第240話 情報共有
―――ガウン・宿
「神の使徒の目的は
アンジェが神妙な面持ちで語り出す。分かっていたことではあるが、改めて聞かされると壮大な話になるな。コレットの先祖であるアイリスって巫女が主犯なんだろうが、いくらデラミスの信仰する神が変わったとはいえ…… いや、コレットでもそうするか。できるできないに関わらずメルフィーナの為と思えば何でもやりかねない。狂信者怖いです。
「神そのものをってことは、義体を用いずにエレアリスを召喚するってことか? 俺が召喚術でメルフィーナの神体を召喚するみたいにさ」
魔人への進化を果たした俺でもまだ無理なんだけどな。神様は燃費が悪い。
「あはは、実は計画の最終段階については復活の直前に知らされる筈だったから、私もまだ知らなかったり……」
「なぬっ!」
「ご、ごめんっ! エネルギーの供給方法までしか知らされてなくてっ!」
何というタイミングの悪さ。 ……いや、アンジェがこちらに寝返る可能性があると予め踏んでいたのか?
「う~ん、代行者がいつも側に置いて愛でてる寝台、あれも中身空だしなぁ…… デラミスの巫女なら無意味にそれくらいやりそうだし、いくら何でも関係ないかなぁ……」
空の寝台を、愛でる……? うん、まあ、うん…… デミラスの巫女ってことを考慮しても、これはこれで重要な情報って可能性もあるかもしれないし、一応メモっておくか。一応な。
「あなた様、仮にエレアリスが復活して義体の私を倒したとしても、彼女が転生神に成り代わることはありません。この体はあくまで義体、私の神体は別次元に存在しているようなものですから。それはこの
「代行者はエレアリスの転生の力を一部分だけ授かっているらしいんだ。どうやってその力を手に入れたかまでは私も知らないけど、私自身が転生しちゃってるからね。疑ったことはないかな」
「そう、ですか…… やはり消失の間際に何らかの方法で譲渡されたのでしょうか……」
メルフィーナが頭を抱える程に答えに困るのも珍しいが、事が事だ。仕方ない。せめて俺はメルの頭に糖分を回す為に菓子をそっと差し出すのだった。あ、一瞬で消えた。
「あ、でも代行者の転生術は不完全なものって聞いたことがあるよ。一度使えば何年も使えないとか、同じ魂には二度と使えないとか…… 守護者との世間話で」
世間話でとても重要な情報が駄々漏れになってないか?
「メル、ちなみに完全な転生術だと?」
「申し訳ありません。『神の束縛』の制限で……」
「喋れないか……」
「あ、それが義体の制限ってやつ? なら私が言うね。完全な転生術なら制限はなし! 使い放題だよっ! って守護者が世間話の延長で喋ってたよ」
「………」
神々が制限するような機密事項が、守護者とやらの世間話により包み隠さず漏洩されてしまっている。これには流石のメルフィーナ先生も頭を更に抱え出した。ほら、菓子食え、菓子。
「あと、これはジェラールさんに話し難いんだけど……」
「む、ワシにか?」
「うん……」
アンジェは気まずそうだ。
「私、前にケルヴィンがトライセンの魔王討伐に出向いた時に、ある任務を代行者に任されたんだ。創造者と一緒にね。巨大ゴーレムに乗ったドワーフ、ジルドラと言えば分かるかな?」
「……!」
ジェラールから僅かに殺気が漏れる。
「ジェラール」
「……分かっておる」
一応、釘を刺しておく。
「ジェラールさん達が倒したゴーレム、ブルーレイジからジルドラを救出したのは私なんだ。私の万物を通り抜けることができる固有スキル『遮断不可』を使ってね」
「待ってくれ。仮にジルドラを助け出したとしても、そいつは俺の猛毒を受けている筈だ。ゴーレムの内部にたっぷりと充満させてやったんだからな! あれで助かる筈がねぇ!」
「うん、確かにジルドラが使っていたドワーフの体は死んだよ。でもね、ジルドラは自らの体を移し変えることができる固有スキル『永劫回帰』を死ぬ前に使っていたんだ。 ……あー、ここ、私の黒い部分も大分含んでいるんだよなぁ。ごめん、意思疎通でその時の場面を見せるね」
配下ネットワークを通じてとある映像が映し出される。アンジェの視点だろうか、ナイフで騎士達を次々と絶命させていく。
「皆は、こんな私を受け止めてくれた。だから、その…… 私の闇の部分も隠したくない、かな」
場面は移り変わる。トライセンの鉄鋼騎士団らしき男が捕らえられる場面だ。次に現れたのはドワーフが男の頭を掴み、そのまま倒れるシーン。ああ、そういうことか。
「彼は鉄鋼騎士団の副官ジン・ダルバ。将軍のダン・ダルバの息子に当たるよ。そして、ジルドラの今の体でもある」
「………」
魔王を討伐した後、ダン将軍が言ってたっけ。ジンが行方不明だと。
「うむ。ジルドラは生きておるのだな。まったく、これでは奴を殺し難いことこの上ない!」
「ごめん、なさい……」
「ワシには謝らんでいい。全ては王が決めることじゃ、ほれっ!」
ジェラールがアンジェを俺の前に突き出したので、抱き止めてやる。
「……私ね、他にも色々やったんだ。この手を真っ赤に染まらせるくらいに。時には楽しいとさえ思ったんだ。ケルヴィン、幻滅した、かな……?」
アンジェは不安そうに顔をやや伏せながら俺を見詰めて来る。涙をいっぱいに溜め込んで。
「アンジェ、その代行者から下された任務以外で人を殺めたことはあるのか? 自分の快楽の為に、感情的になったりしてさ」
「……一度だけ、奴隷だった頃の飼い主と取り巻きを殺した。それ以外はないと思う」
「それならノーカンだ。アンジェがやらなかったら俺がやってたかもしれないしな。無罪潔白、とは言えないが、これから罪を償うことはできる。それに俺はそんなことでお前を手放さないさ。アンジェは俺の奴隷になってまで覚悟を示してくれた。その事実だけで十分だ」
「うん、うん……」
涙を拭ってやる。俺だって戦闘狂いだ。自慢じゃないが自分の快楽の為に動きまくりである。人のことを偉そうに言うことはできないが、それでもアンジェと一緒に道を歩むことはできる。それでいいじゃないか。と言うかもう俺としてはアンジェの贖罪は済んでいるのだ。いい加減謝らなくていいぞ。
アンジェが落ち着くまで抱きしめていると、暫くしてアンジェは元いた席に戻り話を再開してくれた。
「……この任務には2つの目的があったんだ。1つ目がトライセンに滞在していたジルドラを無事に脱出させること。代行者はトライセンに魔王が出現することを予め予期していたの。正確に言えば代行者ってよりは『選定者』が予期したんだけど…… まあその辺りはいいかな。その上で、ジルドラをトライセンに向かわせた。より強力な魔王が誕生するよう工作する為に、ね」
「魔王を? 何の為によ?」
セラが疑問符を浮かべる。
「うん。それが2つ目の目的に繋がるんだよ。2つ目が国王ゼルの私室にある『黒の書』の回収。代行者曰く、これがさっき言ったエレアリスの復活に使うエネルギー、魔力を送る手段になるんだ。黒の書自体は私が使徒になる以前から城に仕込んでいたらしいんだけどね。で、この書が魔力を手にする瞬間が―――」
アンジェは徐に小型のナイフを取り出し、軽く突き刺す動作をして見せた。
「―――生命の終わる瞬間。それも高位の個体になる程に、書に送り込まれる魔力の質・量は優れたものになる。魔王ともなればその魔力は計り知れず、トライセン中で戦が起こっていた状況も好都合だった。神の使徒は大戦時代よりも前から時代の裏で暗躍していたんだけど、この日だけで一気に躍進、エレアリス復活の一歩手前まで近づいたんだ」
「俺たちが魔王を討伐した行為そのものが、エレアリス復活の手助けになっていたってことか」
「マジかよ……」
「ふぅむ……」
いかん、空気が重くなってきた。
「私が言うのもなんだけど、ケルヴィン達は間違いなく正しいことしたんだよ。そこは悔やまず胸を張ってほしいな。魔王を倒さなければ、より多くの罪のない命が消えてしまっていたんだから」
そうだな。エレアリスが復活すれば神と真っ当な理由で戦うことができる。そう考えれば未来は明るい。
「アンジェ。その黒の書とは神代のマジックアイテムなのでしょうか? 実体のないエレアリスに魔力を供給するなんて、私も存じないものなのですが……」
「あう、私もそこまでの詳細はちょっと…… でも、代行者は黒の書を何冊も持っていた筈だよ」
「そうですか、残念ですね……」
俺はメルフィーナに菓子をそっと――― ってもう食い尽くしてるし! しかし、何冊もってことは代行者が書を施した場所はトライセンだけじゃないってことだ。恐らくは世界中で同じようなことをしていたんだろう。
「あ、そうだ! マジックアイテムと言えば、ええと…… あったあった。えっとね、神の使徒はある場所に本拠地を築いているんだけど、そこには普通の方法じゃ行くことができないんだ。そこで使うのが―――」
アンジェが白い鍵のようなものを掲げる。
「この『
「おおう! ならそいつを使って使徒だかのアジトにカチコミできるじゃねぇか!」
「あはは、ハクちゃんは発想がちょっとアレだね。残念だけど、私の持つ
「な、なんとぉ!?」
早くも代行者がアンジェを見限ったってことか。何か、見通されているような気もするが……
「あと、この
「電波が通じる限り通話できる携帯みたいなもんだな。仲間間の情報伝達も早いときたか」
「うんうん、異世界の携帯も進んでるんだね。」
「「「?」」」
うん、当然ながらリオンにしか伝わらない。
「後は…… それぞれの使徒についても説明しておこっか。私が知る範囲でだけど」
「ああ、頼むよ」
「まず神の使徒の人数なんだけど、8人もしくは9人になるかな」
昨日聞いた時と同じだな。人数がはっきりしない。あの時はアンジェが混乱しているだけかと思ったが、どうやら違うようだ。
「はーい、質問。アンねえ、人数が微妙に違うのは何で?」
「良い質問だね、リオンちゃん! ご褒美に抱きしめてあげるっ!」
「はうっ! あ、あははっ! くすぐったい、くすぐったいよぉ!」
リオンの背後をいとも容易くとったアンジェが、リオンを抱きしめながらここぞとばかりに脇をくすぐる。ああ、これは妹離れできないタイプのお姉さんだな、アンジェ。しかしさっきまでの神妙な表情はどこに置いて来た。いや、元気になる分にはまったく構わないんだけどさ。
「妹成分を摂取するのもいいが、そろそろ話を進めようか」
「あはは、ついつい……」
アンジェは照れながらもリオンを自らの膝の上に座らせ、そのまま頭を撫で続ける。「むう」と唸りながら子ども扱いされるリオンであるが、顔は満更でもなさそうだ。
「コホン、ええと人数の話だったね。説明するとね、私が神の使徒にいた頃が9人だったんだ。その中で私が抜けたから、計算すれば8人になるよね?」
うん、間違えようのない引き算だな。
「でもね、代行者は新たに使徒を転生させようとしていたんだ。それも時期的にそろそろなんだよね。だから8人、もしくは9人って訳。で、その新たな転生者が―――」
「トリスタンか?」
「ええっ!? せ、正解です。何で分かったの?」
「あいつ、トライセンで明らかに裏で何かと繋がっていただろ。俺が知る中で転生して一番厄介な人物はトリスタンだしな」
候補としてはクライヴ君もあったにはあったが、こちらは既に一度転生してしまっている。完全ではないアイリスの転生術では対象外だ。それ以前にクライヴ君はそんな器ではない気がするし。
「な、なる程ね。じゃ、気を取り直して、使徒になった者には名と序列が与えられ…… んー? 階段が軋む音がするね」
「誰か来たわね。この気配はエリィとリュカかしら」
アンジェとセラが張り巡らす察知網に気配を感じたようだ。気がつけばそろそろエリィらが戻っている時間帯か。それから少しすると、宿の廊下にて足音が徐々に近づいているのが俺にも聞こえて来た。
―――コンコン。
「失礼致します。ご主人様、ただいま戻りました」
「戻ったよー!」
セラの予想通り帰ってきたのはエリィとリュカだった。買い物をしてきたのか、2人は紙袋を抱えている。メルフィーナの無反応振りからして食べ物ではないな。
「お帰り。外は相変わらずか?」
「うん。闘技場周辺は賑やかだったよ」
獣人は本当にエネルギッシュだな。
「それとご主人様、下の階にお客様がお見えになっています。ガウンからの使者らしいのですが……」
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