第244話 ファンファーレ

 ―――神獣の岩窟・内部


「ぬんっ!」


 一斉に襲い掛かってきた4匹のハイエナ型モンスターが、ジェラールの一振りによってまとめて引き裂かれる。魔剣に滴る赤き血は魔力へと変換され、固有スキルの効果によってジェラールのステータスが上昇。戦いは更に一方的なものへと移り変わっていく。


「全部ジェラールさんで止められちゃうから、私たちの出番がないね……」

「もぐ、もぐもぐ?(暇でしたら、アンジェも食べます?)」

「う、ううん。今はいいかな。一応は戦闘中だし……」


 ジェラールを先頭に、時折現れる猛獣を蹴散らしながらダンジョンを進んで行く俺たち。暫くすると岩窟の通路を抜けた先で大部屋に行き着いたのだが、そこはモンスターの巣であったのだ。それがこの灰色の毛皮を持つハイエナのようなA級モンスター、マーダーエースの群れである。岩肌の部屋は奥深くまで続いており、多重炎鳥ミリアドバーンバードの光があっても最深部が見通せない程だ。現在は通路を背にしてジェラールが戦っている。


「ガッハッハ! 今頃シュトラのレベルが急上昇しておることじゃろうて! ワシ頑張っちゃうよ!」


 ……などと笑いながら孤軍奮闘しているが、倒しても倒してもマーダーエースは続々と出現し続け、その数を減らす気配がない。しかし苦戦している訳でもないので特に助ける必要もなく、後方の俺たちは暇を持て余してしまっていた。メルフィーナなんて一足早い昼食タイム中だ。


「エース、ってことはそれよりも下級のモンスターもいるのかな?」

「ガウガウ?(いるんじゃない?)」


 ううむ、緊張感がすっかり途切れてしまっている。シュトラの経験値にするには打って付けの場所ではあるが、時間は限られているのだ。今日中に神柱は見つけておきたい。


「ジェラール、そろそろ時間だ。打って出るぞ」

「ええっ!? ワシ、もう少しシュトラの為に働きたいんじゃが」


 悪い女に貢ぐ駄目男のような台詞を吐くなよ…… シュトラは良い子だけどさ。


「無双するのもいいが、温い戦いばかりじゃ腕が鈍るぞ。それに、これから神柱との戦いが控えているんだ。その意気はそれまでとっておけって」

「むう、仕方ないのう」


 渋々ながら承諾したジェラールがそのまま魔剣を振るい、空顎アギトを連発する。放たれた複数の斬撃は見える範囲のモンスターを一掃。奥深くからは今だ獣の唸り声がするも、活路は開かれた。


「ご主人様、私も炎で応戦しますか?」

「それが効率的ではあるけど、密閉された空間だからな。火神の魔弓ペナンブラじゃなくてマーシレスで応戦を頼む。じゃ、突撃!」



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 ―――神獣の岩窟前・漆黒のペンション


 ケルヴィンらが神獣の岩窟へ本格的な攻略を開始した頃、ダンジョン前のキャンプ地に建造されたペンション型城塞では優雅なお茶会が開かれていた。メイド姿のロザリアとフーバーが給仕をし、良い香りの紅茶とガウン名産の菓子がテーブルに並べられている。テーブルの席に座るは同じくメイドである筈のリュカと、此度の主役であるシュトラの仲良しコンビだ。


「はわ、はわわわわ……」

「シュトラちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だけど、大丈夫じゃないよ……」


 シュトラは狼狽えていた。紅茶のカップを持つ手が震えてしまう程に。普段周囲に振り回されつつも冷静である彼女が、なぜここまでパニックになっているかと言うと―――


「あ、頭の中でレベルアップの音が止まらないよぉ……」


 孫大好き筆頭であるジェラールの活躍により、レベル14であった彼女のレベルが急上昇しているのが原因である。1レベル分のファンファーレは最後まで鳴り続け、それが鳴り終わっても次のレベルアップ分のファンファーレが行列を成して待機している。シュトラの眼前にはメニュー画面が表示され、凄い勢いでレベルアップによるステータス上昇などの情報を送りつけているのだ。普通であれば絶対に体験しないであろうパワーレベリングの成果に、まだまだ幼き彼女は混乱気味なのだ。


「あー、私もこんな感じだったかなぁはうあっ!」

「何がだったかな、ですか。リュカ、サボらないの!」


 エリィによる背後からの強襲。拳骨が直撃したあまりの痛みに、リュカは頭部を押さえながら蹲ってしまった。


「シュトラ様、申し訳ありません。いつもながら娘が大変失礼を…… それどころではないようですね。レベルアップの画面はいったん無視しましょう。そのようなものは最後だけ見れば十分です」

「そ、そうかな?」


 エリィやリュカもパワーレベリングによる同様の経験をしている為、シュトラの気持ちは何となく分かるのだ。


「そうですよシュトラ様! 何も生真面目にメニューを見続けなくてもいいんですから」

「急に凛々しくなりましたね、フーバー。先ほどまでアワアワしているだけでしたのに」

「ロ、ロザリアは黙っていてください!」

「はいはい。しかしどのような魔法を使ったのでしょうね。普通パーティを組んでいたとしても、止めを刺さず、これだけ離れていては得る経験値も微少でしょうに……」

「話を逸らさないでくださいよ!」

「まあいいではないですか。シュトラ様、何か御本でも――― あら?」


 エリィが本を取り出そうと、テーブル上に載っていた小型クロトに手を伸ばしたその時、突然クロトがぷるぷると震えだした。


「……ご主人様からの合図ですね。シュトラ様、そろそろお迎えが来られるようですよ」

「本当? えっと、えっと、クマさんも連れていかなくちゃ……」


 椅子から降り、シュトラはトテトテと準備に向けて歩き出した。



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 ―――神獣の岩窟・内部


 1つ目の巣を乗り越えた後も、ダンジョン内には幾つものモンスターの巣が点在していた。そのどれもがA級且つ猛獣タイプのモンスターで群れを成しており、圧倒的な数を誇るものであった。個々の強さがしっかりしたパーティでないと、なかなかに厳しいダンジョンではなかろうか。気分はすっかりサファリパークだが。


 そのような紆余曲折を経て、俺たちはダンジョンの最深部と思われる大部屋の手前に辿り着く。これまでの岩肌広がる武骨な洞窟迷宮などではなく、洗練された灰色のブロックが敷き詰められた一種の神殿のような場所だ。部屋の中央には巨大な祭壇が設置されている。


「うん、あれが神柱で間違いないよ。パーズで見たのと一緒だもん」

「あれが大昔にエレアリスが創造した神柱、か。久しぶりにレベルアップするかもしれないな……!」

「あなた様、非常に楽しそうなところ申し訳ないのですが、本当に気をつけてくださいね? 力を失っていようと、曲がりなりにも神なのですから」

「分かってるって。そんなに心配するなよ」


 高まる欲求を鍛え上げた鋼のメンタルで抑えつつ、部屋の手前で様子を窺いながら隠れる俺たち。


「……そろそろエフィルとアレックスが入り口に着いた頃か」


 時間もいい具合だったので、キャンプ地にシュトラを迎えに行かせている。今であれば結構なレベルになっている頃だろう。直接は戦わせないにしても、神柱との戦いを理解できるようになればシュトラの自信に繋がるし。勿論、観戦は安全なところからな。


「戻って来るまでここで待つ?」

「いや、先に俺たちだけで入って安全を確保しよう。罠とかあったら危ないからな」


 見た感じはモンスターの姿はなく、広い大部屋に祭壇があるだけに見えるが…… 神柱とは別のところに、何か大きな気配を感じる。まだこのダンジョンのボスモンスターを見ていないし、恐らくはそれだろうな。


「それなら私に行かせてよ。偵察は得意だもん」


 ハイハイと片手を上げ、アンジェが元気に立候補を表明。確かにアンジェであれば適任ではあるか。


「じゃ、アンジェにお願いしようかな。後方支援は俺とメルが、万が一の時はリオンとジェラールが直ぐに出られるように準備していてくれ」

「うんっ! 初任務、頑張っちゃうね!」


 意気揚々としたテンションとは反対に、アンジェの気配は薄くなっていた。

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