第258話 セルシウス家の紋章
―――ケルヴィン邸・地下部屋
冒険者ギルドから屋敷へ戻った俺は、修練場に向かったアンジェと一旦別れ、新たな武具の作成の為に地下の作業部屋へとやって来た。部屋には一足先に私服のセラがおり、作りかけのゴーレムの素体を弄りながら待っていたようだ。
「いっつ…… あいつら、好き放題やりやがって……」
「痛いって、ケルヴィン無傷じゃない」
「心が痛いんだよ」
こっちがS級冒険者だからと全員が容赦なしの全力攻撃だ。まあ正面からもろに食らってもダメージはないに等しいが、親しい奴らに殺意や恨み辛みを向けられると、こう…… なあ? なかなかにくるものがある。その分、事の後は溜飲を下げて「幸せにしろよ!」と檄を飛ばしてくれたのだが。
『あなた様が信頼されている証拠ですよ』
俺とセラに念話を飛ばすと同時に、魔力体から実体となってメルフィーナが独断で召喚される。お前、ずっと言葉を発しないから寝ているのかと思ったぞ。 ―――覗き見ですか。
「メル、ずっと俺の魔力の中から見てただろ?」
「ええ、あなた様に危険があっては大変だと思いまして。思い過ごしであったようで安心致しました」
「……楽しんでない?」
「半分正解です」
人の修羅場を何だと思っているんだ、おい。
「そんな顔をなさらないでください。半分は本当に心配していたのですから」
「で、残りの半分は何だっけ?」
「頗る楽しんでおりました♪」
ここ最近一番の笑顔である。何だかな、デラミスに赴く前にストレスを発散しようって魂胆だろうか? ―――なら許そう。あの際のメルフィーナの心労は半端ないからな。
「メル、その辺にしなさいよ。ケルヴィンが落ち込んでしまうわ」
「そうですね、失礼しました。あなた様、彼らが向かって来たのは真にあなた様を信頼しているからです。先ほどの私の言葉に嘘はありません。普通、S級冒険者なんて人外は国家からも危険視されるものです。そんなあなた様を相手に彼らは本気でぶつかってきました。S級冒険者で戦馬鹿であるあなた様をですよ? これを信頼と称さず何と申しましょうか。あなた様の頭なんてほぼ己の欲求でしかないのですから、複雑に考えなくても良いのです」
「……そんなもんか?」
「そんなものです」
信頼があるから本気でぶつかる、か。最後のあいつらの反応を考えれば、確かにそうなんだよな。今まで築いてきたものが無駄でなかったことを知り、俺は安堵する。その様子を見ていたメルフィーナは溜息をひとつ。
「あなた様、今日でこの体たらくでは、いざ本番の修羅場となった時に生き残れませんよ?」
「……一応聞くが、本番って?」
「聞きたいのですか?」
分かっている癖にぃ、と裏のありそうな微笑を浮かべるメルフィーナは絵になるが、今ばかりは少し怖い。
「いや、やっぱりいい……」
そんな状況になっては俺どころか国単位で危ない。仮に起こってしまえば、未曾有の大惨事に至ること請け合いである。幸いにも皆は今の状況を好意的に捉えてくれている。実に幸せなことだ。
「話は纏まったかしら? さ、そろそろ作業に移りましょうか! デラミスに向かうまでに装備を仕上げるんでしょ?」
バッとセラが白衣と伊達眼鏡を纏う。練習したんだろうか? やたらとスタイリッシュな着方だ。
「そうだったな。大盾の補強方法も考え終えたことだし、今日はそこから――― メル、その手に持っているのは?」
テーブル上の図面を見ようとした直前、メルフィーナの手に道具箱が握られていることに気がついた。あれは確か、メルフィーナが装飾装備を作る際に用いていたものだ。
「私もお手伝いしようと思いまして。紋章、施すのでしょう?」
「いいのか?」
「もちろんです。装備に紋章を施すとなれば、『装飾細工』技能を持つ私の力が適任でしょうし」
「悪い、助かるよ」
ここで述べた紋章とは、日本で言うところの家紋のようなものだ。ガウンでの命名式後、正式にファミリーネームであるセルシウスを得たことで、セルシウス家の象徴となる紋章を作ろう! と旅行の最中に話が進んだのが事の始まりである。
デザイン担当は最近になって『絵画』スキルを会得したリオン。転生する以前から絵を描くことが多かったらしく、スキルがなくとも俺より数段絵の上手いリオンであったが、S級にまでランクアップさせた『絵画』を得てからは、それまでとは次元が異なるまでに上達した。手法も問わず水彩画・水墨画・油彩画と何でもござれ。芸術の『げ』の字も理解できない俺にはいまいち飲み込めない世界の話ではあるが、流石に漫画風に描かれては無知な俺でもその凄さが分かってしまう。だってさ、どんな画風も参考資料のひとつもなしに書いてしまうんだ。どう見たって14歳の絵じゃない。
そんなリオン先生に描いてもらうセルシウス家の紋章だが、どのようなものにするかは結構議論したし、意見が分かれた。この世界の紋章は竜などの強力なモンスターで力強さを、騎士に縁のある剣や盾で荘厳さを表したりと、実に様々な種類の紋章が存在する。地域だとトラージは花に、ガウンでは牙や爪などに関連したものが多いかな。要するに、意味さえ篭めてしまえば何でも許されるんだ。だからこそ決定するまで大変だった。
最後まで残ったひとつが、俺が出した案であるメルフィーナのS級青魔法【
その対案となったのがセラとリオンの案、死神である。俺の二つ名を採用してくれる気持ちは嬉しいのだが、家の象徴にそれはどうよと思ってしまう。
『悪魔の間ではそういう紋章が一般的だから! 髑髏とかギロチンとか黒猫とか!』
などと力説されても困ってしまう。どれも不吉な象徴じゃないかと。海賊旗を作る訳じゃないんだ。しかし何を間違ってときめいてしまったのか、この案にアンジェが賛同してしまった。暗殺者の血がそうさせたのかは不明だが、兎も角賛同してしまったのだ。
これで投票数は3対3、皆の視線は残りの投票者であるジェラールに注がれる。ジェラールは考えに考え抜き、組んだ腕を下ろして静かにこう言い放った。
『……孫を、こう孫に囲まれる爺やを描いた温かな紋章が―――』
『はい、それでは残った2つの案を組み合わせた紋章にしまーす』
『『『『『賛成』』』』』
そうして決定されたのが蒼き荊を纏う死神である。とは言ってもリオンのセンスでかなり抽象化されているので、そう言われて「ああ、確かに」と感じる程度の代物に仕上がった。どのようなものかはご想像にお任せする。
で、この紋章は命名式の後に各地の冒険者ギルドから発行される『冒険者名鑑』にも載せて貰っている。理由はS級冒険者である名声を利用して、面倒な争い事を避ける為だ。いや、争い事自体は好ましいんだけど、トライセンの豚王子や酒場でナグアに絡まれた時のような面倒事はもう御免なんだよ。戦闘用の武具のどこかに紋章を施しておけば、余程の馬鹿でもない限りはそんな真似はしてこない。その上で戦いを仕掛けてくる輩であれば大歓迎――― あ、でも豚王子やナグアは御構い無しに絡んできそうな気もしないでもないような…… まあ私服にまでは付ける気はないから、そこまで狙ってやってる訳でもない。ぶっちゃけ前述は建前で、リオンの「格好良いから!」という声が一番の理由だ。よっぽど気に入ったんだな。
「あ、メル。私のは
「
ああ、ここにも気に入った奴がいた。
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