第242話 命名式

 ―――ガウン・神霊樹の城


 昨夜は帰ってからも寿命の件でひと悶着あったが、最終的に「まずは神の使徒を何とかしてから」で落ち着いた。寿命が延びても戦いで死んでしまっては元も子もないからな。今はそれでいいと思う。と言うよりも、話がでか過ぎて実感がないんだ。


 さて、今日は命名式当日、ここは城の来賓用控え室の一室だ。せっかくの公的な場なのだからと、昇格式の際にギルドから貰った式服を着て行くことになった。普段着る機会がまったくないからな。こんな時くらいは活用させてもらおう。


「昇格式以来ですね。煌びやかで私には不釣合いだと思いますが……」

「またまた~。エフィルねえの方が綺麗だって自覚しないと。メイド服以外にもセラねえみたいに色々着た方がいいよ、絶対似合うから!」

「今回はコレットを心配する必要がなくなりましたからね。私も思う存分着飾れるというものです」

「胸が、ちょっときついような……」

「うんうん。皆、とっても似合ってるよ」


 俺たちの格好を見てアンジェは満足げに頷く。どれにもパーズ冒険者ギルドの紋章である翼が施されており、俺が黒の礼服、エフィルが緑、リオンが白、メルフィーナが青、セラが赤のドレスを着ているのだ。アンジェはと言うと、いつものギルド職員の制服である。まだ一応はギルド職員のていだからな。奴隷の証である従属の首輪は首に青のスカーフを巻くことで隠されているので、見えることはないだろう。パーズに戻ってからアンジェは正式に冒険者ギルドへ退職することを伝えるそうだ。その時は俺も同行する訳だが、修羅場のひとつは覚悟しなければなるまい。なるまいて……


「ほらほら、ケルヴィンもそんな辛気臭い顔しない! せっかくの晴れ舞台だよ?」

「俺、こういう場が苦手なんだよ。昇格式もそうだったが、緊張しないか?」

「獣王祭で暴れまくった人の台詞とは思えないよ…… ジェラールさんを少しは見習わないと」

「ジェラール?」


 アンジェが指差す方向を向く。


「ガッハッハッハ! どうじゃ、格好良いじゃろ? 流石は式典用じゃて!」

「わー、綺麗な刺繍だね」

「いつもの赤いマントもいいけど、外套の白と鎧の黒がコントラストが映えるね」


 身に着けた白の外套をわざとらしくなびかせ、リュカとシュトラに見せ付けるジェラール。見た目が魔王鎧だけに変質者にも見えてしまうが、ご満悦な様子が見ただけで分かってしまう。固有スキルが『自己超越』にランクアップしたことで装備の変更が可能になったからな。仮孫達に自分の雄姿を見せることに余念がない。


「ね、あれくらい堂々としないと」

「……ジェラールを見本にする時が来るとはな」

「大丈夫、ケルヴィンも最高に格好良いよ!」


 バンバンと背中を叩かれる。気合注入。しかしこう正装姿の面々が並ぶのを見ていると、アンジェのドレス姿も見たくなってしまうな。今度エフィルに頼んでみようか。あ、そうなればダハクのも必要になるのか…… むう、あいつの正装姿が思い浮かばん。今は客席からプリティア(ドレス姿)を見る為に席取りに向かっているんだったか。本当にぶれないよな。


「ケルヴィン様、そろそろ時間です。中庭にお集まりください」


 おっと、獣人の使用人が呼びに来てくれたようだ。それじゃあ、行くとしますか。


「いってらっしゃい!」


 アンジェに見送られ、俺たちは会場へと歩み出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ジェレオルがステージの上で開会を宣言する。


「静粛に! これより、ガウン国命名式を開催する!」


 命名式の会場となる神霊樹の城の中庭は人で埋め尽くされていた。まるで闘技場に向かう筈であった客達がこちらに雪崩れ込んだかのように。


『ってよりも、そうなんだろうなぁ……』

『この中庭も広大ですが、それ以上に獣人の方々がいらっしゃっていますね』


 城の中庭は神霊樹の中腹にあり、樹木が大きく突き出した箇所に庭園が作られている。神霊樹の上なのに、ここにも別種の木々が植えられているのには笑ってしまった。見物する住民らは中庭の半ばまで入ることが許され、そこからはガウン兵がロープを張って境を区切っているようだ。この境からは関係者のみ入ることが許され空間となる為、ガラリと変わって人混みなどもなく広々としたものだ。 ……まあ、その中央にはどう考えてもこの場には馴染まないものが鎮座しているんだけれど。俺たちは当事者だからこちら側、命名式で同じく名を授かるだろうと思われる貴族っぽい方々と並んで席に座っている状態だ。


「それにしても、良かったな。サバト、ゴマ。ガウンの名を継げるんだろ?」

「おう! 俺もまさかとは思ったんだが、どうやら夢じゃねぇようだぜ!」

「サバト、お願いだから静かに、せめて小声にして。もう式が始まるわ」


 俺たちの隣に座るはサバトとゴマだ。本人達は狼狽気味だが、どうやら獣王祭の試合でその実力を獣王に認められたようなのだ。2人とも2回戦敗退と結果だけ見れば成果を残していないように思えるが、その相手はリオンとプリティアだ。現状、ガウンの名を継いでいるジェレオルやユージールだって勝てない相手に、あそこまで奮闘した甲斐があったってもんだな。


「では、これより新たに家名を与えていく。名を呼ばれた者はステージの上へ」


 ジェレオルが男の名前を読み上げると、客席側の一番端の席に座っていた獣人が立ち上がり、ステージに向かって行った。男がステージに辿り着くと、礼服の老人が前に立ち何やら呪文を呟き出した。あれが『命名』なのだろう。ファミリーネームを授けるには、確かA級以上のスキルランクが必要だった筈だ。普通であればスキル一本に絞って伸ばすものだが、ここは獣国ガウンである。あの獣人の老人も昔は戦士としてブイブイ言わせていた口なのだろうか?


『ケルにい、呼ばれる順番はこの席の並び順と同じみたいだね』

『それだと俺たちはステージ側の一番端だから、最後か……』


 うーむ、こういった催しはさっさとやってしまって心に安寧を招きたいのだが。下手に順番が取りだと最後まで緊張に悩まされてしまう。王族になるサバトとかを最後にしろよと愚痴りたい。そうだ、念話で話でもして緊張を忘れよう。そうしよう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「次、S級冒険者『死神』ケルヴィン、『黒流星』リオン、『女帝』セラ、『微笑』メル、『爆撃姫』エフィル、『剣翁』ジェラール! 前へ!」


 と、そんな調子でリオンらと念話で戯れているうちに、いつの間にか順番が回ってきていたようだ。ええい、『バールを素直にさせ、セラに向かってお姉ちゃんと呼ばせるにはどうすればいいのか?』の議論で盛り上がっていたと言うのに。嘆いていても始まらない。話はいったんお開きとし、席から立ち上がってステージに向かう。今回の命名の対象は俺と妹であるリオンのみである。魔王討伐の実績がある為、申請する権利はセラ達もあるのだが、まあ、そこは俺がこれから頑張らないといけない訳で。


「ケルヴィンとリオン、そなた等にセルシウスの家名を与える」


 老人が事前にアンジェに申請していた家名を読み上げ、呪文を唱え始める。すると俺の眼前にステータス画面が表示され、ケルヴィンの文字の右側が光り出す。やがて光は文字の形へと集束していき、画面にはセルシウスと表示されていた。リオンも同様のようだ。これで俺はケルヴィン・セルシウス。リオンはリオン・セルシウスとなった。


「おめでとう、ケルヴィン。これからセルシウスの名は世界に轟くことだろう」

「ありがとうございます、ジェレオル王子」

「さて、本来であれば命名式はこれにて閉会なのだが、ケルヴィンには各国から魔王討伐による賞金・勲章・爵位の授与がある。おい、持って参れ」


 ジェレオルが命じると、ステージの横からガラガラと何やら台車を押す音が聞こえてきた。


「……多過ぎじゃないですか?」

「何分、異世界に帰ってしまわれた勇者の分も含まれているからな。共に魔王と戦ったケルヴィンが代理として貰うのは当然のことだろう? それに獣王祭優勝、準優勝分の賞金も加算されている」


 持って来られたのは見たこともない程の金貨の山。漫画や映画のふざけたシーンのようだ。これ、うちの屋敷がいくつ買えるんだろうか?


「次に勲章だ。我らガウンからは最高の功労を働いた者に授与する獣王章を、デラミスからは教皇章と聖女章、トラージからは椿花章が…… どれも最高位のものだな。トライセンからも武功王章が届いているぞ」

「身に余る光栄、と言えばいいんでしょうか?」


 勲章か。栄誉を示す章飾であるが、使い道に困ってしまう。こういった場だと礼服に付けて行った方が良いのだろうか?


「最後に爵位。こういったものは冒険者から嫌われる傾向があるのだが、トラージ王にどうしてもと言われていてな。椿護衛隊隊長の任を―――」

「あ、それはいらないです。辞退します」


 たぶんそれ、爵位じゃないです。


「だろうな。あの方も懲りないものだ。報奨金はこちらで屋敷に運ぶか?」

「いえ、大丈夫です」


 報奨金はその場で懐のクロトの保管に流し込んで全て持ち帰る。クロトの触手が金貨を次々と吸い上げただけのことであるが、獣人らからは変な目で見られてしまった。距離があるしクロトが半透明だから見えていないのか。緑魔法で風を操っているとでも思ってくれ。


 それから更に国のお偉いさん(なぜか皆ごつい)から祝いの言葉を貰い、こちらの式も滞りなく終了。獣王が先ほどから姿を見せないのが気になるが、気になっていても仕方がない。さ、帰るとしようか!


「では! これより獣王特別主催、エキシビジョンマッチを開催するっ!」


 ……と思ったんだけどな。中庭の中央、俺が先ほどから気になっていたその場所に鎮座していたもの。それは闘技場にもあった、シーザー氏お手製の円舞台である。そしてその上で声を張り上げる女性、いや獣王だよね、君。エルフの里の長老ネルラスの娘さんの姿だけど、獣王だよね?


「エ、エキビジョンだって?」

「そんな予定あったか?」

「いいじゃない。何だか面白そうよ! 獣王祭も結局中止になっちゃったし、丁度いいじゃない!」


 戸惑っていた見物人達も徐々に熱が篭り始めている。出入り口側を彼らで埋めさせたのはこの為か。


「S級冒険者『死神』ケルヴィン! 『女帝』セラ! 舞台上に来るがいい。ほれ、最高の舞台だろうが。思う存分戦うといい」

「「「おおーーー!」」」


 言葉は粗暴であるが、仕草はエルフの女性そのもの。可愛らしく手招きしている。周囲ではすっかり観戦モードとなった観客が湧き立つ。これはもう断る空気ではない。上空には同志キルトの映像機器が、舞台には結界が展開済み。用意周到とはこのことか。


「ああ、やっぱりそのパターンか…… セラどうする、って何黒金の魔人アロンダイト装備してんの!?」


 ドレス姿とはミスマッチな黒金の魔人アロンダイトを早々に装備し出すセラ。やだ、理解力早過ぎじゃない?


「え、だってやるんでしょ? 口が笑ってるわよ、ケルヴィン?」


 ……自覚がないって怖いね。クロトから黒杖を取り出す。


「言っておくが、これは獣王祭じゃないからな。魔法もバンバン使うからな?」

「分かってるわよ! 私だって使うし! ええと、メル」

「ええ、結界の重ね掛けは私らにお任せください。存分にやっちゃっていいですよ」


 毎日のように模擬試合をしていたからか、こちらも準備が早い。既に舞台で戦う準備が整っていた。


「審判はワシが務める。ジェレオルでもお主らの本気の試合は判断できないだろうからな。双方、問題はあるか?」

「ない」

「ないわ!」


 俺とセラが向かい合う。礼服とドレスだからか新鮮だな。


「それでは――― はじめっ!」


 空は雲ひとつない快晴、これ以上ないくらいの戦闘日和。空高き神霊樹の城にて、歓声が轟いた。

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