第238話 お揃い

 ―――ガウン・奴隷商


 アンジェが希望してきた事、それはエフィルと同じように俺の奴隷になりたいとの内容だった。当然ながらなぜそうしたいのか、俺は聞いた。その時のアンジェの答えがこうだ。


「ケルヴィンやエフィルちゃん達から信頼されてるのは嬉しいよ。でもさ、全員が全員そうだって訳じゃないと思うんだ。ほら、今朝とかハクちゃん私のこと警戒してたみたいだったし」

「分かるのか?」

「職業柄そういう事には敏感だからね~。ケルヴィン君とは違うのだよ」

「うぐっ…… ど、鈍感って訳じゃないぞ。人とは感性が少しばかりずれているだけだ」

「ふ~ん」


 アンジェがしてやったりといった顔をしてきたので視線を逸らす。まあ、今でこそアンジェとは和解しているが、俺を暗殺しようとしていたのは事実だからな。エフィルよりも付き合いの長いジェラールは兎も角、比較的新顔であるダハクは納得し切っていないところがある。だからこその奴隷としてのセーフティ。主となる俺に危害を加える、問題事を起こす気はないという決意を示したいとアンジェは言うのだ。


「それにさ、ケルヴィンとエフィルちゃんだけに打ち明けちゃうけど、転生する前は奴隷だったんだ、私。あんまり良い場所じゃなくてさ、子供の頃に…… あ、楽しい話じゃないから省くね。そんな経緯もあってエフィルちゃんに憧れ、みたいなものを感じてたんだと思う。だってエフィルちゃん、毎日が本当に楽しそうだったんだもん。だから私もケルヴィンの奴隷にしてほしい、な?」

「アンジェさん……」


 そう言われてしまえば俺から反対意見を出す訳にはいかないだろ?


「アンジェ、大切にするからな」

「うんっ! 大切にしてね。この体なら綺麗なままだし――― あ、何でもないよ」

「……じゃ、奴隷商に向かうか」


 そして俺たちは奴隷商に向かう訳なのだが、心配性な俺は行く途中で何度も再確認してしまうのであった。アンジェが呟くように言い掛けた言葉は聞こえたが、特に聞き返すような事はしなかった。別にいいだろ? 俺がアンジェを大切にするってことは変わりはしないのだから。


 さて、話を戻そう。不思議そうな表情をする奴隷商店主の視線がアンジェと俺を何度か行き来する。


「契約の仲介、ですか? は、はい。勿論可能ですが、そちらのお嬢さんは本当によろしいのですか?」

「問題ないよ。むしろ待ち遠しいくらい」

「は、はぁ……」


 自ら奴隷になりたいと言ってくる者など普通はいないのだから、店主の疑問はもっともだろう。しかしS級冒険者絡みだったからか、そう言うと店主はそれ以上深入りはして来なかった。最低限の確認のみをし、契約の際に使うらしい部屋に案内される。


「店主、悪いんだけど従属の首輪はこちらで準備したものを使ってくれるかな?」

「はい? え、ええ、構いませんよ。その分の金額は割り引いておきますね」


 ビクビクし過ぎな店主にクロトの保管から取り出した首輪を手渡す。この首輪はメルフィーナがエフィル用にと作った新装備――― の筈だったのだが、エフィルが俺から初めて貰ったものだからと頑なに拒んだ為に、保管の奥深くで眠らせていたものだ。ちなみにエフィルの首輪は代案でそれ自体を強化している。


「それでは、こちらにケルヴィン様の血を……」


 エフィルの時にしたように、ハンカチに俺の血を吸わせてアンジェの首にはめた首輪に触れさせる。店主が呪文を唱えれば契約は完了、アンジェは俺の奴隷となった。


「エフィルちゃん、これで私たちお揃いだね! えへへ」

「はい、お揃いですね」


 アンジェらが友情を深める中、店主が何とも言えない表情で俺に視線を向けてきたが無視した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――ガウン・宿


「―――という訳で、アンジェが俺の奴隷になりました」

「「……いやいやいや!」」


 パーティメンバーを部屋に集め、改めてアンジェが仲間になったことを知らせようとすると、ジェラールとダハクが猛烈に反対してきた。何だ、何に問題があると言うのか。


「仲間になったってことは知っておったよ。じゃがな、じゃが!」

「なぜ奴隷になるんスか!?」


 そっちか。前のめりで顔の近い2人にこれまでの経緯を説明する。


「そ、それでッスか? そりゃ確かに俺、用心はしてたッスけど、そう簡単には……」

「これで信用してくれないかな、ハクちゃん?」

「ハクちゃん言うな! それは兄貴や姐さん達のような、俺より上の方々じゃなけりゃ許さねぇ呼び名だ!」


 ダハク、それ言ったらアンジェはめっちゃ資格があるぞ。それにお前、子供相手にはその呼び名でも許してるだろ。


「落ち着きなよ、ハクちゃん。早く仲良くなりたいからそう言ってるんだよ? ね、アンねえ?」

「アン、ねえ……!? リオンちゃん、大好きっ!」


 ダハクをなだめるリオンをアンジェが抱きしめる。自分のことをアンねえと呼ばれたことが余程嬉しかったのか、リオンに対して高速で頬擦りを展開。これに毒気を抜かれたのか、蚊帳の外となったダハクは拍子抜けしてしまったようだ。


「ま、まあいいけどよ…… ケルヴィンの兄貴、パーズに戻ってからの問題はどうするんスか?」

「うむ。どうするんじゃ?」

「ん? 何のことだ?」


 問題? 特に問題はない筈だが。


「アンジェはギルドの受付嬢だったじゃないスか。いいんスか、ギルドの方は?」

「……あっ」


 問題あったよ! 大問題があったよ!


「このままではアンジェを落とす為に奴隷にしたと噂が広がってしまうであろうな。王も豪胆なことをしたのう」

「ッハ! まさか、俺に納得させる事を優先して、自らの風評を犠牲に……っ!? あ、兄貴、そこまで俺のことをっ……!」


 待て、待て待て。アンジェは冒険者のファンも多いんだ。そんな噂が広まってはこれまで築いてきた世間体が崩れてしまう。それは不味い。


「いや、待て。アンジェのことだから何か対策を―――」


 希望的観測による身勝手な期待を込め、アンジェの方を向く。


「私ね、ギルドを辞めてケルヴィンのお屋敷に住むことになったんだ~。奴隷じゃギルドには勤められないしね」

「わぁ、寿退社ってやつだね! おめでとう、アンねえ!」

「ことぶき? 意味は分からないけど、何だか素敵な言葉……」

「これからはずっと一緒ですね。そうだ、アンジェさんのお洋服もお作りしませんと」


 アンジェはすっかり女子トークの輪に入ってしまっていた。ああ、もう完全にこれからの生活のことしか頭になさそうだ…… いや、いいんだけどさ。責任持つと言った訳だし。ファンからの拳は甘んじて受け入れよう。


「ケルヴィン、私の拳で予行練習しておく?」

「そういうことは察しなくていいから! 軽く死ぬからっ!」


 セラが保管から黒金の魔人アロンダイトを取り出そうとするのを全力で止める。本番前にダウンしてしまいます。


「……あなた様、良い機会ですしこの場で情報の整理を致しませんか? 今ならエリィらも出掛けていることですし、ここだけの話ができます」


 それまで静寂を保っていたメルフィーナが口を開き、神妙そうに言った。


「そうだな。どっちにしろ、早いうちにしておいた方がいいだろうし…… アンジェ、ちょっといいか?」

「何、ケルヴィン?」


 俺が呼びかけるとアンジェはすぐ隣にいた。今更ながら速過ぎる。


「唐突で悪いんだが、神の使徒やエレアリスの、アンジェが知っている情報をここにいる皆で共有したい。 ……話してもらってもいいか?」

「……うん、そうだね。私はケルヴィンの側についたことだし、そうした方がいいよね。分かった、話すよ」

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