第203話 初戦の相手

 ―――ガウン・総合闘技場控え室


 舞台上でロノウェがトーナメントの組み合わせをアナウンスしていく。拡声器を使っているようで、この控え室にまで声が聞こえてきた。どうやらブロック順に公表していくようだ。仲間内で最も順番が早いのはAブロックの俺か。


「Aブロック第4試合! 虎狼流剣術師範ロウマ選手対、S級冒険者『死神』ケルヴィン選手!」


 ……誰? 謎の流派が1回戦の相手のようだ。


「虎狼流って何スかね?」

「さあ? でも剣術って名乗ってるから剣士が相手じゃないの?」

「シュトラちゃんなら知ってたかもしれないんだけどねー。あ、そうだ。ジェラじいならシュトラちゃんの近くに居るだろうし、ちょっと念話で聞いてみるよ」

「そうだな。リオン、頼んだ」


 10秒程するとリオンが「うんうん」と小さく頷く。もう返答が返ってきたのか。流石はジェラール、孫にはいつも全力である。


「分かったよ。ジェラじい達も丁度この話をしていたみたい。虎狼流って言うのはトラージで剣術の修行をした獣人が興した剣の流派なんだって。で、ロウマって人は流派の次期当主に推選されている剣術の達人らしいよ」

「剣術の達人か……」


 うーん、実力は如何ほどだろうか。達人レベルだと期待していいのか微妙なところだ。まあいい、油断せず行こう。続くAブロックの発表を流して聞いていくが、知っている名前はジェレオルくらいなものであった。あ、そう言えばプリティアと一緒にいた伊達男の名前聞いていなかったな。ジェラールに急かされて紹介される前に闘技場に入っちゃったし。


「Bブロック第1試合! B級冒険者ゴンザレス選手対、ケルヴィン一派『黒流星』リオン選手!」


 Bブロックは初戦からリオンの試合か。ただ、相手が残念かな……


「あー…… お嬢、まだ1回戦です。消化試合だと思って頑張りましょうや」

「ハクちゃん、そんな態度で試合に臨んじゃ相手に失礼だよ! ケルにいも言ってたじゃない、どんな相手でも油断するなって。僕は全力で戦うよ!」


 リオン、いくら何でも相手の実力を測らずに全力で戦ったらあかん。ゴンザレスさんが消し飛ぶ。罰金もやってくる。


「ふふん、リオンは分かっているわね! でも相手の力を見極めたらちゃんと手加減するのよ。この私のようにね!」

「……セラさんや。言っていることは正しいが、旅行初日の夜に俺は誰にボロボロにされたんだったかな?」

「え、初日の夜? ……何かあったかしら? なぜかあの夜は記憶が朧気なのよね」


 うん、期待はしていなかった。セラは酔って暴れた次の日にはいつも記憶を綺麗さっぱりなくしている。本人も二日酔いで苦しんでいるので俺も責めるに責めれないのだ。そんなことをしている内にBブロックの組み合わせ発表は最後の組に至っていた。


「Bブロックには獣王レオンハルトにその息子ユージール、あと知っているのはサバトか。やたらとガウンの王族が集まったな」

「順調に勝ち進めば獣王さんとバトルかー。よし! ケルにい、僕頑張るね!」

「ああ、決勝トーナメントで会おう。っと、次はセラの居るCブロックだな」


 セラの番号は確か『C-1』。直ぐに呼ばれるだろう。


「Cブロック第1試合! ケルヴィン一派『女帝』セラ選手対、ガウン国百人隊長グイン選手!」


 グイン? グインって、サバトのパーティにいたあのグインか?


「セラ姐さんの相手はグインッスか」

「あいつかー。一応A級冒険者なのよね? トライセンに攻め込んだ時にもいたけど、逃げ回ってるイメージしかないわ…… 本当に強いのかしら?」

「百人隊長なら城でリュカと戦ったあの兵士達と同等くらいになるんじゃないか? 俺もグインの戦いをよく見たことがないから何とも言えないが」

「んー…… よく分からないわね。ま、サバトと同じパーティならサバトくらい頑丈でしょ! なら適当でも死にはしないわ!」


 おい、相手の力を見極める話はどうした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――ガウン・総合闘技場控え室


 ケルヴィンらが控え室で獣王祭の組み合わせを聞き入る一方で、別の控え室ではサバトらのパーティが集まっていた。サバト、ゴマ、アッガス、グイン――― 目的はケルヴィン達と同じ互いのクジ運による組み合わせの確認である。が、床に手を付き深く項垂れる者がここに1人居た。


「俺、終わった…… よりによって1回戦の相手が、ケルヴィンさんとこのあのセラさんッスか……」

「ハッハッハ! 何言ってやがんだ、俺なんて親父と同じブロックだぜ? あんな綺麗どころの美人と戦えるだけマシじゃねぇか! このっ、この!」


 サバトはそんな悩みなど大したものではないと一笑に付しながらバンバンとグインの背中を叩く。


「痛い、痛いッスよサバト様!」

「それにしても珍しいものね。いつものグインならサバトが言う通り両手を挙げて喜ぶと思っていたのに。セラさん、凄く綺麗な人よ? 一体どうしたのよ、病気?」

「グインよ、体調が悪いのなら早く言え。こんなお前でもガウンを代表して出場する1人だ。無様な戦いは許されないぞ」


 ボロクソである。


「ゴマ様もアッガスの旦那も酷いッス! そりゃ、俺だって喜びたい気持ちはあるッスよ! 運が良ければあの豊満なお胸にタッチすることができるかもしれないんスから! 『女帝』って二つ名も少し惹かれるものが―――」

「お前、最低だな……」

「女の敵ね」


 ボロクソである。


「ハハッ、男らしくて素直じゃねーか!」

「ううっ、サバト様だけが俺の味方ッス……! って、そうじゃない。俺が言いたいのは違うところ! 考えても見てくださいよ。セラさんは朱の大渓谷で竜の軍勢を赤子の手を捻るように薙ぎ倒し、魔王が住まうトライセン城に単身で突入、そしてそのまま中枢部を制圧してしまった実力者なんスよ! 俺なんかが戦ったら運が良くてボロ雑巾ッスよ!」


 グインの必死の釈明に同調できるところもあるにはあるのだが、前置が前置だけにゴマとアッガスに可哀想などと哀れむ気持ちは全くなく、非常に視線が冷たい。寧ろ、一度痛い目を見た方がいいとさえ思っている。各国を渡り歩き冒険者として武者修行していた頃、彼女らはグインが引き起こす下心丸出しな問題に手を焼いていたのだ。デラミスの勇者である刀哉が無意識の内にトラブルを引き起こすとすれば、グインは自発的にトラブルを引き起こしていたと言える。


「ボロ雑巾ねぇ。だがよ、お前の素早さなら、そうなる前にワンチャンあるんじゃねぇか? 一揉みくらい」


 ―――ピクッ。


「サバト、アンタなんてこと言ってるのよ!」

「ふむ、確かにグインが初動から最速で動けば一触りはいけるかもな。何よりも不可抗力だ」


 ―――ピクピクッ!


「ア、アッガスまで!?」


 ゴマが震えながら拳を構え始める。


「馬鹿、こうでもしねぇとグインは本気出さねぇよ。これくらい焚き付ける位がこいつは丁度良いんだ」

「少々下劣ですがグインには効果的な手ですな。ほら、奴を御覧になってください」

「うおおぉぉー! やったるッスよー! 目指せ、桃源郷!」


 グインの瞳には希望が満ちていた。歪んではいるが、希望は希望である。男とはこういった類の希望を心に見出した時、思いもよらぬ力を発揮するものなのだ。何とも哀しい男の性である。


「ああなったグインは手強いですぞ」

「……ハア、ケルヴィンさんに殺されても知らないわよ。もういいわ、私は自分の試合に集中するから。ええっと、組み合わせの発表は?」


 ゴマは猫耳を立て、アナウンスの声を聞き取る作業に専念することにした。が―――


「―――以上で組み合わせの発表を終わります! 早速ですが順次試合を開始したいと思いますので、Aブロックの選手は次の場所に―――」

「おっと、終わっちまったみたいだな」

「……聞き逃しちゃったじゃない」


 立てた猫耳が垂れ、床に崩れるゴマの姿は奇しくもグインと似通ったものであった。


「ゴマ様、ご安心を。念の為、組み合わせは全て私がメモしていましたから。ゴマ様はDブロックのようですな」

「アッガス、ありがとう……!」


 アッガスが差し出した紙にはDブロック出場者の名前が書かれていた。案外、几帳面な性格のようである。アッガスの気遣いに感服するのも良いが、やたらと達筆な字で記されているメモの中に、ゴマ、アッガス、ダハク、そしてゴルディアーナの名前が含まれていることに、ゴマはまだ気付いていない。

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