーナも感謝してるさ。何だかんだで助けられる場面も多かったんだ。ただ、本人を目の前にして感謝の言葉を投げ掛けるのには勇気を要する。意味は分かるだろ? できればシュトラに見せたくないんだ。
「ねえ、デラミスまではどれ位かかるの?」
「そうですね。野営を避けて関所で休憩を挟むとして――― 5日といったところでしょうか」
「ふーん、結構かかるのね」
「ペガサスであれば更に早く到着しますが、あれは頭数が少なく、そうそう気軽に使えるものではありませんので……」
「馬車を引かせるには勿体無いくらいの立派な駿馬じゃないですか。十分過ぎますよ」
「うんうん。訓練された軍馬って感じだし、素直でとってもいい
「いやはや、お恥ずかしい」
リオンに褒められ、自分のことのように嬉しそうにするクリフ団長。調教したのが団長の部下だったのかは分からないが、動物と会話するレベルで心を通じさせることのできるリオンの言葉だ。本当に素晴らしい仕上がりの馬なんだろう。だから早く到着できるよう是非とも頑張ってほしい。
暇を持て余すのも何だし、神皇国デラミスについて少し復習しようか。デラミスはリンネ教団と呼ばれる世界最大の宗教組織で成り立っている。クリフ団長が率いるこの聖騎士団も広義的には教団の所属となるだろう。デラミスは転生神メルフィーナを崇拝する教団の聖地でもあり、古くから勇者を召喚することができる神聖な場所とされてきた。国と教団のトップとなるのが教皇、その下に枢機卿、大司教――― と貴族社会並みの階級制度が存在する。ちなみにデラミスの巫女であるコレットは特別な位にいるらしく、教皇に次ぐ権力者なのだ。教皇より下、枢機卿より上って感じかな。クリフ団長は…… どうなんだろうか?
「失礼ですが、クリフ団長のような聖騎士の皆さんも司教などの位を持っているんですか?」
「我々聖騎士団は教団とはまた異なる身分を授かっています。まあ区分けはしていますが、団長の私で大司教と同じくらいだとお思いください」
「なるほど」
武官と文官の違いみたいなもんかね。聖地と謳われるデラミスも一筋縄じゃないってことか。
「お兄ちゃん、御本を読んでくださる?」
シュトラよ、君そんな言葉使いしてたっけ? 無理しなくて良いんだよ。醜態を晒すことは恥ではないんだ。シュトラの親友が言ってたから間違いない。
「あ、僕も読む!」
リオンも一緒になってクロトの『保管』から自分の本を持って来た。そして当然のように俺の胡坐の上に乗る2人。この姿はジェラールには見せられないな。あと、そこで羨ましそうに視線を送ってくるセラ。流石に今は不味いから止めてくれ。
「はいはい。まあ時間はあるからな。で、何の本だ?」
2人がそれぞれ持つ本を高らかと掲げる。
「近代美術【西大陸名作編】!」
「指導者の為の帝王学!」
「ごめん、絵本とかないの?」
妹が優秀過ぎるのも考え物だ。
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