第239話 神の使徒

 ―――???


 白き空間に2つの人影が降り立つ。獣国ガウンを去った断罪者と生還者だ。その様子を純白の神殿より確認した美しき銀髪の聖女は、側らの寝台に手を添えながら口を開いた。


「お帰りなさい。断罪者、それに生還者。お待ちしていましたよ」

「珍しいわね。使徒の全員が揃っているなんて何年振りかしら? ……新顔もいるみたいだけど」

「おー、おじさんの知らない顔もあるねぇ」


 バールと生還者が辺りを見回すと、蜃気楼のように歪む神殿の前には代行者の他に4人の男女の姿が、そして2つの石碑が立っていた。石碑には異世界の文字でⅡ、Ⅴと描かれている。


「全員じゃないでしょう? 暗殺者はどうしたのよぉ、断罪者ぁ?」


 バールの言葉にまず返答したのは、豊満な体を持つ妖艶な美女であった。肌の露出が多い服装で仕草のひとつひとつに色気が滲み出ており、黄金の髪とその豊かな胸を揺らしながら疑問を口にする。生還者は「おおっ」と目を釘付けにしているが、バールは目を軽く背けて聞こえぬ程度に舌打ちをした。


「任務の途中でメルフィーナの使徒に捕らえられたわ」

「あらぁ…… それで貴方達は暗殺者を見捨て、のこのこと帰って来たって訳ぇ? 我らのしゅが悲しむわよぉ」

「うるさいわよ、『反魂者』。見捨てて来たのは確かだけど、それはその場を統括していた私の判断。生還者は関係ないわ。責任は全て私にある」

「どっちにしろ貴女が悪いんじゃないのぉ。魔王の娘の癖に、育ちが悪いわねぇ」

「……貴女、さっきから喧嘩売ってるの? 第7柱の分際で」

「大して階級は変わらないでしょう? それとも自信がないのかしらぁ? バアルちゃん?」

「主より賜った名以外で呼ぶんじゃないわよ、年増」

「あらあらあらぁ、貧乳さんが何をおっしゃるのかしらぁ」

「「………」」


 一触即発の烈々たる2人の雰囲気に、断罪者の近くにいた生還者は一歩退く。


(うわぁ…… この2人、 絶対犬猿の仲だよ……)


 ジェラールらの猛攻を耐え切った彼を以ってしても、女性の戦いには介入したくないのだ。


「……お前達、その辺にしておけ。主の使徒同士がいがみ合うな」

「そうそう、いい加減にしないと代行者が怒るよ? 代行者、怒ると怖いよー」


 そんな女性の戦いに介入した男女は、目を瞑り腕を組む第3柱『創造者』と、神殿の屋根にて楽しげに腰掛ける第4柱『守護者』であった。声を受けた瞬間、今にも戦い出しそうだった2人から殺気がピタリと消えた。


「守護者と…… 貴方、もしかして創造者? また体を変えたの?」

「ん? ああ、断罪者にこの姿を見せるのは初めてだったか。トライセンの軍人の男なのだが、まあ、そこそこに動きやすくはある」

「以前の姿よりとっても素敵になったと思うわぁ。若くて逞しくてぇ、食べちゃいたいくらぁい」

「む、吸血鬼と人間の遺伝実験か? 関心はあるが、その分野は先約がある。そちらを終えてからにして貰いたい。確実な検証を行うには色々と機材の準備が必要になるのでな」

「……いえ、やっぱり遠慮しておくわぁ」


 反魂者の女はそれっきり静かになってしまった。


「断罪者、生還者。転生神メルフィーナとその使徒の引き付けの大任、ご苦労様でした。貴方方の帰還を心より喜ばしく思います。暗殺者については大変残念ですが、使徒たる鍵は凍結致します。後は彼女が幸福な時を過ごせるよう祈りましょう。来たる時が来るまでの、些細な時間ではありますが…… それと貴女に責任を追及する気は毛頭ありません。メルフィーナを相手によくやりました」

「……そう」


 暗殺者がケルヴィンに寝返った事まで知っているような代行者の言動に、バール、もといバアルは僅かに心を揺らす。代行者が聖母の表情を浮かべる裏で、何を考えているのか分からない。なぜならば、彼女はあのデラミスの巫女の血族、狂気においては魔王をも凌ぐ。


「さて、本日皆に集まって頂いたのは他でもありません。いよいよ我らの主、エレアリス様の復活が目前に迫った事を―――」

「―――その前に少し、いいですかな? 僭越ながら、今回が初めての参加となる私の紹介をして頂いても?」


 代行者の話を割り込んだ男が片手を挙げながら、申し訳なさそうに前に出る。代行者以外では、創造者とここにはいない暗殺者しか知る者のいない人物であった。男は羽帽子を被り、煌びやかな軍服を纏っている。


「……順を追ってするつもりだったのですが、まあいいでしょう。この度、彼を神の使徒第10柱『統率者』として転生させました」

「ご紹介に預かりました『統率者』と申します。司る力は『召喚術』。以後、何卒よしなにお願い申し上げます」


 統率者が優雅な立ち振る舞いで貴族風の礼をするも、バアルの目にはこの男の仕草全てが役者の演技としか映らなかった。彼女の勘のみで判断するならば、とても胡散臭い。


(半笑いなのが気に障るわね。腹黒の反魂者と良い勝負かしら)


 そんなバアルと共鳴するように、反魂者も心の中で品定めをしていた。


(悪くないけど、私の趣味じゃないわねぇ…… 幼女趣味っぽいしぃ、断罪者とお似合い? やっぱり第5柱のおじさまが一番かしらぁ)


 どちらも第一印象からボロクソである。


「おー、遂におじさんにも後輩ができるのか。感慨深いねぇ」

「生還者、少し黙りなさい。代行者の話はまだ終わっていないわ」

「まあまあ、あんまり苛々すると可愛らしい顔が台無し――― 何でもないです」

「そう?」


 生還者の頭上に高らかに振り上げられたバアルの脚甲がゆっくりと下げられる。その様子を高所より眺めていた守護者はクスクスと笑い楽しげであるが、やがてパンパンと手を叩き注目を集め出した。


「はいはーい、統率者に授ける任務はまた別途説明するとして、今日の本題について話すよ」

「……漸くか。時間は有限、手早く済ませてもらえるか?」

「私も同意見かな。こちらも今立て込んでいてね。このような格好で言うのも申し訳ないのだが……」


 2つの石碑から声が漏れ出す。声色が機械的である為に石碑通しでは実際の姿まで察することはできない。


「2人ともせっかちだなー。折角久しぶりに全員が揃ったんだよ? もう少し親睦を深めようよー」

「いえ、『選定者』と『解析者』にはお忙しいところを、石碑越しではありますが時間の合間を縫って参加して頂いているのです。早速話を始めると致しましょう」


 代行者が右手を掲げると漆黒の光がその手に帯び出し、やがて黒き書が姿を現した。


「―――エレアリス様の魂を現世に召喚する、最終段階の話について」

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