第254話 雲隠

 ―――パーズ冒険者ギルド・ギルド長の部屋


 エフィル以外のメイド組を先に屋敷へと帰し、俺たちはミストさんの後に付いて行った。地下から1階に上がり、更に2階へ。


「さあ、どうぞ」


 ミストさんに通された部屋は、ギルド長の部屋であった。中のレイアウト等が変わった様子はない。ここが、彼女の言う私室。詰まりは―――


「疑問に思うことも多いでしょうが、まずはお座りください。順に説明致します」


 考えていたことを口にするよりも前に、来客用のソファに座るよう勧められてしまったので、一先ずは腰掛けさせてもらおう。ソファには全員が座るスペースはある。しかしエフィルとジェラールは何も言わず、俺の背後にて控えるように立った。エフィルは外でもメイドたるや! といった感じだが、ジェラールも割とこういうところは騎士様っぽいんだよな。さて、こちらの準備は整った。


「それで、話したいこととは?」

「……パーズギルド支部、ギルド長のリオが、先日冒険者ギルド本部に辞表を提出致しました。突然本部の受付に現れ、受付担当の者に総長宛の封筒を渡してそのまま消えてしまったとのことです」

「リオギルド長が……」


 そっちか、という思いが俺の頭を駆け巡る。アンジェらによる暗殺計画が表立った段階で手筈を整えていたのか、最初からこうする予定だったのかは分からない。しかしアンジェが俺たちの仲間となった今、これまでのようにギルドに居続けることは不可能だ。となれば後は、リオルドの正体を知る俺たちか、自らの所在のどちらかを消す、もしくは立場を利用しての情報戦を仕掛けるしかない。リオルドを相手にするなら後者が一番面倒だと思っていたので少しホッとしたな。ギルドを辞めたのであれば、パーズの転移門を使う資格も失うことになる。まあ、念は入れるけど。


「もうお気付きだと思いますが、パーズギルド支部ギルド長の後任として参りました」

「やはりそうでしたか。しかし、それではトラージのギルド長は……?」

「トラージにも新たに後任が着任しています。スズという有望な者ですから、ご心配なさらず。今度トラージに寄る機会がありましたら、是非ギルドへ立ち寄ってください。彼女も喜びますから」

「ええ、その時は必ず」


 ミストさんが新たなギルド長か。リオルドとは昔馴染みだったようだし、心境としては複雑なんじゃないだろうか? さっきの話を聞く限りではリオルドが姿を消した理由も分からないだろうに。そんな中で新天地で、しかもリオルドの後任として働くとなれば、尚更―――


「急な辞職、行き成りの人事編成です。普通であれば慌しくなるところなのですが、早急に対応すべき魔王討伐後の各処理や引継ぎ資料が完璧に纏め上げられていましたので、滞りなく進められていますよ。偏屈で唐突なのに、こういうところは変わりませんね…… いえ、失礼しました」


 天井を見上げ、過去を懐かしむように頬を緩ますミストさんであるが、直ぐに表情を直す。ううむ、ミストさんも昔はリオルドに振り回された口だろうか。まあそれでも、一応はリオルドも後釜への配慮は残していたようだ。


「あの、ミストギルド長、大変申し上げ難いのですが……」


 遠慮がちにアンジェが挙手する。そうだ。アンジェもリオルドと同じく、退職する意を伝えなければならないんだった。


「貴女はアンジェさん、ですね? リオが残した資料を見ましたよ。何でも、近いうちにギルドを辞められるとか…… リオに引き続き、貴女のような人材がいなくなるのは残念であり、悲しいことです」

「申し訳ないです」


 む、既にアンジェが辞めることになっている?


『ケルヴィンの勧誘が成功しようが失敗しようが、もう私がパーズに留まる理由はなくなっちゃうからね。解析者が手配していたんだと思うよ。丁度いいから乗っかっちゃうね』

『ああ、なるほどな。了解したよ』


 ん? 待てよ、これを利用すれば大した騒ぎを起こすこともなく、アンジェがギルドを辞めることも可能なのでは……?


「ところで、アンジェさんが退職する理由を聞いてもいいでしょうか? それだけ記載されていなかったから、一応ね」

「はい! それはですね―――」

「あ、待て―――」


 俺が必死に話の間に入ろうとするのも、素早さに富んだアンジェは返答の口上も速かった。


「ケルヴィンと結婚するんです!」


 飛躍してる。飛躍してるよアンジェさん。ある程度段階を踏んでくださいよ。でも奴隷の過程を飛ばしたのはグッジョブ。


「まあ、なんて素敵なのかしら! 今日はお赤飯を炊かないと! あ、知ってるかしら? トラージには風習としてね―――」


 ミストさんが本日最高の笑顔を見せながらお喋りに興じ始める。ああ、これはあれだ。明日にはギルド中に情報が出回るな…… うん、帰ろう。今日はもう帰ろう……



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 ―――ケルヴィン邸・リビングルーム


 話の切れ目を見計らってミストさんと明日また伺うと約束し、他のギルド職員に見つからないよう、そそくさと屋敷に帰宅。早々に俺はリビングのカウチソファに倒れ込む。


「あれっ? ケルにいに先越されちゃってる。珍しいね」

「お疲れなの?」


 間を置かずにリオンとシュトラがリビングに入ってきた。


「ああ。今日は疲れたからな、精神的に……」

「お疲れ様だね。アンねえのファンクラブとの直接対決は明日だっけ?」

「アンジェがミストさんに公言しちゃったから、避けられないだろうな。今から気が重いよ」

「う~ん…… 皆、アンねえが誰が好きなのか知ってたと思うけどなぁ」

「そうだったのかは知らないけど、義理は通さないといけないからな。冒険者仲間な訳だし」

「親しき仲にも礼儀あり、ね。人間関係は個人であっても国であっても大切よ」

「あ、うん。その通り。頑張ります」


 シュトラに諭されてしまった。未来のトライセン王が言うのだから間違いないのだろう。ちなみに当のアンジェは借家の自宅に荷物を取りに行っている。必要なものから徐々に移動させると言っていたから、今日は着替えや日用品くらいだろうけど。


「ところでシュトラ、習得するスキルは決まったのか? 結構悩んでいたみたいだけど」

「うん、リオンちゃんと相談しながらやっと決まったの! 地下の修練場で今度試すつもりよ。あ、そうだ。エフィルさんにもお願いしないといけなかったわ」

「エフィルねえならきっと可愛いのを作ってくれるよ」


 地下修練場ってことは戦闘系のスキルの実践か。エフィルに頼む可愛いものってのは何だろう?


「エフィルに何を頼むんだ?」

「「秘密(よ)」」


 可愛らしく口元に人差し指を立ててはにかむ2人。キルトよ、桃源郷はここにあったぞ。まあ楽しみは後にとっておこう。


「ふーん。なら俺も新作に何を作るかは秘密だな」

「えっ、ケルにい何か作るの!?」


 新作の言葉にリオンの瞳が一層輝き出す。残念ながら今回はリオンのではない。


「ここ最近良い素材を入手した割には全然作ってなかったからな。これから一週間くらいかけて纏めて作るつもりだよ」


 セラが白衣に伊達眼鏡で手伝ってくれるそうだし。何事も格好から入るセラは、今頃私室でクローゼットからその着替えを探しているんじゃないかな。期間中も情報収集は欠かせないけどね。


「スキルの調整をするなら、1週間の期間中で形だけでも仕上げてくれ。武具の製造が終わったら、また遠出するからさ」

「どこに行くの?」


 セラがそろそろ来そうな気配を感じ、ソファからむっくりと起き上がる。さて、やりますかと心の中で気合を入れ、次いで俺はこう答えた。


「神皇国デラミスだ」

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