第248話 ゴルディア

 ―――ガウン・虎狼流道場


 ケルヴィンらと別行動をしていたセラは、ゴルディアーナ、グロスティーナと共にガウンを散策し、友人との小旅行に興じていた。衣服のショッピング、甘い菓子などを食べ歩き、美女と野獣×2は今日という日をこれでもかとばかりに楽しむ。その背後からはストーカーよろしくダハクが後をつけ、妙な青春の縮図が作り上げられていた。


 ―――と言うのがゴルディアーナの私服を拝みに来たダハクの予想図だったのだが、その当ては外れていた。何故ならば、セラ達は最初から遊びに出ていた訳ではなかったのだ。


「………」

「そうよぉ、セラちゃん。そのまま気を体中に巡らせるようにぃ、そう……」

「やだっ、この子やっぱり天才だわっ!」

「ダハクちゃんはもっと心を穏やかにしてぇ。動揺、焦りの色が出ているわよぉ」

「う、うッス……(あ、あっれー……?)」


 ここは抜刀術の使い手である虎狼流がガウンに置く道場の本館。獣王祭にてケルヴィンが初戦で戦ったロウマが、師範として門下生を武術指導する場所でもある。そんな場所なので当然ながら多くの虎狼流門下生もいるし、先ほどからズラリと並んでこちらを刮目しているのであった。


 そんな中で、特に気にする様子もなく胴着を着込んだセラは型を演じていた。ひとつひとつの動作はゆっくりとしたものであるが、セラの額には大量の汗が流れている。眼差しは真剣そのもの。集中力が限界まで高まり、周りの視線など気にする余裕もない。


(何で俺、こんなことしてんだ?)


 セラの横で見よう見まねで型を取るダハクの動きはぎこちない。と言うよりも、この演舞に何の意味があるのかを理解していない。前述の別行動の口実を真に受けていたダハクは、朝からセラ達3人の背後を追いかけていた。そして道場ここに行き着き、セラが入って行くのを確認。後を追う為にコソコソと忍び込む。 ―――までは良かったのだが、直後に勘の鋭いセラに発見されてしまう。


「あら、ダハクも鍛錬に来たのね!」

「う、うッス! 実はそうなんス!」


 咄嗟に口から出た言葉がこれだった。口は災いの元、その場凌ぎの適当なことは言うべきではない。その後に行われるゴルディアーナ監督の武術鍛錬は、体を鍛えるよりも気を操ることを重点とした鍛錬であったのだ。普段武術など使うことのないダハクにとってはさっぱりな内容、それでも最後まで付き合い切ったのは偏に愛の成した技だろう。 ―――成果はないが。


(ま、プリティアちゃんの胴着姿が見れたからいいか!)


 成果はなくとも満足はしているようである。


「お姉様、セラちゃんの気が……」

「分かってるわん」


 一方でセラに変化が生じていることに、ゴルディアーナとグロスティーナが気付く。彼女の纏う気が徐々に彩られ始めているのだ。その色はルビーのように美しく、血のように躍動感に溢れていた。今はセラの肌に張り付く程度の薄いオーラに過ぎないが、虎狼流門下生達の目にも確かに見えていた。


「これは…… 基本色の赤、じゃなさそうねぇ」

「ええ、ただの赤ではないわん。赤よりも紅い、鮮やかな色ねぇ。基本を通り越して行き成り自分色に染めるなんてぇ、素晴らしいわぁ! セラちゃん、たった1日でものにしちゃったわねん。『ゴルディア』を……!」

「……ぷはぁ! もう限界!」


 限界を通り越したのか、セラは大きく息を吐いて尻餅をついた。それを機に纏っていた紅きオーラも四散してしまう。


「もう! どうも上手くできないわ! ゆっくり動かないと気が練れないし、維持するのがすっごく疲れる!」

「半日でそこまでできれば、上出来どころか免許皆伝よぉ。普通、気感を養うまで結構時間がかかるものなにぃ」

「そうなの? ビクトールの訓練に似てたから、結構やりやすかったけど」

「ならぁ、そのお師匠さんにキチンと感謝しなさいなぁ」

「そうよそうよぉ! 私なんて基本の赤から『舞台に舞う貴人妖精バイオレッドフェアリー』を編み出すまで十数年かかったんだからね! だから、もう…… セラちゃん素敵よっ!」

「グロスティーナは大袈裟ねー」


 涙ぐむグロスティーナにセラは苦笑してしまう。


「ロウマちゃんもぉ、急に押しかけちゃって御免なさいねぇ」


 ゴルディアーナは道場の奥に腰掛けていたロウマに頭を下げる。


「いいってことよ。逆に感謝してるくらいだぜ? 天下の『桃鬼』の武術指導をこの目で見れたんだからよ。更には獣王祭上位ランカーが揃い踏み、こいつらの良い刺激にもなっただろうよ」

「そう言ってくれると助かるわん」

「……つっても、こいつらの視線の先はちと残念な方向を向いててな。少し刺激が強過ぎたみたいだ」

「あらん、何よぉ?」

「俺に言わせるのかよ…… まあ、その、胸、胴着越しでも凄いからな……」

「「キャッ!」」

「違ぇよ。確かに凄いが違ぇよ」


 逞しい漢女達が野太い腕で胸を覆い隠す。野太い悲鳴のオマケ付きだ。あまりの恐怖体験に門下生のひとりは口を押さえて手水場へ走って行った。喜ぶ者も約1名いるにはいるが、それは限りなく異端であろう。


「……うん?」


 不意にセラが首をかしげる。


「どうしたのん?」

「いえ、北西から凄い力を感じた気がしたのだけれど…… それも地獄の業火でジュウジュウと香ばしく肉を焼き上げるような?」

「とても具体的だけどぉ、意味は分からないわねぇ」

「うーん、きっと気のせいね! さ、そろそろ私も支度しないと!」


 セラの勘は割と当たっていたのだが、既にセラの関心はそこにはないようだ。


「それも良いけどぉ、ケルヴィンちゃんが帰ってきたらぁ、また出掛けるんでしょん? 湯浴みでもして来なさいなぁ。汗だくよん、セラちゃん」

「あら、本当ね…… ゴルディアーナも一緒にどう?」

「「「……っ!?」」」


 ガタッ! 堪らず門下生達とダハクは立ち上がってしまう。禁欲的に指導し過ぎたか、とロウマは頭を抱えていた。


「あら、いいじゃない。お姉様、ご一緒しましょうよん! 温泉で女子会しましょ、女子会!」

「う~ん、折角だけれどぉ……」


 グロスの意見に反し、ゴルディアーナは首を横に振る。


「セラちゃんが良くても、ケルヴィンちゃんが嫌がるでしょうからねぇ。グロスティーナ、乙女たるもの先の先ぃ、深遠まで見通さなきゃ駄目よん」

「あらやだ、私としたことが…… セラちゃん、やっぱり1人で行くのよ。私は、心を鬼にするわっ! 彼方はケルヴィンちゃんのものだしっ!」

「そ、そう? 残念ね」


 セラは差し出されたタオルで汗を拭くも、少しばかり照れくさそうだ。


「ところでぇ、これから何処に行く気なのかしらぁ? 確か、明後日にはパーズへ帰っちゃうんでしょん?」


 長く続いた慰安旅行も残り2日、そろそろ行ける場所も限られてくる段階だ。しかしながら、セラは迷うことなく答える。前々から行くと決めていた場所だ。


「エフィルの里帰りに、エルフの里へ行ってくるわ!」

「あらん、素敵ねぇ。里の長老には昔お世話になったのん。よろしく伝えて頂戴なぁ」

「了解よ。あ、胴着は洗って返した方がいいかしら?」


 セラはクイッと胴着の胸元をやや開いて尋ねる。


「「「いえっ! こちらで洗いますので、そのままで大丈夫―――」」」

「あー、それやるよ。鍛錬用にでも使ってくれや」

「「「し、師範ーーー!?」」」


 絶叫轟くその日より、虎狼流のストイックな行動様式はやや緩和されたという。

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