第237話 願い
―――ガウン・宿
あれからアンジェが新たな仲間に加わった祝いの席として、各々がガウンで買った土産用の菓子を部屋に持ち寄り、ちょっとしたパーティーが朝方まで開かれた。女子会と例えた方が近いだろうか? 皆寝間着である。本当であればリュカやシュトラ達も誘いたかったが、深夜ということもあり既にすやすやと眠っていたので今回はそっとしておいた。シュトラの警護役であるロザリアとフーバーも交代で寝ずの番をしていた為に不参加だ。残念。
何やら思案するような仕草をしていたメルフィーナも珍しい菓子の登場に目を輝かせていた。夜食を食った後なんだから自重しろとも言いたかったが、神としてのしがらみや思うところがあったのだろう。一度アンジェと話をしてその辺りも整理しないといけないな。
そして当のアンジェさんはと言うと、俺とエフィルの間に挟まれて終始楽しそうであった。迷いが消えた、或いは完全吹っ切れたのか。初めてデートした時のような、久しぶりにそんな雰囲気だった。だが楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、気が付けば日が昇り始めている。皆やり切った感を醸し出しているが、俺とセラは獣王祭の決勝戦を控えている為、パーティーもそこそこにお開きにして各人就寝するといった流れで解散。 ―――部屋割り? 今日は愚問が多いな。そんなの決まっている。
「わ、私とエフィルちゃんと…… ケ、ケケケケルヴィンが一緒なのっ!?」
「当然だろ」
「当然です」
他の皆は自分達の部屋に戻って行った。本当であれば今日の同室はセラとメルだったのだが、気を利かせてくれたんだろう。まったく、本当にできたお姉さん達だ。
「放してくださいセラ! 今日は私の番でしたのに! でしたのにっ!」
「はいはい、子供みたいなこと言わないの! メルは私と一緒の部屋よ。それじゃケルヴィン、おやすみなさい」
「でしたのにー!」
「「「………」」」
セラがメルを引きずる形で廊下の曲がり角へと消えて行った。 ……気を利かせてくれたのだろう。
「さ、4時間後には出発準備をしなきゃだからな。早く寝るぞ、アンジェ」
部屋にはダブルベッドがひとつだけ。要はこのベッドで一緒に寝なければいけない。俺、ベッドにイン。何だかんだで今日は何回か死にかけ、一度死んでしまったのだ。心地良い疲れだが、何分眠い。
「あわ、あわわわわ…… 夢にまで見た光景が目の前にでもまだ心の準備が、ってエフィルちゃん早っ!? 流れるようにベッドの中に入って行った!」
「?」
エフィルは首を軽く傾げ、既に俺の右側で寄り添いながら眠ろうとしていた。
「ほら、アンジェも……」
「ゴ、ゴクリ……」
俺が左手側をぽんぽんと叩くと、アンジェがツバを飲み込む音が聞こえてきた。でもさ、俺そろそろ限界……
「よ、よしっ! ケルヴィン、お、お邪魔します」
「……くぅ」
「すぅ…… すぅ……」
「寝てるっ! どっちも寝てる! 待ってよ、私も―――」
眠る寸前、アンジェの焦った声が聞こえたような、聞こえなかったような。ただ、まどろみに落ちる寸前にエフィルとはまた違った温もりを感じた。
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「ご主人様、おはようございます。今朝も良い天気ですよ」
睡眠時間は短いものだったが、翌朝はとても良い目覚めだった。相変わらずエフィルの朝は早く、俺が目を覚ますと既にメイド服に着替え終わっている。しかし反対側のベッドではアンジェがまだ寝ていた。
「……むにゃ」
申し訳程度に俺の腕に手を添えながらよだれを垂らしている。これが昨夜の暗殺者と同一人物なのかと疑ってしまいそうになるが、嬉しいことに同じ人間なのだ。しかも可愛い。
さて、本来の予定ではこれから朝食を食べ、獣王祭の会場である総合闘技場に向かうところだったのだが、覚えているだろうか? 闘技場はもう、ないんだ…… 昨夜のアンジェ、バールとの激しい攻防の末に闘技場は半壊。メルフィーナの
「―――と思ったんだがなぁ……」
「それどころではない様子ですね」
闘技場周辺は騒然、観客とガウン兵で大混雑状態だった。闘技場が破壊されていたことは勿論だが、その周囲一帯で謎の集団移動が起こったことも騒動の誘因となっているようだ。夢遊病のような状態だろうか。当人達はその時の記憶がなく、気が付いたら闘技場から遠く離れた場所に突っ立っていたと皆証言している。
「うーん…… 創造者から貰った『惑わしの魔香』、思ったよりも効果的だったみたいだね…… 余計な混乱を避ける為の処置だったんだけどなぁ」
アンジェが冷や汗を流しながら苦々しく笑っている。聞くとその香は無臭であり、振り撒いた周囲の生命体を眠らせ、指定した場所まで移動させることができるらしい。対象範囲は一定のレベルまで、このレベル帯は振り撒いた者のレベルによって上下すると言う。消耗品との話だが、聞けば聞くほど凶悪なアイテムだ。これを作った創造者、ジルドラは侮れない。
「本日開催を予定していた獣王祭決勝は延期、延期となりましたっ! 皆様、落ち着いて―――」
―――らしい。ガウン兵らが懸命に呼びかけを行っているが、これでこの混乱が収まるとは思えない。国中が湧いていた一大イベントだっただけに、今しばらくはこの状態が続くだろうな。などと原因の一端の担う俺が言うのもアレか。まあ、何だ。この場は獣王に頑張ってもらおう。落ち着いたら
その場で今日1日は自由行動とし、解散する。俺がこれからどうしようかと考えていると、アンジェがエフィルと一緒に話し掛けてきた。
「ケルヴィン、これからちょっと良いかな?」
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―――ガウン・奴隷商
俺たちがやって来た先、そこは奴隷を商品として扱う奴隷商であった。街の外れにある為か人通りは少なく、気のせいかこの辺りは獣人の姿が見当たらない。店自体もパーズよりも一回り小さいな。
「本当にいいのか?」
「うん」
アンジェに何度目か分からぬ確認を取るも、返ってくる答えは一向に変わらない。もう決心してしまっているようだな。エフィルも特に反対している様子はないし、それならば俺からとやかく言わなくてもいいか。
奴隷商に入ると小太りの店主らしき男が俺たちに気が付いた。獣人ではなく人間である。そう言えば獣人は奴隷を商売として扱うのを嫌っているんだったか。旅行前にガウンについて調べていた際に、どこかで読んだ記憶がある。だからこの辺には獣人が寄り付かないのかね。
店主は俺を見るなり時間が止まったかのようにビタッと動かなくなり、数秒してこう叫んだ。
「ケ、ケケケケケケケルヴィン様あぁ!?」
おい、何だその化物に出くわしてしまったみたいな顔は。俺はプリティアではないぞ。
『ケルヴィン、S級冒険者の自覚をもっと持った方がいいよ。ガウンじゃ昨日の獣王祭で一気に顔が知れ渡ってるんだし、大衆食堂に国のトップがやって来るみたいなもんだからね、これ。』
ああ、それで俺の顔を見て驚いたのか。いつもは目立たないようにフード被ってるからなぁ。しかし、もうクロトを通じての念話を使いこなしてるよ、アンジェ。
「ん? 俺の顔に何かついてる?」
「い、いえっ! 何でもございません! こ、このような小さな奴隷商にS級冒険者であるケルヴィンがいらっしゃるとは夢にも思っておらず……」
「ああ、ちょっとお願いしたいことがあってね」
「何でございましょうか? 当店でケルヴィン様の御目に適う奴隷を見繕うのは少々難しいと思いますが……」
店主はエフィルとアンジェを横目で見ながらそう話す。どうやら俺が奴隷を買いに来たんだと勘違いしているらしい。
「そうじゃなくてさ、彼女を俺の奴隷として契約する仲介をしてほしいんだ。できるかな?」
俺はアンジェの肩に手を置いた。
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