第205話 警戒すべきは
―――ガウン・総合闘技場
1回戦も中盤に差し掛かり、場面はCブロックのセラとグインの戦いに移り変わる。舞台の上には俺と同じ黒衣の防具を選び相変わらずの仁王立ち姿のセラと、軽鎧を身に着け戦闘体勢のグインが向かい合っていた。
「試合――― 開始っ!」
ロノウェの声が高らかに鳴り響く。先に動いたのはグインであった。珍しくもやる気に満ち満ちていた彼は一直線にセラへと猛突進し、右腕を伸ばす。
「やったっるッスよぐあえっ!?」
「うん? まあいいや、隙ありっ!」
が、伸ばした腕は弾かれ、直前で見えない壁に顔面から衝突してしまう。セラの加護が発動したのだ。自身の推進力がそのまま全身強打の威力へと変換されたグインはこの時点で意識を失っていたのかもしれない。幸か不幸か、セラは魔王の加護が発動したことに気が付いておらず、無防備となったグインに適度に手加減した拳を放ってしまった。
「ぐげらっ!」
手加減したと言えど、セラの一撃はゴマのそれを軽々と上回る。顔面へと放たれた凶弾はグインの意識を瞬間的に呼び覚まし、再び闇へと葬り去った。抜け殻となったグインの体は舞台から芝へと落ち、更には観客席下の壁までの間を何度も跳ね飛んで行く。
「何やってんだ、あいつ……」
セラの加護が発動したってことは、詰る所そういうことをしようとしたってことだ。試合中に何を考えているんだ、グインは。
「セラねえが気付いてなくて良かったね……」
「ああ、一瞬で勝負が決まって逆にラッキーだった。もしセラに感付かれたら、あいつ半殺しじゃ済まないぞ……」
俺たちは第3者の目線だったからあの一瞬でも気付くことができたが、戦闘中であったセラにとっては一瞬グインが止まったようにしか見えなかった筈だ。加護が発動してウィンドウがポップアップするようなこともなかったらしい。運が良いな、グイン。最終的に観客席の壁にめり込んでしまったグインの姿を見ながら、俺とリオンは心からそう思った。
「Cブロック第1試合! 『女帝』、セラ選手の勝利ぃー!」
「当然よね!」
そんなことなど露知らず、セラは今日もドヤ顔を決めていた。
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―――ガウン・総合闘技場客席
「ご主人様、お疲れ様です」
「いやー、まったく疲れてないんだけどな」
エフィルからタオルを受け取り、大してかいていない汗を拭う。試合を終えた俺、リオン、セラ、ダハクは一度エフィル達がいる観客席へと移動することにした。あのまま控え室にいるよりも皆といる方が気分転換にもなるし、このVIP席の方が試合がよく見えると言う考えだ。舞台横の芝で観戦するのも良いが、どうも観客の男達の視線が気になってしまい、結局控え室で試合が始めるのを待っていたからってのもある。おかげで他の試合は全く観戦できなかった。それにしても涼しいね、ここ。
「ある程度予想はしていたけど、まさか全員が試合開始と同時に相手をノックアウトするとはねー。友達としては鼻が高いけど、ギルド職員としては末恐ろしいよ」
アンジェの言う通り、俺やセラと同様にリオンとダハクも一瞬で勝利を収めることに成功している。それでいて揃いも揃って同じ黒衣を装備しているものだから、ロノウェには散々ネタにされてしまった。ちなみに武器の方はリオンが双剣、セラがナックル、ダハクが大槌を選択している。リオンやセラの武器選択は理解できるのだが、ダハクが巨大なハンマーを手にした時は少し驚いたものだ。何でも、建築作業で使い慣れているから、だそうだ。竜が使う武器としてはどうかと思うが、スキルも会得していないのに上手く扱っていたのだから文句は言えない。まあ相手がどれも虎狼流と似たような、もしくはそれ以下の実力だったから瞬殺は当然の話ではあるのだが。
「大した相手とは当たらなかったからな。2回戦はもう少し期待したいよ」
「虎狼流もガウン有数の剣術道場なんだけどねぇ……」
「それよりもお兄ちゃん。お願いされてた目星をお爺ちゃんと付けたんだけど、聞きたい?」
「お、その表情は自信ありと見た」
「うむ、シュトラの知識による解説とワシの眼があれば見破れぬ者などないわい。各ブロックの強者をしっかり見つけておいたぞ」
試合前にシュトラとジェラールには、この場所で大会参加者を観察してもらうようお願いしていた。今となってはこの判断は大正解だったな。この人選の理由? ロザリアやフーバーはシュトラの護衛として周囲の警戒に集中しているし、メルフィーナは食べることで関心がそちらに向かってしまい、試合を見逃すかもしれないだろ。エフィルも適任ではあるのだが、ジェラールほど生身の接近戦に詳しい訳ではない。それにジェラールは孫が関われば実力以上の力を発揮するからな。もう気合の入れ様が違うのだ。
「まずはAブロックね。お兄ちゃん以外だと、開始と同時に試合を終わらせたのは2人だけだったよ」
「1人目はジェレオル・ガウン。リュカとガウン兵の戦いにて審判をした者じゃな。なかなか良い拳士じゃったぞ。で、2人目じゃが、ううむ……」
ジェラールがなぜか言いよどむ。どうしたんだ?
「お爺ちゃんが言わないなら私が言うね。2人目はグロスティーナ・ブルジョワーナ。西大陸の貴族であり、『桃鬼』ゴルディアーナ・プリティアーナの同門、弟弟子に当たるわ」
「う、うむ…… アレじゃ、アレ。獣王祭が始まる前に会った……」
「ああ、あの伊達男か」
それは楽しみ、ではあるが男として少し怖い気持ちもある。
「ああ、くそっ! 兄貴のブロックだったかぁ……! 兄貴、メッタメタにしてやってくだせぇ!」
「ダハク、悪いな。まあトーナメントでお互い勝ち進んだらな」
「お兄ちゃんが言っていた基準だとそれ以外に目星い人はいなかったかなー。ね、リュカちゃん」
「うん! 2人とも私より強かったよ!」
ちなみにシュトラとジェラールに伝えている基準は『リュカよりも強い者』である。
「次、リオンちゃんがいるBブロック! 特筆して強かったのはやっぱり獣王レオンハルト・ガウンだったかな」
「うむ。女子の姿をしていたのは謎じゃったが……」
「ああ、やはりあの姿のまま戦うのね」
獣王祭開催の挨拶をはじめにしていたが、その時は見知らぬ女性だったな。隣にいたジェレオルが微妙な表情をしていたから、何となく予想は付くけど。
「後は王子のユージールとサバトくらいなものかの」
「リュカちゃんと同じくらいの人もいたけど、殆ど無名の剣士だったわ。気にするなら2回戦でリオンちゃんと当たるサバトかな?」
「おっ、次はサバトか。リオン、あいつは頑丈だからゴンザレスさんより強めにやっていいぞ」
「うん、分かった!」
ゴンザレスさんはゴンザレスさんで剣の風圧で吹っ飛んだけどな。
「……で、Cブロックなんじゃが、思わぬダークホースがいての」
「ダークホース?」
「逆に言えばその者くらいしかいなかったのじゃが、油断できぬ相手じゃぞ、セラ」
「そんなに?」
「背丈がリオンほどの可愛らしい赤髪の少女なんじゃが、王やリオンらと同様に一瞬の決着じゃった。もしかすれば、獣王やゴルディアーナ殿に匹敵するやも知れぬ」
「私も全然知らなくてノーマークだったの。あれ程の実力者なら有名にならない筈ないのに……」
ジェラールが警戒し、シュトラを以ってしても詳細不明の少女、か。一体何者なんだ?
「あ、その子なら僕会ったことあるかも!」
「えっ、どこでだ?」
「えっとね、ガウンに来た初日の夜、だったかな。ハクちゃん、宿の前でぶつかった女の子のこと、覚えてる?」
「俺がッスか? ……ああっ! あの小生意気な餓鬼か!」
「何したんだよ、お前……」
リオンの説明を聞くに、俺が酔っ払ったセラに絡まれていた間にその赤髪の少女とダハクがひと悶着あったらしい。そして全面的にダハクが悪いので叱っておく。
「す、すんません兄貴! 兄貴の看板に泥を塗る様な真似をっ!」
「いいから土下座は止めろって。どこで覚えてきたんだ…… それにしても、リオンから見ても相当な強さってことは、その子本物だな」
「何と言うか、空気がピリピリしてたんだよね。ハクちゃん、あのままだと負けてたかもよ?」
「ええっ!?」
ダハクがガバリと顔を上げる。リオンがいたから穏便に済んだものの、ダハクの喧嘩っぱやさは考え物だな。一体誰に似たんだか。
「ふーん。いいわね、楽しみじゃない! それで、その子の名前は?」
「試合前のアナウンスでは確か、バールって呼ばれていたかな。女の子の名前としては珍しいね」
「ねー」
仲良く相槌を打つリュカとシュトラにジェラールはメロメロである。しかし、これは警戒する相手が増えてしまったな。その子とセラが当たるとすればCブロックの決勝、これは荒れそうである。
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