第245話 斥候

 ―――神獣の岩窟・祭壇


 気配を消し存在が希薄となったアンジェが祭壇の部屋へと足を踏み入れると、天井部からパラパラと砂埃が落ちてきた。それだけではない。徐々に、されど確実に何者かが岩壁を砕きながら近づいてくる音がしているのだ。バキバキとボガが岩を咀嚼するような音が直ぐそこまで来ているかと思うと、次の瞬間には天井のブロックを突き破って巨大な何かが落下、ドシャンと祭壇の前にと墜落した。


「グ、グギャギャギャギャ! 見ツケタ、見ツケタ! 我等ガ同胞等ヲ殺シタ憎キ侵入者ヲ!」

「ヤッタ、ヤッタネ!」

「血祭リ! 八ツ裂キ! 踊リ食イ!」


 衝撃で舞い上がった土煙を凶悪な牙の生える口で吹き飛ばしながら現れたのは、三つ首の猛獣。三つ首となればムドファラクのような生物を思い浮かべてしまいそうになるが、こちらはその首ひとつひとつが違う獣の顔をしている。要はキメラである。中央の首が獅子、右側が虎、左側が鰐となっている。鰐だけ場違い感が半端ないが、尻尾は蛇だし翼もあるから今更だろうか。


「先ズハ、ソコノ小娘! 貴様ヲ喰ライ我等ノ空腹を満タシ――― ムッ?」


 キメラがアンジェに向き合おうとするも、その場所には既に彼女の姿がない。その代わりにキメラの両端の首、虎と鰐の視界に、その眼前に何かがあった。


「この首はいらないなぁ……」


 キメラの真上から聞こえるアンジェの声。詰まらなそうな、肩透かしをくらったようなその声に虎首と鰐首は自らの背に振り返る。振り返ろうとした過程で、真ん中の獅子の首が地に斬り落とされる瞬間を間近で目の当たりにしながら。


「キ、サマァー!」

「ヨクモ、ヨクモ!」


 振り返った先にも彼女はいない。最早仕事は終わったとばかりに、部屋の入り口にて待つケルヴィンらの下へ帰還を果たしているからだ。


「鈍いなー。君達、先に終わってたんだよ?」

「「―――ハ?」」


 虎首と鰐首の疑問が解消されることはなかった。言葉を言い終える前に、虎鰐の眉間に突き刺さった起爆符付スローイングナイフが爆発し、双方の首が跡形もなく消え失せてしまったのだ。S級武具であるクライヴ君を戦闘不能にまで追い詰めたあの爆発。後に残るは三つ首を失った巨体と、尻尾の蛇のみ――― 悪い、今のは嘘だ。蛇もとうの昔に根元から斬り落とされていたようだ。


 ―――ズゥン!


 キメラの巨体が真横に倒れ込み、アンジェの早過ぎる勝利宣言がなされる。


「ケルヴィン、これ以外は罠もモンスターもないみたい」

「……ああ、うん。お疲れ」


 鼻歌交じりに散歩から帰ってきたようなアンジェであるが、戦闘と同時に周囲の確認も済ませてしまっていたようだ。あのキメラ、たぶんトラージで戦った邪竜くらいには強かったんだけどな…… 最初に投擲したナイフよりも速く移動してたし、風神脚ソニックアクセラレートを施したアンジェは洒落にならん。


 それに加え、アンジェは固有スキルとして『遮断不可』の他にも『凶手の一撃』を所持している。アンジェの存在を認識できていない敵に対して大ダメージを与えるという攻撃的なスキルだ。分かりやすく言えば、不意打ちが必ずクリティカルヒットになる様なもの。桁外れのスピードとこのスキルの組み合わせは相性が良く、何よりも凶悪極まりない。実際に首を飛ばされた経験者である俺が言うのだから間違いない。


「ハイビーストキマイラ。このダンジョンのボスモンスターで間違いないな」


 鑑定眼で首なしの死体を確認する。呆気なかったがこれでもS級モンスター、貴重な素材として死体はクロトの中へ回収回収っと。さて、これでギルドからの討伐依頼は完了。ここからは個人的な用件だ。


「ん……? ケルにい、エフィルねえとアレックスが帰って来たみたいだよ」

「お、流石に早いな」


 通路へ振り返ると、丁度エフィルがこちらに向かって走っているところだった。


「ご主人様、お待たせ致しました」

「はは、全然待ってないって。エフィルは最高のタイミングでいつも来てくれるから助かるよ。アレックスもお疲れ」


 エフィルとその影に対して労いの言葉を投げかけると、エフィルの影からアレックスの顔がひょっこりと出現し、ズズズとその大きな体が這い上がってきた。すると今度はフカフカな毛並みが生え揃う背に摑まるシュトラの姿が見えてくる。


「クゥン?(大丈夫?)」

「……快適ね」


 アレックスは自身のみならず、その身に摑まる者も影の中へと潜り込ませることができる。影の中は正方形型の空間となっていて、影の持ち主によってその有様や広さも変貌するのだ。無機質な岩の影の中であれば空間もゴツゴツとした凹凸がある空間、生物であれば心象が具現化した空間――― といった具合だ。エフィルともなれば清掃の行き届いた清潔・快適な空間、更には給仕までしてくれるんじゃないかな。俺もそう何度も試した訳じゃないが、アレックス曰く、一番居心地が良いのはやはりリオンの影らしい。


「ガウ、ガウガウ。ガウー(エフィル単独で走ったから直ぐだったよ。僕じゃああはいかないなー)」


 アンジェに次いでエフィルとメルフィーナは敏捷が高いからな。ここに至るまでの道程は敵となるモンスターも多い為、シュトラを安全に輸送する手段としてアレックスと一緒に向かわせていたのだ。影の中であれば攻撃を食らう心配もない。


「シュトラ、レベルはいくつになった?」

「えーと…… レベル77になってるわ」

「おー、一気に上がったな」


 大量のA級モンスターに先程のキメラ、俺の『経験値倍化』スキルが効いているな。


「王よ、何もシュトラをここに連れて来なくとも、クロトを通じた意思疎通で見せれば良かったのではないか?」


 ジェラールが妙にそわそわしている。授業参観に初めて参加して、子供が心配で心配で仕方のない父兄の方かと思う程に。


「他人の視界じゃ捉えられる情報に限度があるだろ。それにシュトラに今必要なのは、自分の目で見て自信を付けることだ。ロザリアからの許可も得てるって昨日言っただろ?」

「しかしじゃなぁ……」

「大丈夫よ。いざとなったら、お爺ちゃんが助けてくれるもの!」


 キラキラとした無垢な瞳でシュトラがジェラールを見詰める。ああ、これはアレだ。


「神柱がなんぼのもんじゃーい! かかってこぉい……!」


 百人力だな。ジェラールにとってシュトラの声援は万の説得よりも効果がある。よし、反対勢力がなくなったところで、神柱に挑む前の最終確認を済ませよう。


「シュトラは後方でメルと一緒に結界の中にいてもらう。ここが一番安全で周りをよく見渡せる位置だ。中衛は俺とエフィル、前衛はリオン、アンジェ、ジェラール、アレックスだ。俺がまだS級に昇格する前の話だが、セラ達がこっそりと戦ったパーズの神柱はかなりの強敵だったそうだ。 ……非常に、とても無念だ」

「あなた様、個人的な気持ちが前面に洩れてます。戦術の話、戦術の話です」

「ああ、つい……」


 だって本当に残念だったんだもの。


「ハァ、仕方ありません。私からお話致しましょう。今回戦うこととなる神柱は太古の神の残滓、されど神そのものに違いはありません。パーズでセラ達がゴルディアーナさんと共に倒したのは神狼ガロンゾルブ。ここガウンの地にも同様に神獣ディアマンテがいます。神柱は他の神柱が破壊された時、その破壊された神力を吸い上げて自身を強化する特性を持っていますから、ガロンゾルブよりも強くなっていることでしょう。現在の戦力であれば問題はないと思いますが、油断はなさらないでください」

「「はーい!」」

「よろしい」


 リオンとシュトラが右手を上げながら返事をする。父兄側から見る授業参観とはこんな気分なのでしょうか、メルフィーナ先生?


「しかし神柱が破壊されたら他が強化されるその素敵機能、素晴らしくない?」

「戦う身としては、普通厄介な機能として認識するものですよ」


 ……え?

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