第252話 ハイエルフ
―――紋章の森・エルフの里
セラの誤解を何とか解き、エフィルの朝食をとり終えた俺たちは里の広場へ向かった。
「これは…… 見事にまあ、食い散らかすわ飲み散らかすわしてるな」
昨夜は一体いつまで飲み明かしていたのやら。用意された料理は全て平らげられ、木製のテーブルの上には空の酒瓶が転がっている。
「その当人方も見事に散っていますが。僭越ながら、人数分のお粥を用意しております」
「クロトの保管に米入れてきて良かったな」
俺たちを待ち受けていたのは、エルフの人々が酒瓶片手に死屍累々と倒れている光景。どうやら限界まで飲んでいたようだ。一足先に朝食を終えていたリオンやシュトラ、そしてメイド達が暖かいお茶を配って看病している有様である。一先ずは酒臭いので、二次被害を避ける為にセラを家屋内に避難させる。
「俺ぁまだまだぁ、いけるッスよぉ…… ぐおお……」
「あそこで死んでるのはダハクか」
「ジェラールさんに男の勝負を挑んだようでして」
「そして完敗したと。無謀だな……」
メルフィーナやシルヴィアに大食い勝負を挑むようなものだろ、それ。まあそんなダハクはさて置き、視界をその隣席にへと移す。犠牲者の山の中には生存者もいたようで、2人分の人影が会場のテーブルにて向かい合って座っていた。
「まさかとは思うが、あれからずっと…… か?」
「残念ながらそのようです」
流石のエフィルも呆れ顔になっている。俺だってそうだ。当人達があれなのだから。
「ング、ングッ…… ぷはぁ! やりますなぁ、ネルラス老! ここまでワシに食い付いてきた者は初めてですぞ!」
「これでも私は西大陸大酒飲み選手権で準優勝した経験がありますからな。まだまだジェラール殿には負けられませんよ!」
「ガッハッハ! 愉快なこの時とっ!」
「良き友にっ!」
「「乾杯っ!」」
―――カァン!
大きなジョッキグラスでの何度目か分からぬ乾杯の音が響き渡る。長老、エルフのイメージ像を本当によくぶち壊してくれるのな。前回の別れ際の感動を返してくれ。しかし文句を言っている場合じゃないな。放っておけばいつまでも飲み続ける恐れがあるし。
「ジェラールさんに長老様、もう朝です。そろそろお酒は控えてください」
おっと、俺が行くよりも早くエフィルが動いたか。
「む、言われてみれば辺りが妙に明るいような……」
「そ、そうですな。久方振りの祭りに舞い上がり過ぎたのかもしれません。私も大分酔ったようです。エフィルさんの耳が以前よりも長くなっているように見える……」
「耳、ですか?」
こめかみを押さえ首を振る長老がそう口にすると、エフィルのエルフ耳がピクピクと動いた。ああ、まだ長老達にはエフィルがハイエルフになったことを伝えていなかったか。
「気のせいじゃないですよ、長老。魔王との戦いの後、エフィルはハイエルフに進化したんですよ」
「……へ?」
「ええ、ハーフエルフだった頃と比べて耳が伸びたようです。これで長老様や皆さんと同じくらいになりましたね」
「………」
「あ、あの、長老様?」
フリーズしたのか、天使の笑顔で微笑むエフィルにも無反応な長老。文字通り目を点にしている。先ほどまで意気投合していたジェラールも、何事かと首をかしげる。
「み、み、み……」
「「「み?」」」
「皆の者ぉーーー! はよ起きるのだ! ハイエルフ様が、伝説のハイエルフ様が誕生されたぞぉ!」
朝方の時刻にしては大き過ぎる叫びが里に広がる。長老の酔いは完全に醒めたようだ。
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「急に取り乱してしまい、申し訳ありません。何分、気が昂ってしまいまして……」
「長老様、もういいですから……」
姿勢正しく正座する長老と、酔いから醒めたエルフの人々が広場に集まっていた。エルフの人達はエフィル特製のお粥を食べたので、二日酔いもすっかり完治。え、何でそれだけで治ってるのかって? エフィルが作ったお粥だからだよ。それ以上でもそれ以下でもない。
「さっきの反応を見るに、ハイエルフってのはそんなに凄い存在なんですか?」
「凄いなんてものじゃないですよ! 長いエルフの歴史の中でもハイエルフに至った者は極々、そのまた極々僅かなのです! 私が知る限りでここ最近に至った方でも数百年も昔の話、更にその方は勇者セルジュ様と共に魔王を打ち倒すという偉業を立てられまして―――」
「村長、落ち着いて。血圧が上がりますよ」
鼻息を荒くしながら村長が語り出したので早々に止める。話すにしても少し冷静さを取り戻してもらってからだ。
「あまり、私にはそういった自覚はないのですが……」
「そんなもんだって。たぶん、リオンもデラミスに行ったら同じ反応されるぞ」
何て言ったって聖人だもの。
―――さて、落ち着きを取り戻した村長の話を纏めようか。ハイエルフは本当に希少な存在のようで、ハイエルフに至ったエルフはその誰もが偉大な功績を残し、豊かな人生を、いやエルフ生を送ったという。
「あ、あの、握手してもらってもいいですか……?」
「おめでとう! これでエフィルちゃんの将来は約束されたようなものだな!」
「あんた、もうエフィルちゃんは魔王を倒して順風満帆な生活を歩んでるよ。良い亭主も見つけたみたいだし。ねっ、エフィルちゃん?」
「はい。とても幸せです」
そんな訳で里の人々はエフィルがハイエルフに進化したことを喜び、祝意を表しているのだろう。中には拝み始める者もいる程に。
「このまま黙ってお返しするとあっては無礼というもの。これは今日も新たに宴を開かなければ―――」
「村長、いい加減にしてください」
だからと言ってまた祝杯を上げようとするんじゃない。
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二日酔いのダハクが復活したところで、里の皆との別れを済ませてガウンへと出発する。ちゃんと飛べてるようだし、この調子であれば直ぐに到着するだろう。
「なぜか、エルフの里では宴会しかしていない気がする」
「素晴らしいことではないか。皆も喜んでおったし、ワシも満喫できたし」
「ううっ、やっぱ旦那は俺にとっての厚い壁ッスわ……」
漆黒竜に変身しているダハクが、溜息代わりのブレスを吐き出す。朝まで飲んでけろりとしてる酒豪2人に挑んだのが間違いだったな。もっと勝ち目のある戦いで挑戦したらどうだ? 園芸対決とか。
「お爺ちゃん、私、お酒はちょっと……」
「あはは、僕も苦手だったり……」
「のうエフィル。ワシ、今日から禁酒するから夜に酒を出さんでいいぞい」
「承知致しました」
決断が男らしいな、ジェラール。シュトラとリオンの反応から迷いがなかったぞ。
「それにしても、いよいよパーズへ帰るのは明日になってしまったのですね。楽しい時は風のように過ぎ去ってしまいます」
メルフィーナが一番エンジョイしてたもんな。子供以上に。
「ええ、お屋敷の大掃除決行日も近いです。ゴーレム達では届かなかった箇所も徹底して行いますので、各自、今日はゆっくり休んでください。明日は頑張りますよ」
「「承知しました、メイド長」」
「はーい。あーあ、明日から普通に仕事かぁ……」
「サボりたい……」
エフィルの指示にエリィとロザリアがキレのある返事をするが、リュカとフーバーはだるそうだ。まあ、気持ちも分からなくもない。連休末日の心境なんだろう。敷地が広いだけに、うちのメイドも大変なのである。それでも庭はダハクが整備するようになったし、昔はエフィル1人で全てをカバーしていたのだ。労働環境は確実に改善されている。だから頑張れ、2人とも。
慰安旅行最後の今日は各自ガウンで自由に過ごし、いよいよ明日は転移門での帰還だ。全員無事に帰れるよう、俺は俺で準備を進めよう。
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