第七章 神皇国編

第243話 神獣の岩窟

 ―――ガウン・北西部


 ガウンでの慰安旅行もいよいよ終わりが近づいてきた。当初予定していなかった獣王祭への参加、神の使徒の介入、アンジェとの関係発展と内容の濃いものとなってしまったが、今となっては良い思い出である。しかし今回の旅行はまだ終わりではない。残りの数日も思う存分楽しむのだ! ―――ということで、本日はボガ、ムドファラク、ロザリアに乗ってガウン領の北西部、その上空に来ている。 ……ダハクはどうしたかって? ああ、今日も通常運転だったよ。


「今日は随分と国の外れにやって来たね? ここ、何かあるの?」

「はっはっは、何を言ってるんだアンジェ。ガウンに来たからには、ここに来なくちゃ始まらないだろ」

「ううん……? ええっと、何か有名な観光名所があったかな?」

「おいおい、ガウン最高峰難度のA級ダンジョン【神獣の岩窟】を忘れたとは言わせないぞ」


 最近は昇格式やら魔王騒動やらでダンジョン探索に久しく行っていなかったからな。魔王を倒し帰って来る前の段階で、トライセンのダンジョンに行き忘れてしまったのは痛恨のミスであった。しかし今回はそのような間違いは犯さない。絶対にな!


「……これ、旅行だよね?」


 立派な旅行です。残念ながらセラはプリティアと遊ぶ約束をしているらしく、今日は不在である。一緒に行けないのは至極残念だが、戦力的にはアンジェもいることだし大丈夫かな。A級ダンジョンなら他の冒険者はいないだろうし、例え殲滅してしまっても迷惑をかける事もない。


「まあ、このダンジョン踏破の目的にはシュトラのレベル上げの意味もあるんだ。獣王祭の最中に約束したからな」

「うん! 頑張って強くなるわ!」


 シュトラはやる気十分。彼女の敏腕さはトライセンのみならず大陸中で有名なもの。大会での悔しさをバネに大きく成長してくれることだろう。


「僕も獣王祭で反省点ばかりだったから、今日は特訓で生まれ変わった僕を見せるよ。ケルにい!」

「ああ、期待してるぞ」


 そうだな、成長と言えばリオンも成長したんだ。命名式の後に俺が剛黒の城塞アダマンフォートレスで以前よりも頑強な闘技場を生成、ダハクの『建築』スキルで倒壊した家屋や道路を新築したのだが、それに対して獣王が報酬を払うと持ち掛けてきたのだ。当初は無償のつもりでやったのだが、どうも獣王は借りを作るのが嫌いらしい。ならばと頼んだのが次の事柄である。


「ガウン滞在中、リオンと模擬試合を何度かしてほしい」


 獣王祭ではレオンハルトの策略により実力を出し切れずに敗北したリオンであったが、時間の合間合間に獣王と試合形式の特訓を重ねていたのだ。技術や実戦云々の特訓ではなく、メンタル面を鍛える為にだ。主に獣王には俺やシュトラなど親しい人物に変身してもらい、あの試合さながらの嫌がらせを挟みながら戦うといった非常に苦々しい特訓であった。観戦する俺自身何度握り締めた拳から血が滲んだか分からない。だがこれもリオンの為、そう試合中に念じ続け、その度に心が折れかけ、ついでにお兄ちゃんのメンタルも鍛えられてしまったよ。


「ご主人様、神獣の岩窟が見えてきました」


 小さな山を越えた辺りでエフィルより一報。エフィルの肩に悪食の篭手スキルイーターを置き『千里眼』を借りる。指差す方向には大きな岩山があり、目を凝らせばその根元に洞穴が存在するのが見えた。


「よし、もうすぐ目的地に到着だ。各自、装備の確認!」

「「「はーい!」」」


 チビッ子らから元気な返事が戻ってくる。神の使徒の今後の動きも確かに気になるが、レベル上げをしてパーティの底上げをすることも対策としてありだろう。何よりもここ最近は俺たちのレベルの上がりが唯でさえ悪い。低級のモンスターをいくら倒したところで雀の涙にも成りはしないのだ。そこで俺が目をつけたのがこの神獣の岩窟。ダンジョン内を巡回する雑魚モンスターのレベルもさる事ながら、ここには神柱がある。



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 ―――神獣の岩窟


 辺り一面が岩肌で覆われた山々の間に俺たちは降り立つ。ロザリア、ムドファラクに続きボガの巨体が大地に着地すると、これまた大きな音が轟いて付近にいたモンスター達が逃げて行ってしまった。むう、B級レベルでも真っ先に逃走を選んでしまうのか。レベル上げ以前の問題だな、これは。


「まあいいか。まずはここをキャンプ地にするから、設営の準備をする」


 準備するのは主に俺なんだけどな! はい、剛黒の城塞アダマンフォートレスでちょいちょいと。岩の地面から浮かび上がるようにて漆黒の城塞《ペンションタイプ》の出来上がりだ。


「ダンジョンにはまず俺たちが先行する。シュトラはここでリュカやロザリア達と留守番な。ボガとムドファラクも…… このサイズの穴だと入れないから、今回は一緒に留守番な。設営地周辺の警戒を頼む」

「ゴアァ……」

「グオォ……」


 あからさまに悲しがるなよ。流石の俺もダンジョン破壊しながら攻略はできないよ。お前らも早く人間化できるようにならないとな。その図体では場所が限られてしまう。


「うん、分かった。私がダンジョン入りするのはレベルが十分に上がってからね?」


 これが普通の子供なら私も行きたい! と駄々をこねるところなのだが、シュトラは物分りがとても良い。まあ実際は大人なんだが。


「そうだ。A級ダンジョンならそんなに時間はかからないさ。合間を見て迎えに来るから、それまで十分に休んでいてくれ。慣れないダンジョンは疲れるだろうからさ」

「うん!」



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 岩窟の中は暗闇が広がっていた。松明など予め設置されているような照明の類はなし。A級がそこまで生易しい筈がないか。ここに生息するモンスターなら闇の中でも夜目が利くだろうしな。 ……おっと、その通りだと言わんばかりに闇の奥深くで何者かの赤い目が光っている。んー、猫科のモンスターだろうか?


「エフィル」

「承知致しました。多重炎鳥ミリアドバーンバードで敵を駆逐しつつ灯りを確保します」


 エフィルの魔力が次々と火炎を纏う鳥に姿を変え、岩窟の奥深くへと進攻する。やがて聞こえてくる猛獣達の悲鳴絶叫、肉の焦げる嫌な臭いが洞窟内に充満して――― あれ、なぜか鼻を擽るのはステーキを連想される熟成された甘い香りだぞ? かいでるだけで腹が減り、唾液が溢れる。


「……エフィル、戦いながら調理するのは止めなさい。主にメルが支障をきたす」

「申し訳ありません。新しい試みだったのですが……」


 常に挑戦を続ける姿勢は素晴らしいが、洞窟に肉の香りが充満したことによりメルフィーナのよだれの滝が止まらない。仕方ないな、収まるまでは後方から支援をお願いしよう。


「あっかるいね~。流石はエフィルちゃん!」


 エフィルが作り出した多重炎鳥ミリアドバーンバードは攻撃(調理)で消えることもなく、その後も我らパーティの周囲を飛び回り、灯火代わりの役割を担ってくれている。進む道の岩肌にも先行した鳥達が照明よろしく留まっているので視界の確保は完璧だ。


「これがさっき倒したモンスターか。豹、虎、獅子……」

「猫科主体のダンジョンなのかな?」


 サイズはどれもひと回りでかいけどね。そしてこんがり焼けている。


「一先ず通路はジェラールが先頭、殿はメルで行く。 ……おい、拾い食いはするなよ?」

「な、何のことでしょうか?」


 しかし腹が減ったな。

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