第250話 性

 ―――紋章の森・エルフの里


「ギルド長のリオは――― ううん、リオルドは『神の使徒』の一員なの。主より授けられた名は序列第5柱の『解析者』。組織では私と共に情報収集、情報操作を担当していたんだ」


 アンジェの口から明かされる衝撃の事実…… とまではいかないな。個人的には「ああ、やっぱりか」という気持ちだ。エフィルにとってはショックだったようで、驚きを表情から隠せていない。


「あ、あれ? ケルヴィン、もしかして分かってた?」

「分かってたと言うか、アンジェが暗殺者だったからさ。可能性程度には考えていたよ。一応明日あたりに情報を整理しようと思っていたんだが、これで確証が持てた。アンジェから話してくれて助かったよ」

「そうだったんだ…… えへへ、ケルヴィンの役に立っちゃった」


 アンジェが酒のアルコールで染めた頬を更に赤らめる。


「ですが、どうしてご主人様はギルド長がエレアリスの配下であると……?」

「アンジェのような使徒って確信はなかったんだけどさ、何かしらの繋がりはあると思ってたんだ。ほら、あの腹の下で何を考えているか分からんリオ、リオルドか。あの老獪なリオルドだぞ? 仮にリオルドが白だった場合、ギルドの部下であるアンジェが『暗殺者』として活動していることを全く気付かない筈がない」


 俺の中でのリオルドはそれだけ負の意味での信頼が厚いのだ。


「ご主人様の思慮深さには感嘆致します」

「はぁ~、諜報担当の私としては複雑だなぁ」


 俺だってアンジェがエレアリス側の人間だと知らなかったら考え付かなかっただろう。いや、普段から警戒心で一杯ではあったんだけど。


「昔、リオルドのステータスを鑑定眼で覗いたことがあったんだけどさ。その時はA級冒険者程度の能力だった。ってことはだ、リオルドもアンジェ同様『偽装』スキルを使ってるのか?」

「それも正解。私については至って単純、一介のギルドの受付が高度の『隠蔽』を施してるのも変な話でしょ? ギルド長の方はB級くらいの隠蔽でステータスを隠した上で、更に偽装でステータスを改変。これでケルヴィンも警戒心こそはあっただろうけど、それ以上は何とも思わなかったんじゃないかな?」

「……まあ、そうだな」


 トラージ冒険者ギルドのミストさんが昔パーティを組んでたって言ってたし、それで安心してしまっていた面もあったか。いや、待てよ―――


「……まさか、トラージ冒険者ギルドのギルド長、ミストさんも仲間か?」

「ううん、ミストギルド長は関係ないかな。でも若かった頃にパーティを組んでたのは本当らしいよ。私もギルド長が神の使徒になった経緯までは知らないけどさ」

「そっか……」


 ……ッチ。


「え、今舌打しなかった? したよね?」

「いや、身近にそんな強者がいたのかと期待してしまって」

「普通そこは安心するところだよ、ケルヴィン君」


 こればかりは生来の性格なんだ。諦めてくれ。


「ところでその偽装ってスキルはなかなか便利だな。隠蔽スキルを探した時はそれらしいものは発見できなかったんだが、何か取得条件とかあるのか?」

「あるよー。隠蔽スキルをS級まで会得すれば、スキル会得欄にこっそりと載ります」

「……こっそりですか」


 あの膨大なスキルの中から何時載ったかも分からないスキルを見つけろと申すか。事前情報がないと無理だろ…… 条件を満たせば、「何々が会得可能になりました」とか表示してくれてもいいもんじゃないだろうか? しかし偽装スキルが便利なことに変わりはない。早速会得しておこう。


=====================================

偽装(F級) 必要スキルポイント:10

 ステータス:年齢の偽装をすることができる。

=====================================


 ね、年齢って……


「スキルランクが低いうちは弄くれるところも少ないかな。最終的にS級まで上げれば全部可能だよ」

「そ、そうか……」


 女性にとっては需要があるかもしれないが、このままでは使いようが…… 待てよ、今の俺は魔人に進化して寿命が延びてるんだったな。長期的に見れば使い道もあるか。うん。


「あの、それではギルド長、リオルドさんは今どこにいるのですか? 暫く御姿を見掛けておりませんが」

「そう言えばそうだな」


 エフィルが話す通り、魔王を討伐して以来見ていない気がする。前にアンジェに聞いた時は各地で戦争の後始末をしていると説明された筈だったか。


「……うん。私がケルヴィンの仲間になったことが伝わっているとすれば、多分もうギルドには戻らないと思う。正体が暴かれた以上、危険を冒す意味もないしね」

「戻らないってことは、転移門を越えてからの奇襲の可能性もないのか?」

「絶対ないとは言えないけど、可能性としては低いんじゃないかな。今リオルドは西大陸にいるし」

「随分と遠くにいるんだな」


 だがパーズの転移門を管理していたくらいだ。転移門を使って移動する手段はある。どうにかしてその権限を停止させないと危険だ。しかし、何と説明したものか? メルフィーナとエレアリスの関係を話すのも面倒なことになりそうだし、下手をすれば俺が怪しまれる。この状況を良い感じに理解してくれて、更に権限保持者となる都合の良い人物なんて早々いる訳が―――


「……あ」

「ご主人様?」

「ケルヴィン?」


 ああ、うん。いたな。次の行き先が決まったっぽい。


「何でもないよ。転移門で戻るのに変更はない。それでリオルドが奇襲してくるとすれば、逆に儲け物だ。ガウン側にいる獣王の証言が取れるし、こっちはフルメンバーな上に警戒済み。怖いのは神の使徒が手段を選ばなくなった時だな。パーズの街ごと攻撃対象にする、とかさ」

「その可能性は皆無と思っていいよ。代行者の思惑はこの世界に主を降臨させて神とすることであって、無差別な虐殺が目的じゃないんだもん。ほら、私がケルヴィンを呼び出した時も闘技場周辺の人達は避難させていたでしょ?」

「まあ、そうだが…… なら、魔王の時はどうなんだ? あれだって神の使徒が関与してたんだろ?」

「魔王と『黒の書』を使っての魔力収集こそはしたけど、それは起こりうる確定した現象を利用したまで…… ってのは都合の良い言い方になっちゃうね。でもね、本来であれば頃合いを見計らって『守護者』が魔王を倒す予定だったんだ。今の勇者じゃ魔王ゼルにはとてもじゃないけど敵わなかったから。ま、ケルヴィンが倒しちゃったんだけどさ」


 アンジェが難しい顔をする。何とも微妙な立場にいる故だろうか。それにサラッと魔王の『天魔波旬』を打ち破れる奴がいますよ発言も頂いてしまった。つまりそれは勇者な使徒もいるってことですかね? フゥー!


「ご、ご主人様!?」

「急に歓声上げてどうしたの!?」

「すまん、そろそろ自分が抑えられそうにない」

「……ああ、なるほど」

「納得です。ご主人様、ハーブティーをお入れしますね。気分が落ち着きますよ」

「ありがとう。理解してくれて嬉しいです」


 例えるならば、エフィル渾身の料理の前に座ったメルフィーナと言えばいいか。いかん、よだれが…… エフィルが入れてくれたハーブティーをゆっくりと飲む。よし、平常心、平常心。俺はノーマル、ノーマルなのだ。よし――― しかし、このままでは心臓に悪いことこの上ない。


「アンジェ、先に使徒のメンバーについて教えてもらっていいか? ほら、前に言い掛けて中断しちゃっただろ?」

「あ、そうだったね。皆がいる時が良いかな、とも思っていたんだけど」

「ここで聞いた情報は配下ネットワークに上げとくから大丈夫だよ。でも、できるだけ小出しで。ほら、夜はまだ長いし」

「ケルヴィンの持病も厄介だね」


 コレットほどではないと自負している。 ……コレットほどじゃないよね?

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