第253話 完全武装

 ―――ガウン・神霊樹の城


 パーズ帰還の日。前に話していた通り、俺たちは神霊樹の城になる転移門から戻る予定になっている。と言うか、既に門の前でスタンバイしている。後は転移門の認証を済ませ、魔力を注入するだけだ。


「あ、あのう、本当によろしいのですか? 私共が魔力を注がなくても……」

「転移門への魔力注入は私とメルがやりますから、お気遣いなく。それなりに長い時間開けておく予定なんで。 ……疲れるでしょ?」

「確かに、私共では極僅かな時間しか門を維持できませんが……」


 転移門の管理を担当する宮廷魔導士の獣人達が、ジェレオルやユージールに目をやる。大してガウンの王子らは諦めたように頷くだけであった。好きにさせろ、と。


 転移門を使用するとガウンに申請していた為、今日俺たちが帰ることは、ガウンの要人であるサバト達も知っていたようだ。部屋にはキルトを除く全ての王子と王女が集まり、何とも贅沢な見送りの場となっている。まあ、皆一様に引きつった表情をしているのだが。ちなみに獣王は私用で留守だそうだ。


「色々と世話になったな、サバト。たまにはパーズに遊びに来てくれよな」

「あ、ああ……」

「ゴマもレオンハルト王に振り回されて大変だと思うが、しっかり拳で反撃してやれよ? 当人は留守みたいだから、俺の代わりによろしく伝えておいてくれよ」

「そ、そうね……」

「それにしても、キルト王子に会えなかったのは残念―――」

「「―――なあ(あの)、何で完全武装してるんだ(してるの)?」」


 別れ際の挨拶をする最中、サバトとゴマが声を揃えて俺たちの格好を指摘してきた。うん、まあその指摘はごもっとも。


「これからダンジョンに向かう訳じゃないよな? パーズに直行するだけだよな?」

「セラさんなんて、準決勝で見せた巨腕状態なんですが……」


 兄妹仲良く疑問を口にする。何故ならば皆旅行に着てきた私服ではなく、戦闘用の装備を着用しているからだ。手には各々の得物を握り、セラに関しては魔人紅闘諍ブラッドスクリミッジを発動済み。リオンやエフィル達も強化魔法で各々に補助効果を施している。俺も今のうちに杖に大風魔神鎌ボレアスデスサイズを纏わせておこうかな。


「何故って、家に帰るまでが旅行って言うだろ? S級冒険者たるもの、キチンとその辺も実践しなくちゃと思って。ほら、何時何処で闇討ちがあるか分からないし」

「そ、そんなもんなのか、ゴマ?」

「私に聞かないでよ……」


 などと適当に取り繕い誤魔化しておく。自分でも無茶な自己弁護だとは感じているが、サバトあたりは真に受けていそうで逆に心配になってしまう。一方でジェレオルやユージールは事を荒立てないよう気を使ってくれている。実はこっそりと武装の申請はしているのだが、ここは城の中でもある訳で、かなり無理を通してもらっている。本当に申し訳ない。しかし全員の安全確保が最重要課題なんだ。


「それじゃ、皆準備はいいか? そろそろ門を開くぞ」


 用意が整ったことを確認し、メルフィーナと共に転移門の台座前に立つ。門への魔力の供給はこの台座からもできるようで、方法としてはギルド証を間にして魔力を流せばいいだけと簡単なものだ。ギルド証に台座に設置し、その上にメルフィーナと重ねる形で手を置く。


『共同作業ですね』

『取りあえず、お互いMP2000くらいの魔力で』

『あなた様、スルーされるのは悲しいです』


 MP回復薬片手にそんなこと言われてもな。というのは冗談で、俺も少しそれを意識してしまっていたり。念話でそんな風に戯れつつ、パーズを思い浮かべながら大雑把に魔力を台座に流し込む。するとギルド証が黄金色に輝き出し、同時に転移門のゲートが開かれた。ゲートはこれまでのようにグネグネと渦巻くものではなく、光が門にキッチリと沿って安定しているように見える。よし、どうやら魔力はこれで十分だったようだ。何せS級魔法4発分だからな。 ……宮廷魔導士の人達、何で固まってるんだ? まあいいか。くいっとMP回復薬を飲み干しているメルを尻目に、最初の指示を出す。


「第一陣、ジェラール、クロト!」

「「第一陣!?」」


 サバトらの叫びが聞こえてくるが、まずは転移門先での状況把握が先決だ。パーティの盾であるジェラールと複数の小型分身体となったクロトで防衛陣を築く。アンジェは「大丈夫だと思うけどなー」と言っていたが、できることはしておかないとな。相手はあのリオルドだし。狸だし。


「では、先陣を切るとするかのう! 行くぞ、クロト!」


 大剣と大盾を携えたジェラールを先頭に、クロトの分身体が転移門に飛び込んで行く。さて、次はセラとメルフィーナの番か。と、思っていたのも束の間。ジェラールが転移門のゲートから顔を出し、ちょいちょいと手招きをしてきた。どことなく肩透かし感が漂っている。


「王よ、思っていた状況と違ったんじゃが……」

「……よし、帰るぞ!」

「ほらー、だから大丈夫って言ったんだよ」


 どうやら待ち伏せやトラップはなかったようだ。それならそれで良し! 改めてガウンの皆に挨拶を済ませ、俺たちは転移門を潜って行った。


「結局何だったんだよ……」

「父さんといい、S級冒険者の考えることは分からないわ……」


 帰る寸前、何か失礼なことを言われた気がする。



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 ―――パーズ冒険者ギルド・地下


 ガウンの転移門を潜った先にいた人物、それは意外な人だった。


「ケルヴィンさん、お帰りなさい」

「ミストさん?」


 こちら側の台座にかざしていた手を下ろし、俺たちを迎えたのはトラージ冒険者ギルドのギルド長、ミストさんであったのだ。転移門は両方向からの認証が必要だった訳だが、ミストさんがパーズ側で通行許可を承認してくれたようだ。


「御免なさいね。私なんかが急に出迎えて、驚かせてしまって。 ……私もかなり驚いてしまいましたが」


 ミストさんがハンカチで冷や汗を拭う。転移門から魔王鎧とスライムが意気揚々と飛び出して来たらそりゃ驚くよね。

 

『門を出て早々、互いに微妙な空気になってしまったわい……』

『いや、今回は俺も悪かった』


 まさかミストさんがいるとは思っていなかったからな。精々ギルドの職員が対応するもんかと…… それはそれでアンジェの首輪を見た同僚が驚きそうか。うん、今のうちにスカーフを巻かせておこう。まだ修羅場を形成するには早い時間だ。


「申し訳ないです。まだまだ私たちも旅行気分で気分が高まってまして―――」


 話しを続けつつ、気配を探る。


『セラ、どうだ?』

『該当してそうな気配はないわね。街も平穏そのものね』


 セラも同意見のようだ。やはりリオルドは不在か。周囲にも、街中にもそれらしい気配はない。今も西大陸のどこかに身を潜めているのだろうか。


「そうでしたか…… このような所で立ち話も何ですし、私の私室に行きましょう。少し、お話ししたいことがあります」

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