第241話 謁見

 ―――ガウン・神霊樹の城


「悪いな、ケルヴィン。こんな時間に押し掛けちまって。親父が煩くってよ」

「いいって、そもそも招待状を忘れてたのは俺だったんだし」


 エリィの案内に従い宿の1階に向かうと、そこにいたのはサバトであった。ガウンの使者と聞いて色々とやらかした身としてはかなり身構えていたんだが、顔見知りのサバトで少し安心。まあ、最終的に待っているのが獣王なのは変わらないんだろうけどさ。段階を踏むという意味では良い感じである。


『ケルにい、やっぱり闘技場を壊しちゃったことに対してのお咎めかな……?』

『獣王からの呼び出しはその前からあったからな、案外違う用件かもしれない。切にそうであってほしい』

『現実と向き合いましょう、ご主人様』


 俺たちは今、サバトに連れられてガウンの城である神霊樹の中を進んでいる。お忍びで城に向かうのに俺らが全員で行く訳にも行かないので、表向きはエフィル、リオン(影の中にアレックス含む)、アンジェを連れ添いに、それ以外の面子は俺の魔力内に戻している状態だ。


『いやはや、私としたことがケルヴィンの顔を見てたら興奮しちゃってさ。いや、うん、ごめんね…… 断罪者もメルさん相手じゃそこまで配慮できなかったんだと思う』


 アンジェはそこまで器物破損に勤しんでいなかっただろ。素敵にはっちゃけてはいたけどさ。思い起こしてみれば竜ズのブレス攻撃がトドメになっていたような気もする。命令したのは勿論俺だ。


「うん? そんな神妙な顔してどうしたんだよ、お前ら?」

「いやー、何でもないですよ? なあ?」

「えっ? う、うんっ! そうだね!」

「2人とも動揺しまくってんじゃねえか……」


 おのれっ、俺の棒読み台詞にリオンが上手い具合にフォローしたと言うのに台無しだよっ! くっ、サバトも俺の予想を上回る速度で日々成長しているってことか…… 


「おい、凄ぇ失礼なこと考えてないか?」

「何のことだい?」

「その棒読み止めろって。ったく、ガウン中がこんだけ騒ぐ程の大事件が起こってるっつうのに、ケルヴィンは相変わらずだな」


 え、そんな大事件になってるの?


『闘技場の全壊に住民の集団催眠、事件になるには十分過ぎるかと。恥ずかしながら、私も加減できませんでしたし……』


 エフィルが顔を赤らめる。ああ、帰り際に道が抉れてたり家屋が吹き飛んでいたやつのこと――― あれ、これって確実にギルティなんじゃね? 分かった、分かったよ。全部俺が建て直すよ!


「それよりよ、アンジェの首に付けてる首輪…… まさか奴隷になったのか?」

「よくぞ聞いてくれました! ええ、そうなんです! 私はケルヴィンのものになったんです! えへへ」


 こっちはこっちでまた斜め上の方向へ話をシフトしてるし。


「ケルヴィン、お前よ……」


 止めろ、予想はしていたけど止めてくれ。そんな目で俺を見ないで!


「はぁ、まあ俺はいいけどよ。ガウンじゃ奴隷制自体をよく思ってない奴も多い。犯罪者とかなら話は別だが、少しは気をつけろよ? いくら人気の受付嬢を落とす為とはいえ、そんな手段に出るとは驚いたが……」

「違うからな? サバトが考えているような手段は取ってないからな?」


 どちらかと言えば長年の恋路が実った感じのものだ。言わば純愛ものだ。


「分かってるって。アンジェは幸せそうだし、いいんじゃねぇの? ほら、そろそろ目的地に着くぜ」


 サバトは若干呆れながら目の前の大扉を開く。たぶん分かってないな、こいつ。後の禍根の元になるのも嫌だし、しっかりと説明してやらないと。そんなことを思いながら俺たちは部屋の中へと入って行った。


「―――って広いな」


 サバトに案内された部屋はかなり奥行きのあり、僅かに照明の光があるくらいの薄暗い場所だった。言ってしまえば謁見の間、王座である。神霊樹の利用して作られた為に壁も木々で覆われているが、討伐したモンスターの証だろうか? 巨大な牙や毛皮で装飾されている。そして王座となれば当然奴もいる訳で。


「親父、ケルヴィンを連れてきたぜ」

「声が大きいぞ。秘密裏に、と伝えたろう」


 部屋の最奥、その中央に王座があり、その左右横にジェレオル、ユージール、ゴマが整列していた。む、同志キルトはいないようだ。晩餐会くらいでしか話したことはないけどさ。


「外もあんだけ騒がしいんだ、別にいいじゃねぇか。ほら、ケルヴィン」

「や、一昨日振りだな。何やら色々と大変そうじゃないか――― って、獣王なのか?」


 王座の前まで歩みを進め、挨拶がてらのジャブを軽くかまそうとしたのだが、獣王の姿を見て逆に驚いてしまった。なぜって、女の子の姿じゃないのだ。


「ククク…… その顔、試合の最中に見たかったものだ」

「……それが獣王の本当の姿なのか? やけに―――」


 続く言葉を飲み込み、一度横にいるジェレオルを見る。うん、ジェレオルはそこにいるよな? ってことは、あれは正真正銘獣王レオンハルトの、本当の姿。


「やけに、若い気がするんだが……」

「ハッハッハ! そうだろう、そうであろう!」


 まだ俺から受けた傷は癒えていないようで、獣王の体には包帯が幾重にも巻かれている。だがそんなことは関係ないとばかりに高笑いする獣王の姿は、王子の長兄であるジェレオルと瓜二つのものであったのだ。豪壮な髭を蓄え、その面構えは獅子そのもの。よくよく見れば獣王の方が年老いているようにも見えるが、どう考えても10も離れていないだろう。親子ではなく兄弟と言った方がしっくりくる。


「ボソボソ……(実はよ、俺も親父の本当の姿を見るのは数年振りなんだ。正直兄貴かと思ったぜ。ぶっちゃけて言えば、久し振り過ぎて顔を忘れてた)」

「ボソボソ……(ああ、俺の見間違えじゃなかったんだな。良くはないけど良かったよ)」


 驚きのあまり、近くにいたサバトと耳打ちしてしまう。やけに機嫌が良さそうなのも逆に怖い。


「昨日の試合は実に愉快であった。しかしその反応を見る限り、進化による寿命の変化については知らないと見える」

「寿命の変化?」

「そうだ。『隠蔽』を使いステータスを隠してはいるが、試合で実際に戦ってみて確信したのだ。お主らが人間から進化し、枠組みから大きく逸脱した存在になっていることをな。まさかシルヴィアよりも早いとは思わなんだ。まあ、ダハクは種族からして違っていたようではあるが……」


 セラも悪魔だったりするが、プリティアよりは人間寄りだから良しとしよう。


「それで、寿命との関係とは?」

「やはり知らないのか。我ら獣人やエルフ、人間やドワーフなどの人型の種族は易々と進化することはない。その代わりに、種の進化に選ばれし者が得るものも大きいのだ。その最たるものが寿命の変化、平たく言えば擬似的な不老のことよ」

「………」


 メ、メルフィーナ先生ぇー! 大変です!


『真実です』


 お墨付き貰っちゃったよ!


『更に詳しく説明しますと、寿命の長期化ですね。完全に不老という意味ではありません。人間の寿命がエルフのように長くなり、元々長寿であったエルフは更に加算されます。物凄くゆっくりではありますが、体の時間は進みますよ』

『ご、ご主人様といられる時間が、長く―――』


 ああっ、泣くなエフィル! 俺も泣いちゃうから!


『エ、エフィルねえ! 僕も驚きたいんだけど、泣き崩れないで!』

『大丈夫だよ、エフィルちゃん。私もずっと一緒だよっ』


 今一度冷静になろう。冷静に。唐突過ぎる人間止めてました宣言に驚愕してしまったが、今の俺は冷静だ。うん、よし。 ……エフィルをギュッ! リオンをギュッ! アンジェをギュッ! よしっ!


「……もういいか?」

「ああ、悪いな。これで落ち着いた」


 まさか王族の眼前で抱擁するとは思っていなかった。しかし悔いはない。今したかったのだ。


『ケルヴィン、私もっ! 私もっ!』


 帰ったらな。


「ってことはだ。獣王も獣人から進化していて、見た目通りの年齢じゃないってことでいいのか?」

「うむ、これでも東大陸の大戦時から生きておる。そこら中で戦が起こっていたのも要因のひとつなんだろが、ジェレオルの歳程の頃に進化してな。それから色々あって今に至るのだ。まあワシが王になったのはここ十数年のことなのだが」


 うん百歳ってことですかい…… 獣王は決勝トーナメントでの俺との試合の時に、大戦時の話をしていた。確かその頃のガウンは悲惨な状況にあったとか、そんな話だった気がするが。うーん、考えるにそのような環境に生きたが故に、現在の超が何個も付くようなスパルタ教育を施しているのだろうか?


「ふむ、何か言いたそうな目をしておるな」

「……分かる?」

「まあな。試合の最中にも話した内容だ。我が子を崖に突き落とす。それは古くからガウンに伝わる試練の象徴たる言葉だ。まあワシの場合は更に崖上から岩を放り投げ、這い上がったらまた蹴落とすがな」


 容赦ねぇ……


「そんなことに意味はあるのか?」

「別にワシのような獣人になれと言っている訳ではない。逆にそんなものが実現してしまえばこの国は滅んでしまうわ。中にはサバトのように愚直な男も必要になろう。皆を引き付けるような存在の、な」

「お、親父に褒められた、だとっ!? マジか!?」

「明日は槍が降るわね……」


 おい、子供たちが凄く驚いているぞ。


「ワシが望むは少しの知恵、利口さだ。獣人も脳がない訳ではないのだ。嫌なことには当然警戒もする。だが我々獣人は愚直故に一度熱くなれば我を忘れやすい。だからこそ、刷り込み式に学び続けさせるしかないのだ。どのような場面でも生存率を上げる為にな」

「……俺としては賛同できないな」


 これもガウンの国柄、と言ってしまえばそれまでだが。


「まあ、でもよ。親父が獣王に就任してからキルトみたいに魔法を使う獣人が出てきたのも事実なんだよ。軍の作戦も昔みたいに突貫突貫じゃなくなったしな。それでも反論したけりゃ獣王を討ち取れ、それがガウンの掟だ。現に親父への挑戦者は後を絶たないんだぜ?」

「ですが、父さんは今も獣王の座にいます。それはつまり、未だ父さんを超える獣人がいないという事なのです。肉体的な事もそうなのですが、策謀的な意味でも……」

「試合に持ち込むまで別の戦いも待っているからな、アレは」


 どうやらジェレオルなどは挑戦した経験があるらしい。謀略が入り乱れる感じだろうか。俺としては直接のバトルだけで留めてほしい。いや、王になるつもりは更々ないけどさ。


「我らは時折野性の気質を多く孕む場合がある。特に色事に対しては素直過ぎるのでな。ハニートラップなどは苦労の種もいいところであった。なあ、ユージール? 初恋の相手はどこの国の者だったかな?」

「うっ…… ち、父上、その、申し訳ありません……」


 過去の出来事を掘り起こすつもりはないが、話の流れから察すればトライセンかどこかの国から似たようなことをされたんだろうな。そして女性に対するいろはを文字通り獣王から直に教授され続けられていると。苦労が絶えないだろうが、俺からは頑張ってくれとしか言えない。俺だって頑張ってるんだもの。


「しかし、そうなると妻を持つジェレオル王子はいいとして、キルト王子は危ないんじゃないか? その手の策略にさ。今日はいないみたいだけど」


 知らない子に「お兄ちゃん」と呼ばれただけで、無条件で付いて行ってしまいそうだ。


「ああ、キルトならあれから自分の研究室に引き篭もっているよ。何でもゴマの身体能力を最大まで引き出す装備作りに情熱を注ぎ込んでいるようだ」


 ユージールが疑問に答えてくれた。キルト王子、そこまでゴマのことを……


「あれはあれでその類の色香に弱いようで、実はそうでもない。ゴマへの想いは人一倍なんでな。キルトに関しては特に心配はしておらんよ。その成果によってはゴマとの婚儀も考え―――」

「本気で止めてください!」


 同志よ、紳士たれ。俺はお前を支持するぞ。


「さて、堅苦しい話はここまでにして、そろそろ此度の本題に入ろうか。知っての通り、昨日我がガウンが誇る闘技場及び辺りの家屋が何者かに破壊された。周辺住民、兵に至ってまで催眠状態にあった為に目撃者もおらん。闘技場が崩れる音を聞きつけ行ってみればこの様よ。その時はワシもこの状態であったからな、対応が遅れてしまったのだ」

「……闘技場、俺が魔法で作り直そうか? 設計図があれば再現できると思うぞ? 家とかも直すのが得意な奴がいるし」

「おお、できるのか? しかし―――」

「いいから、俺がやりたいだけだから」


 ああは言っているが、獣王が真相を知っている可能性もある。だって獣王だし。なので先んじて復興には協力する。それにこちらの責任も多大にあるし、住民はただ迷惑を被っただけだからな。俺としてもこのままでは気持ち悪い。


「すまないな、ケルヴィン。これの詳細に関しては現在調査中だ。しかし、このような状況では獣王祭の続行は難しい。本来予定していた決勝戦と3位決定戦を中止し、明日はこの城の中庭にて命名式を執り行う」

「中止、か」


 当然と言えば当然だが、残念だな。セラに雪辱を果たす時がきたと思っていたのに。しょうがない、帰ったら一戦交えよう。


「本来優勝者に与える筈であった賞金等はケルヴィンに授ける。元々どちらもお主の仲間であるしな。そこは安心していい」

「俺らは構わないが…… 今日の様子じゃ、国民を納得させるには大変そうだな」

「当日は会場まで城を無償で一般公開する予定だが、完全に納得させるのは無理だろうな」


 ジェレオルは大きく溜息を吐いた。王子の中でも特に気苦労が多そうだな。


「命名式ではファミリーネームの付与は勿論、トライセンでの魔王討伐を称える式典も同時に執り行う。待たせてしまったが、ケルヴィンへの報奨金も各国・ギルドを通じて用意できた。明日を楽しみに待つが良い。今日知らせたかったのはこの事だ」


 報奨金か…… お金は特に困ってる訳じゃないんだけどな。貰えるものは貰うけど。それから俺たちは命名式の詳細を聞いた後、帰ることとなるのだが。


「ああ、そうだ。闘技場の倒壊を免れた舞台がひとつだけあったか。中庭に置いてあった予備が。これはエキシビジョンマッチのひとつはできるかもしれんな」


 帰る寸前、獣王が含みのある言葉を呟いた。

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