第206話 底力

 ―――獣王祭。それは真の強者の為の大会であり、戦士にとって夢の祭典である。総勢64名から成る出場者はその誰もが何らかの達人・エキスパートであり、世間で言う怪物に属する者達だ。1回戦を勝ち上がるだけでも、その功績だけでどのような国であろうとその力を必要と欲するだろう。だがその怪物が更に半分に絞られるとなれば、勝ち進んだ猛者達には更なる壁が立ちはだかる。獣王祭2回戦は通称『壁』と呼ばれ、この試練を打ち破らねば獣王には到底敵わないとされているのだ。『壁』を越える資格を持つことができるのは16名まで。それ程までに難関なのである。が、どこの世界にも例外はいる訳で―――



 ―――ガウン・総合闘技場試合舞台


 ケルヴィンが臨む2回戦の相手は弓の名手である放浪のエルフ、ディッシュ。初戦では持ち前の機動力と熟練の弓術を活かし相手を翻弄した技巧派の達人だ。獣王祭に参加する力を十分に有した歴戦の勇士と言えるだろう。


「ほっ」

「グアハッ……!」


 だが、自慢の機動力も相手がより速ければ意味を成さず、矢を射る暇もなければ攻撃のしようもない。一言で言い換えれば、相手が悪過ぎた。


「Aブロック2回戦第2試合! またまた瞬殺っ! 『死神』、ケルヴィン選手の勝利ぃー!」


 ロノウェの勝者宣言により会場から声が溢れる。現在舞台の上空ではキルトが開発したマジックアイテムが起動し、先ほどのケルヴィンとディッシュの戦いがスローモーションで映し出されている。キルトが自分では解説できないだろうな、と判断した試合は予めこのマジックアイテムが準備されていて、試合後直ぐに映し出されるよう手配していたのだ。これはキルトが獣王を恐れるあまりに行った処置であったが、観客にとっては言葉で説明されるよりも映像を見る方が理解しやすかったので、案外好評だった。


「試合開始と同時にディッシュ選手が高速でバックステップし、ケルヴィン選手から離れようとしています」

「この無理な体勢で弓を構え終わっているバランス感覚は素晴らしいですね。 ……ですが、それよりも速くケルヴィン選手に距離を詰められ、剣の柄頭で腹部を強打。最早彼が召喚士だと言っても、誰も信じないのではないでしょうか」

「いやー、S級冒険者はやはり基本性能がおかしいですね。ケルヴィン選手、未だ得物である剣を剣らしく使ってもいません! 3回戦に期待しましょう! それでは続きまして、Aブロック2回戦第3試合―――」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 続いての試合はBブロックのリオン対サバト。アナウンスで舞台へと呼ばれた2人は同時に会場へ到着し、試合が開始されるまで時間を持て余していた。顔見知りとの試合になってしまった形ではあるが、サバトにとってはまさしく獣王祭の『壁』に直面してしまったと言えよう。


「……うん?」

「おう、リオン。空を見上げてどうしたんだ?」

「んー、何か物凄く失礼なことを言われた気がして」

「何だそりゃ?」

「僕にもよく分からないよ……」

「そ、そうか……」


 2人の間に微妙な空気が流れる。


「……ま、何だ。大会後の命名式に出られるかって名目ではあるんだが、そんな小せえことは気にせず俺と戦ってほしい。でなきゃ意味がねえからな!」

「全力で?」

「ああ、全力だ! 胸を借りるぜ!」

「ふふっ、サバトさんってケルにいと似ているね」

「あ? どこがだ? ケルヴィンは体が細いし俺みたいに毛深くねぇだろ?」

「ううん、見た目的な意味じゃなくて…… うん、それじゃあお言葉に甘えて、思いっきりやらせてもらうね!」


 リオンとサバトは開始位置へと移動し、互いに剣を抜く。解説席ではマジックアイテムの調整を行っているキルトとロノウェもその様子に気付いたようだ。


「あ、ちょ、ちょっと待ってください! まだ映像機器への魔力供給が終わってな―――」

「おおっと、両者戦意十分! 戦闘体勢も整ったようです! これは今が試合開始のベストタイミングでしょう! それでは早速、試合――― 開始っ!」


 キルトの制止を振りきり、今が旬だとばかりに試合開始のゴングを鳴らすロノウェ。斯くして友人同士の戦いは幕を開ける。


(―――っ! 右かっ!)


 バチバチと雷鼓を鳴らし、稲妻のように視界から消え去ったリオンの残像の一片を、サバトは獣の勘と全開にした察知能力を頼りに見つけ出すことに成功した。サバトが持参したレザーブレスレットは獣人にのみ効果を及ぼし、獣としての感覚機能をより鋭利にする効力があるのだ。


「そこだっ!」


 剣と剣が交じり合い、鋭い金属音が鳴る。サバトが繰り出した一撃には確かな感触があった。だが、そこにリオンの姿は―――


(いない、だとっ!?)


 漆黒を纏った可憐な少女はそこにはおらず、サバトの剣は何もない空間に遮られていた。しかし目に見えずとも、感覚がシャープな状態となっているサバトは本能的に感じ取ってしまう。自らが握るこの剣の先にも、それどころかこの舞台上一帯に、本能が危険だ、逃げろ! と告げる元凶が散らばっている事実を。


「―――斬牢ざんろう


 リオンが再び姿を現したのはサバトの上空、試合会場に施された結界スレスレの位置。しかしサバトが真に気に掛けなければならないのは、停止した斬撃が幾重にも張り巡らされたこの空間である。サバトは視認できないが、前後左右上面と余すことなく『斬撃痕』が残されたこの空間は、さながら斬撃の牢獄と化していたのだ。


「閉鎖」


 そして今、停止した斬撃が始動する。停止した太刀筋はただの斬撃などではなく、その全てがジェラール仕込みの空顎アギトであった。つまりそれは、舞台と取巻く一切合財のその全てがサバトに向かって牙を剥くことを意味する。


「……クク、クアーハッハ! いいぜ、受けてやる! ったくよぉ、獣王への道は険しいぜ!」


 全面から襲い掛かる刃の嵐。サバトは笑みを浮かべ、暴風雨の中へと突っ込んで行った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――ガウン・総合闘技場客席


「予想通り、リオンの勝利か」


 リオンの勝利を告げるアナウンスが個室に流れるのを耳にし、俺は舞台上へ目を移す。リオンが満面の笑みでこちらに手を振っているのが、その横ではサバトが血塗れで倒れていた。


「やっぱリオンは優しいな」

「そうですね。モグ…… 仕掛けた『斬撃痕』による空顎アギトもかなり浅目にしていたようですし。ングング……」

「そこがリオンの良い所でもあるんだけどな。メル、その皿の料理少し貰っていいか」

「はい、どうぞ。これなんか美味しいですよ」

「おお、確かに」


 メルフィーナが寄越したフォークに刺さった料理を口にする。しかしいくら手加減していたとは言え、リオンの斬牢を3回まで避け切ったサバトの底力は賞賛に値するものだろう。あれ、目に見えないし剣の種類によっては特性をそのまま引き継いだ斬撃になるから厄介なんだよな。


「キルト様、サバト選手が行き成り大量出血しましたが、これは一体……?」

「分かりません。と言うか、リオン選手が速過ぎて目で追うこともできません。なぜあんな高い場所にいたんでしょうか……?」

「まあ、いつものことですね。では、キルト様開発のマジックアイテムで再生を―――」

「だ・か・らっ! 魔力供給中だと言ったでしょ! 今の試合は起動していませんでしたので、再生は無理です!」

「な、なんですとっ!」


 闘技場は観客のブーイングで包まれる。さて、次はセラのいるCブロックの2回戦か。噂の赤毛の少女とやらのお手並み拝見といこうか。

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