第246話 神獣
―――神獣の岩窟・祭壇
―――神柱、前任の転生神エレアリスが世界各地に創造した半神らのことである。その役割は世界に危機が迫った際、原因となった魔王や悪魔などを駆除することにある。幸い、異世界から召喚された勇者が魔王に敗北することは歴史上なかった為に、その機能を果たすことはこれまでなかった。もっともその時が来ようと、勇者のように魔王の『天魔波旬』を打ち破る術を持っていないので、あくまで危機的状況下において、次の勇者が召喚されるまでの時間稼ぎとして運用されるに過ぎない。しかしその数は10柱と多く、魔王に匹敵、またはそれ以上の力を持つ神柱達が世界各地に鏤められているのだ。
俺としては有難い話である。俺たちの住むこの東大陸にも、パーズにてセラらが打ち倒した神狼ガロンゾルブを除けば4柱が現存する。転生神がメルフィーナと変わり機能の大多数を失った今も、静かにどこかでその役割を果たす時を待っている、のかもしれない。まあ堅苦しい話はさて置き、エレアリスが万が一に復活した場合、これら神柱を悪用する可能性も無きにしも非ず。メルフィーナのお許しも出ていることだし、俺らの糧となってもらう所存だ。
「……今更だが、これ壊してデラミスから文句言われないか?」
神聖なものとして祭っていたりしないだろうか?
「確かに現在においても神柱はデラミスの管轄にあります。聖地や聖域に指定される神柱も中にはありますが、新ダンジョンにて発見されたパーズの神柱など、全てを把握している訳ではないのです」
「メル様、こちらの神柱も問題ないのですか?」
「ええ。高難度ダンジョンの最深部にある為に、認知される機会が少なかったのでしょう。ただ他の神柱も破壊して回るとなれば、一度デラミスに赴く必要があるでしょうね」
うーむ、それは是非とも行っておかねばなるまいて。メルフィーナが頼めば、コレットは喜んで協力してくれるだろうし。
「ねえねえ。今日はセラねえがいないけど、どうやって神柱を動かすの?」
俺不在の前の戦いではセラが神柱に触れることで起動したんだったか。起動のトリガーキーとなったのが種族によるものだったとすれば、そうだな……
「ジェラールでいいんじゃないか? ほら、魔王の鎧っぽくて邪悪そうだし」
「何を言うか。ワシ程に純真な騎士は他にいないじゃろうて」
「分かった分かった。取り敢えず触ってみろって。それで起きなきゃ俺が魔法でも叩き込んでみるからさ」
「仕方ないのう……」
各々がポジションに付いた後、やれやれといった様子でジェラールが祭壇をバンバンと叩く。
「ほれ、やっぱりワシが触っても何も起き―――」
「ジェラール、後ろ後ろ!」
「光ってるよ!」
「……えー」
時間差で眩い光を帯びだした祭壇が、次の瞬間に部屋一面を覆う強烈な光を放ち出した。ジェラールが酷く落ち込んでいたような気もするが、直ぐに光に飲み込まれてしまったのでよく見えなかった。
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「シュトラ、大丈夫でしたか?」
「う、うん。メルお姉ちゃん、ありがとう」
メルお姉ちゃんが白い光から私を護ってくれた。お姉ちゃんは基本的に底無しの食いしん坊ではあるけれど、やる時はやってくれる優しいお姉ちゃんだ。食いしん坊ではあるけれど……
「さて、実物を見るのは私も初めてです。鬼が出るか蛇が出るか……」
そう言うとお姉ちゃんは呪文を唱え出し、私とケルヴィンお兄ちゃんの丁度境の辺りに結界を張り巡らせた。パキパキと一見涼しげな見栄えのそれは氷で出来た防御壁、それでも透明度が高い為か内部からは問題なく外の様子を窺うことができる。あの大きな柱みたいな祭壇から出ていた光も弱まっているのが分かる。
「……お面?」
「仮面ですね」
弱まった光の中から出てきたのは、真っ白な仮面を被った唐獅子のような生物。サイズはアレックスと同じくらい。お顔は隠れてしまって見えないけれど、あの特徴的な鈍い銅色の体は記憶にある。トラージのお土産屋さんで見た屏風、それに墨で描かれていたのが正にアレだった。
「グゥロロルオァー!」
仮面の下に隠れていた獰猛な口が開き、聞いたこともない鳴き声で哮り立つ。でも、その間にもリオンちゃんやアンジェお姉ちゃん、前線の皆が動き始めていた。
『
リオンちゃんが何かを仕掛けたかと思うと、唐獅子の周囲が歪み、見えない何かが幾重にも唐獅子へ飛んで行った。銅色の体に当たったそれは金属音を鳴らしながらも唐獅子の体を傷付け、損傷を負わせている。
『体は何とか攻撃が通るけど、あの仮面硬ったいよぉ』
『正面はワシが受け持つ! リオンらは回り込むのじゃ!』
頭の中に声が響く。これが話しに聞いていたお兄ちゃんの力。ダンジョンへ入る前にクロちゃんが分身体を寄越してくれたお蔭で、本来召喚士とその配下のみが共有できる念話に私も参加できるようになったんだっけ。昔、コレットちゃんが声も掛けずに配下を動かしていたのを羨ましく感じたこともあったなぁ。アレックスともお話できたし、思いがけないところで夢が叶っちゃった。
『シュトラ、念話に不具合はないか? 皆の動きは見えるか?』
『あ、お兄ちゃん。うん、聞こえてるし見えてるわ。レベルアップの成果、とっても実感してる最中!』
唐獅子と戦う皆の姿はこれまでにない以上に見えている。今までは目でも追えなかったけど、ジェラールお爺ちゃんとアレックスはハッキリ捉えれるし、リオンちゃんも残像くらいなら――― あ。
『ごめんなさい、アンジェお姉ちゃんは影も追えない……』
『アンジェの速さは規格外中の規格外だから気にするな。本気を出されたら俺も見えない時あるし……』
いつの間にか唐獅子の傷口全てにクナイが刺さっていた。あれはアンジェお姉ちゃんの持ち物だった筈だから、私が少し目を離した隙に投じていたことになる。
『傷口を抉るはっ、基本っ! あははっ!』
な、何かスイッチ入っちゃってる……
『解説しますと、ディアマンテがリオンに囚われているうちにアンジェが背後から強襲。『凶手の一撃』の効果も相まって、HPの4分の1をこれで持っていきました。『天歩』持ちの撹乱が2人と1匹もいることですし、アンジェも戦いやすいようですね。隙を突いて毒塗りのクナイを傷口へ正確に投げ込む『投擲』技術も流石です』
『……と言うメルフィーナ先生の有難い解説でした』
『う、うん』
戦場に視線を戻すと、いきり立った唐獅子が突撃の姿勢を見せているところだった。方向からして、私とお兄ちゃんがいる直線上。このままじゃ―――
『問題ないっ! ワシが受ける!』
声を張り、直線状に立ち塞がったのはお爺ちゃん。いつも私に見えるおちゃらけで優しい雰囲気とは反対に、その姿は弱きを護る騎士そのもの。不思議とダンお爺ちゃんと姿が被った気がした。
「グゥロロゥー!」
外の皮を金属で固めたような重量級の体躯に見合わず、駆け出した唐獅子は一瞬で最大速力にまで上り詰める。巨大な弾丸はお爺ちゃんへと猛突進し、そしてぶつかった。
『ぐう! 強い、が…… ゴルディアーナ殿ほどの切迫はせんわぁー!』
漆黒の大盾で唐獅子の突進を受け切ったお爺ちゃんは、そのまま盾で唐獅子の顔をかち上げて一瞬宙に浮かせる。そこに紫の刀身を持つ長剣を銜えたアレックスが忍び寄り、宙から地に落ちるまでの刹那に滅多切りを行った。リオンちゃんやアンジェお姉ちゃんも続き、唐獅子は最早立つ事も儘ならない。
『すごいすごいっ! 圧倒的だよっ!』
『ああ…… しかし、このままじゃ問題があるな』
『ええ、そうですね』
『えっ?』
問題? えっと、何か問題になるような事があったかな? 戦闘は順調そうに見えるけど…… やっぱりお兄ちゃんやお姉ちゃんは凄い、私が分からない事、たくさん知ってるもの。私も頑張らないと!
『このままじゃ、俺の出番なくね?』
『このままじゃ、肉に毒が回って味が損なわれてしまいます』
……私がしっかりしないと。
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