第236話 贖罪
―――とある森
ガウンの街並みから外れた深き森林地帯に1人の少女が佇んでいた。サイドポニーに纏めた赤き髪を夜風になびかせ、何者かを待つように腕を組み瞳を閉じている。
「……遅いわよ、生還者」
「やあ、大分待ってもらっちゃったみたいだねぇ。おじさん、置いて行かれないかとひやひやしてたよ」
赤毛の少女、バールの前に現れたのは刀を携えた剣士の男。リオンらにやられた傷は完全に治癒しているが、装備はそうではないらしく、上半身のものなど裸も同然の悲惨な状態であった。
「作戦完了と聞いて急いで来たんだけどねぇ。いやはや、断罪者が速過ぎて追いつか―――」
「その割には結界が破壊される前に逃走したみたいだったけど?」
バールは詰まらなそうに足先でトントンと地面を叩く。
「……相変わらずやばいねぇ。その察知スキル」
「別に。それよりも早く帰還するわよ。ここだってまだ安全圏じゃないんだから」
「はいはい」
2人は森の中を駆け出す。向かう先は、南西。
「それにしても末恐ろしいねぇ。人手が足りないこの状況で我らの
「それだけメルフィーナが警戒対象ってことよ。何の為に『暗殺者』と『解析者』を監視に置いていたと思っているの?」
「いやいや、彼女の使徒の…… ええと、ケルヴィンと言ったかい? 彼が率いるパーティの奴らも大したものだったよ。全員がS級冒険者レベルだ」
「ふん……! 最低限の目的は達したわ。転生神の使徒を殺すことはできなかったけど、足止めは成功した。計画も最終段階、もう暫くの辛抱よ」
心なしか、バールの機嫌が悪そうだ。
「……その暗殺者のことは良いのかい?」
「後はあの子の選択次第よ。どうあろうと罰は私が受ける。それで文句ないでしょ?」
「何だかんだ言って優しいんだから。おじさんは文句ないけど、代行者が何と言うかだねぇ……」
生還者は面倒臭そうに頭をボリボリとかき、その度に白いフケが飛んでいた。
「おじさんは主の使徒になって一番日が浅いから、他の神柱のことはよくは知らない。だけどさ、一番接する機会の多かった君らが、親しい仲だったのは知ってる。 ……友達だったんだろう?」
「……ッチ、貴方も面倒ね。別に、そんなんじゃないわよ。あの子がいつも一方的に話し掛けて来ただけ」
「おじさんはこれでも年長者だ。今くらいは泣いたって、誰にも言いやしないよ」
「死ね」
「酷くない?」
バールの心無い言葉が生還者の胸に突き刺さる。肉体的ダメージよりも精神的ダメージの方が辛そうなのは気のせいだろうか。
「……まあ、気持ちだけ受け取っておくわ。別に友達じゃないけど。あと間違いの訂正。貴方よりも私の方が年上だからね?」
「……マジで?」
「そうよ、悪魔を見た目で判断――― なんで胸を見るのよ? マジで殺すわよ?」
「いやあ、最近の子は発育が悪いのかなって……」
東からは太陽が昇り始め、夜が明けようとしている。丁度その頃、森の奥深くから何かを潰すような音が響き渡り、野鳥が大群を成して飛び去った。
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―――ガウン・宿
バールが逃走した後、俺たちは直ぐにエフィル、リオン、ジェラール、アレックスとの合流を果たした。メルフィーナが
さて、俺とメルフィーナが暗殺者と断罪者、アンジェとバールと戦っていたように、リオンらの方も生還者と名乗る剣士との戦闘を行っていたという。事細かな話は結界が壊されたことによって復活した意思疎通にて手早く済ませたのだが、まあアンジェの件についてはそう簡単に済むものではない。一先ず、ガウン滞在中に俺たちが宿泊する宿の一室に移動。眠ったアンジェをベッドに寝かせ、一応武装は解除して特殊な枷をかけさせておく。同室にて緊急作戦会議を開くが、ここで問題が。参加者がエフィル、セラ、リオン、メルフィーナの女性メンバーのみで構成されていること。そして俺が正座待機していることだ。
「で、何か弁解はあるのかしら、ケルヴィン?」
「……何に対して?」
「アンジェに! キス! したことに対して!」
あかん。データの改竄が間に合わなかったのがここにきて響いたか。エフィルは嬉しそうに微笑み、リオンは苦笑いで済んでいるが、セラについてはこの通りプンスカしている。メルフィーナは――― 今は夜食でそれどころではないようだ。だけど内心は気にしてそうだな。
「アンジェを説得する為に必要だと思ったからだ。ほら、言葉だけじゃ想いが伝わらないとなれば、あとは行動で示すしかないだろ?」
アンジェとの戦闘は素晴らしいものだった。新たに手に入れた固有スキルは残念ながら使う暇がなかったが、お互いの想いと力をぶつけ合う最高の時間だった。だが、あれ以上戦闘を続ければ俺かアンジェのどちらかが力尽きていたと思う。だからこそのキス。打算的にアンジェの隙を作る目的もなかった訳ではないが、俺なりの決意を―――
「で、本音は?」
「アンジェの可愛い顔が近かったので、つい……」
はい、それは実は後付けで自分の欲求に身を任せていました。いや、俺も普通の調子であればそんなことは勿論しないよ? これでも紳士だからね。でもあの時は戦闘の最中ってこともあって気が昂っていたというか、興奮状態にあったというか、戦闘狂の悲しい性というか―――
「ケルヴィン、それは人として駄目でしょ! 確かに私たちはアンジェが告白するだろうと思ってケルヴィンを送り出したわ。でもね、無理矢理はいけないわ。配下ネットワークの情報を見る限り、アンジェはまだ同意していないじゃない!」
「はい、その通りです…… ごめんなさい……」
うん、状況がどうであれ無理矢理はいけないよね。例えアンジェが好意を持っていたとしても、あれでは獣と変わらないよね。
「謝るならアンジェに謝りなさい! アンジェもいつまでも狸寝入りしない!」
「は、はいっ! すみませんっ!」
セラの叱咤にベッドで寝ていたアンジェが飛び起き、そのまま正座する。起きていたのね…… 俺には寝ているようにしか見えなかったアンジェの演技も、セラの察知能力には通用しないようだ。
「アンジェがケルヴィンを1回殺しちゃったのも一大事だけど、今においてはどうでもいいわ!」
「え、いいの?」
そこ、結構大切なところだと思いますが……
「今一番重要なのはアンジェの気持ちよ。アンジェ、ケルヴィンのことどう思ってるの?」
「え、ええっと。私、ケルヴィンや皆を裏切った立場だし、私にそんな権利なんか―――」
「好・き・な・の!?」
「は、はい。好きです……」
「で、これからどうしたいの?」
「……どうしたいのかな。正直、分からないかも」
アンジェは俯き、ポツポツと話し出した。
「私、『代行者』の指示でケルヴィンとメルさん…… ううん、転生神メルフィーナを監視してたの。常に状況を把握できるように、って。隙あればケルヴィンを篭絡しろとも言ってたな。あはは、逆に私が惚れ始めちゃったんだけどね……」
「……俺とメルがパーズに現れることを予知していたのか? その代行者って奴は」
「どうなんだろうね。私も代行者の指示に従っただけだったから、どんな経緯があったかは知らないの。ただ、代行者は
「神託、ですか」
山積みされた空皿を横に据えさせ、メルフィーナが真剣な面持ちで言う。メルフィーナ先生、今シリアスな場面なんです。少し自重してください。
「アンジェ、その代行者と名乗る方は、銀髪の女性でしたか?」
「……うん、そうだよ。流石にメルさんは察してるみたいだね。魔王グスタフを倒した先代の勇者、セルジュ・フロア。そのセルジュを召喚した当時のデラミスの巫女、アイリス・デラミリウスが代行者の正体」
「そして巫女に神託を与えているのが、前転生神エレアリス、か」
「なんだ、ケルヴィンも知ってたんだね」
「まあな」
何の根拠もない予想だったんだがな。まさかメルフィーナとの空論が真実だったとは驚きだが。
「代行者は主の力を借り受けて、私みたいに死んだ魂を転生させることで使徒を生み出した。それが『神の使徒』と呼ばれる古き神柱に成り代わる存在。中には例外的な使徒もいるんだけどね。トライセンでケルヴィン達が戦った『創造者』みたいに」
「……神の使徒、か。全部で何人いるんだ?」
「使徒は全部で9人――― あ、私を外せば8人、いや、今なら9人?」
「うん?」
増えたり減ったりしているぞ。
「兎も角、気をつけた方がいいよ。私も朧気だけど転生の時に主に会ったんだ。転生した魂にはちーと? って呼ばれるくらいのスキルをギフトとして贈ってるんだって。それに、そろそろ計画も最終段階だろうから……」
ちーと、チートか。女神自ら最強の駒を作ってるってことか? しかし―――
「―――アンジェ、何でそこまで教えてくれんだ? 仮にもアンジェはその神の使徒って組織に所属しているんだろ?」
「……贖罪、かな? あはは、私も何でか分からないや。私に新たな命を与えてくれた代行者への感謝もあるし、これ以上ケルヴィンを裏切りたくない自分もいるの…… でも、ここまで話したらもう使徒には戻れないかな。使徒としての繋がりも、もう解かれるみたいだし……」
アンジェは無理に捻り出したかのような笑顔を作る。どうしたらいいのか分からず、途方に暮れているのだろう。
「なんだ、もう決まってるんじゃないの。アンジェがこれからどうしたいのか」
「え?」
「戻れないのなら、両想いのケルヴィンのそばで幸せに暮らす! それでいいじゃない! はい、決定!」
「セ、セラさん……?」
セラさん、先ほど無理矢理は駄目と言ったのはどの口だったかな? いや、グッジョブだけど。
「おめでとうございます。これからよろしくお願いしますね、アンジェさん。友人として大変嬉しく思います」
「エフィルちゃんも、何で……? って泣いてる!?」
「だって、アンジェさんの想いが、漸く叶ったから……」
祝福の言葉を投げ掛けながらエフィルが泣いている。アンジェは狼狽するばかりだ。
「アンジェ、俺からもまた言うよ。俺は、俺たちはアンジェが好きだ。組織に戻れないのなら、一緒に暮らそう。ついでにエレアリスとやらの目論見を潰すかもしれないけど、まあ気にするな。俺が全責任を被るからさ」
「……何で、何で皆私にそんなに優しくするのっ!? 私、ケルヴィンを一度殺したんだよっ!?」
ああ、アンジェも泣き出してしまった。しかしその質問は愚問もいいとこ、ナンセンスだ。
「おいおい、俺みたいな戦闘狂にそれは御褒美みたいなもんだぞ。自分より強い、しかも愛しい存在との戦い。それで死ねるなら本望だよ。エフィルやセラもそれを理解してるんだ」
「ま、もう死なせないけどね!」
うん、頼りにしてる。
「ってことだ。理解できたか、アンジェ?」
「……グスッ、ケルヴィンは――― マゾ、なの?」
「違う、それは違う。ある意味合ってるかもしれないが、断じて違う。 ……アンジェ、分かってて言ってるだろ?」
ああ、分かってる。アンジェは時々お姉さんぶって、こんな風にからかうこともあったっけ。あの頃から使徒として動いていたんだろうが、あの笑顔に嘘はなく、本心から笑っていた。
「ん、んん…… 冗談だよ、ケルヴィン君! それじゃ私のこと、貰ってくれる?」
思わず抱きしめてしまった。声は微かに震えていようとも、涙を拭った笑顔の彼女は初めて会った頃の様に輝いていたから。
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