第247話 メインディッシュ

 ―――神獣の岩窟・祭壇


 決意も新たに、これから私はどうしたらお兄ちゃんやお姉ちゃん達に貢献できるかを考えよう。ケルヴィンお兄ちゃんに「これだけは」と言われ『成長率倍化』、『スキルポイント倍化』を会得して、スキルポイントはダンジョンに来る前の時点で殆どなくなった。だけど、急激なレベルアップでそれを補うくらいの、ううん、それどころか何十倍にもポイントが増えて返ってきた。驚き過ぎて混乱しちゃったよ…… リュカちゃんやフーバーには心配掛けちゃったかな? 後で謝っておこっと。


 お兄ちゃんが教えてくれたこのスキルは今まで見たことも聞いたこともないもの。レベルアップによるステータスの上昇、会得できるスキルポイントを2倍にできるなんて反則めいている。でも、これなら万が一に備えて残しておいたスキルポイントも思いっきり使っていい、のかしら? それでも無駄遣いはできないから、よく考えないと……


『メル、俺もそろそろ行くから、シュトラのことは任せたぞ』

『ええ、任されました。お気をつけて』


 声につられてお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは長い長い大鎌を携えて今にも飛び出そうとしているところだった。メルお姉ちゃんは和やかに微笑みながら見送ろうとしている。あの戦力差ならお兄ちゃんが行くまでもないと思うけど。


『残念ながらお兄ちゃんは不治の病でして、一定以上に強い相手がいると戦わずにいられないのです。パーティ戦ではバランスを考えて結構我慢しているんですけどね。そろそろ限界なのでしょう』


 メルお姉ちゃんが私の心を読んだように念話を送ってきた。うーん、お兄ちゃんがかなり特殊な気質だってことは周知の事実で私も知っていたけど、思っていたよりも病状は重いみたい。折角の機会だし、皆の戦いぶりからスキルの参考にさせてもらおっと。私は引き続きこの光景を目に焼き付けることにした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 俺が獲物に走り出そうとしている最中にも、戦いは次の段階へと移行しようとしていた。


「グゥルゥアゥロロゥー!」


 アレックスの劇剣リーサルにより五感の全てを失ったディアマンテは、その耳に聞こえる筈のない叫びを上げ続け、身体を乱暴に振り回し暴れ狂っている。尾を叩きつければ地面が割れ、大口を開けば岩ごと噛み砕き、食らう。威力はあれど、そのような適当な攻撃が前線を守るリオンらに当たる筈もなく、肝心の敵対する相手には意味を成していなかった。


「あはっ!」


 大振りの攻撃を躱し、アンジェがまたダガーナイフを突き刺す。アンジェの持つこの『凶剣カーネイジ』は触れた者に強烈な猛毒を食らわすS級武具である。毒の威力はクナイに塗り込んだものの比ではなく、製作者のジルドラが『暗殺者』であるアンジェに合わせて作り上げた代物だ。ディアマンテが暴れる程に毒は体に回り、HPも残り僅かとなっていた。


『あと少しっぽいね!』

『じゃが気を抜くな! 獣は手負いの時が最も油断ならんからのう!』

『グルルル!(言ってるそばから何か来るよ!)』


 アンジェがヒットアンドアウェイで離脱する丁度その際、ディアマンテの仮面が仄かに輝いていることにアレックスは気がついた。直ぐ様に意思疎通を共有する全員に警告。しかしその直後、仮面が発する光は光度を一気に上げて前面に押し出される。


 ―――ゴウッ!


 言うならばそれは極大のビーム。ディアマンテが被る仮面の向きに合わせて放たれるビームは縦横無尽に連射され、部屋の崩壊など御構い無しである。視覚等々を失っているディアマンテは勘と察知スキルを頼りに仮面から発せられる力を行使しているのだ。


『野生的な近接戦闘スタイルから反転して、魔力を凝縮させた無作為攻撃ですか』

『お、お姉ちゃん、大丈夫なの……?』


 ディアマンテが放つ光の束はメルフィーナが施した絶氷城壁ディープヘイルランパートにも直撃していた。衝突する度に鳴り響く地鳴りにも似た音にシュトラは不安げにしている。


『モチのロンです。威力は大したものですが、この程度エフィルの砲撃には遠く及びません』

『そ、そうなの……?』


 結界の維持の片手間、骨付き肉にかぶり付いているあたり、本当なのだろう。女神としての品位はさておき。後方の安全は確保されている訳であるが、だからと言って好き放題に暴れ回るディアマンテを俺たちが野放しのまま放置する筈がない。


『お座りっ!』

『だよっ! わんちゃん!』


 荒れ狂うビームの連射を逸早く抜け出したリオンとアンジェが、上空より強襲する。天歩の加速により勢いを増したアンジェの跳び蹴りが脳天を直撃。ディアマンテの仮面から発せられるビームは途絶え、全身が地面に叩き付けられて沈む。


 そこに追い討ちをかけたリオンは武器のひとつを魔剣カラドボルグに持ち替えていた。既に霹靂の轟剣ジェネレイトエッジの支援を終えている為か、剣には雷鳴が轟いている。地に倒れこむディアマンテの両手両足尻尾の装甲を恐るべき速さで砕き、串刺しにしていく。


雷金串らいきんぐし!』


 カラドボルグから繰り出される刺突の軌道が、リオンの『斬撃痕』によって地面ごと固定化される。それは雷電を伴う杭で体を串刺しにされるようなもので、身動きも取れず、体中に染み渡る稲妻が更に動きを制限する。先に回った猛毒の効果も相まって、ディアマンテは指先ひとつ動かせない状態だ。その上でアレックスが影で縛り上げているので増々動けない。


『後はこの仮面、じゃなっ!』


 止めとばかりにジェラールが渾身の一撃を振り下ろす。


 ―――ギィン!


『ぬぅん!?』


 ディアマンテの仮面へと放たれた大剣が弾かれる。ジェラールのパワーを持ってしても傷ひとつ付かないとは、一体何で出来ているんだ…… そんなことを言っている間にも仮面がまた輝きを増し始めていた。


『かったぁ!? 手が痺れてしまうではないかっ!』


 中身のない鎧が果たして痺れるのかという疑問はそれとして、漸く俺の手番である。こんなことなら最初から前線に居れば良かったか。しかし、リオン達にも経験を積ませたいし。むむむ…… まあいいか!


『ジェラール、俺が行く』

『む、しかし――― 成る程。任せましたぞ』


 ジェラールが一歩退いたのを確認し、俺は大風魔神鎌ボレアスデスサイズを構え、振り放つ。何者の侵入をも阻んでいた鉄壁の仮面に大鎌の先が入り込む。


「―――グロオォォォ!?」


 ホールケーキがナイフで切り分けられるようにして分断される仮面。綺麗に真っ二つとなったそれらは弾き飛ばされ空を舞い、ディアマンテの素顔が曝け出された。


『額に、魔力宝石?』


 古風な唐獅子のような顔の額に、場違いにも思える鮮やかな黄金色を煌かせる宝石が貼り付いている。


『最上級のダイヤモンド、でもないよな? 規格外の代物か?』

『ケルにい! 仮面はなくなったけど、今度はその宝石が光り始めてるよ!』

『ああ、もしかすればあのビームは仮面の力じゃなくて、この魔力宝石によるものだったのかもな。仮面はどっちかと言えば、魔力源である宝石を護る為の盾―――』

『その宝石が光ってるってば! 冷静に分析しているどころじゃないよ、危ないよ!』

『ん? ああ、大丈夫だって。もうエフィルの準備、終わってるから』


 俺が念話と飛ばすと、『隠密』で姿を隠していたエフィルが部屋の壁際から姿を現す。


『『火竜王の加護』による火属性の強化、『蒼炎』による耐性の無力化、S級赤魔法【爆攻火ヒートファーニス】による次弾威力倍化、集中特化による装甲貫通――― 準備完了です。いつでも放てます』


 エフィルの構える火神の魔弓ペナンブラからは蒼色の炎が燃え盛っていた。余りにも炎が大きくなっているので、弓自体が巨大になっているように錯覚してしまう。あれでは弓ではなくバリスタだ。


『エフィル。欲しい宝石は先に採っておくから、後は好きに料理してくれ』


 そう言いながら輝きを増していた宝石を鎌で刈り取り回収、重風圧エアプレッシャーで顔面を沈めておく。このまま俺が止めを刺すのもいいが、今のエフィルの全力も見ておきたい。


『承知致しました。今夜のメインは――― ミートローフに致しましょう!』


 いや、そういう意味では…… まあいいけどさ。さ、避難だ避難。退避指示を出して俺も退かねば。 ―――よし、オッケー。やってしまえ、エフィル。


『……極蒼炎の焦矢メルトブレイズアロー


 直後に見たエフィルの矢の威力は、過去最大のものだったかもしれない。

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