第202話 トーナメント

 ―――ガウン・総合闘技場


「ふむ…… 毎年の事ではあるが、今年もなかなかの兵共が集まったな」

「そりゃ父上が率先して呼び寄せたからな。本当ならケルヴィン達に参加権利はなかったんだぜ?」


 王族専用の特別席より闘技場に集まる獣王祭参加者を見渡す獣王レオンハルト・ガウン。獣王はその様相に満足気にしているが、横に立つ千人隊長ジェレオル・ガウンは相対するように溜息を漏らした。立場上、兄弟の中でも獣王と行動を共にすることが多い分、ジェレオルの苦労は絶えないようである。ちなみに今日の獣王はジェレオルの妻であるリサの姿であった。


「ワシが権利を与えんでも、あ奴らならば少し調べて勝手に手に入れていただろうさ。何せ、獣王祭の出場権利は奪うことができるのだからな」

「暗黙の了解ではあるんだけどな」


 獣王祭に出場する方法は2つある。昨年の獣王祭でベスト8内に入賞する、もしくは予選となる大会を勝ち抜く、である。大会を主催するガウンの軍隊からの出場枠もあるにはあるが、本来は部外者であるケルヴィンのような参加の仕方は異例と言えるだろう。


 権利を認められた者には参加する際に出場権利の有無を確認する為のチケットが渡される。仮にこのチケットを紛失してしまったら、例え予選を勝ち抜いた本人だと分かっていたとしても出場は認められない。逆に、このチケットさえ所有していれば誰であろうと獣王祭に参加できるのがこの大会の怖いところである。それ程までにチケットの管理、死守は重要となるのだ。例年、参加をする為に強奪しようとする者が後を絶たないが、大半は返り討ちとなって警邏兵に連行されるのが常だ。力を信条とするガウンは公表こそはしないにしろ、むしろこの動きを推奨している。


「まあケルヴィンらが自主的に動くとなれば、下手をすれば全員分のチケットを掻き集めそうだったからな。最低限の国の面子が高々4つの出場枠で護られたのだ。安いものよ」

「算盤はじきながらそんな上っ面な理由聞かされても説得力ねぇよ……」


 ジェレオルは非難するような視線を獣王に浴びせるが、関係ないとばかりに獣王は手を止めない。ジェレオルもやる前から分かっていたことだが、全く堪えていないようである。


「それにしても大分入れ代わっているではないか。クックック、これは予想外のダークホースも期待できるのではないか?」

「何を期待してんだよ。何を。ったく…… だが、今年は確かに見ない顔もちらほら見えるな」


 ジェレオルとしては国の面子もそうだが、名の継承の晴れ舞台となるかもしれない弟妹達のことを第一に心配していた。今回の獣王祭は自身でさえも気を引き締め直す必要があるだろう。そんな化物が犇めき合い、死の危険もある魔の領域にて実力を発揮することができるのか――― 彼もなかなか世話焼きなのである。


「……今更なんだが、何で今日はリサの格好なんだ?」

「サービスに決まっておるだろ。ほれ、昂るであろう? 何なら触っても良いぞ?」

「………」


 余談ではあるが、ジェレオルは現在絶賛夫婦喧嘩中である。今朝は妻の見送りもなかったと言う。



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 ―――ガウン・総合闘技場控え室


「で、クジ引きの結果はどうだった?」


 受付に4人分のチケットを手渡し出場を確定させ、早々にトーナメントの組み合わせを決めるクジを引き終えた俺たちは、闘技場の出場者控え室にいた。最大クラスの大会である為か控え室も全員個室。今は俺にあてられた部屋に集合し、クジの結果を確認しているところだ。


「えーと、僕のには『B-2』って書いてあるよ」

「俺のは『D-14』ッス」

「私は『C-1』ね!」

「俺は、っと――― 『A-8』、か。見事にブロックが別々になったな」

「うん、僕らが戦うとしたら準決勝以降になるね。初戦で潰し合いとかなくて良かったよ」


 獣王祭は64名の出場者から成るトーナメント方式で行われる。参加者はA、B、C、Dの4つのブロック毎に分けられ、各ブロックの勝者4名が決勝トーナメントへ駒を進めることができるのだ。この割り振りであれば途中で仲間とぶつかることもなく、上手くいけば俺たち全員が決勝まで残る可能性もある。このクジ引き、セラの幸運がまた一働きしてくれた気がするな。


「お嬢、油断はできねぇッスよ。プリティアちゃんやあのハゲがどこかに入ってくるんだ」

「ダハクの言う通りだ。他にも獣王やガウンを統括する軍の奴らもいる。名が知れ渡っていなくとも強い奴は強いんだ。誰であろうと油断はするなよ」

「ケルヴィン、口元が笑っているわよ?」

「……だって楽しみじゃん」


 こればかりは抑えられない衝動なの。でも我慢はできるだけしている。


「ケルヴィンの兄貴なら大丈夫ッスよ。ま、ここ数日襲ってきた奴らみたいなのばかりなら、試合も一層楽なんだけどな」

「あー、あれ結局何だったんだろうね? 街中で不意打ちして来たけど、盗賊には見えなかったし……」

「ガウンの兵達も叩きのめすまで様子を窺うだけで動かなかったしね。何、あれもイベントの一種なの?」

「さあなー。期間中も鍛錬は怠るなって言う、獣王からの厚意だったのかもな!」


 獣王、あれでいて気遣いのできる王だったのかもしれない。人は見かけによらないものである。いや、見かけも謎ではあるが。


「あはは、観光している間はあれ位しかまともに運動しなかったからね。ちょっと体重を量るのが怖いよ」

「俺もメルに釣られて最近食い過ぎなんだよなー」

「肉ばっかり食ってるからッスよ」

「私も最近ちょっと胸元が苦しいのよね」

「セラねえ、多分それは違う……」


 リオンはセラと自分の胸を交互に見て、そのまま胸に手を当てながら俯いてしまった。セラ、未だに成長期。



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 ―――ガウン・総合闘技場客席


 歓声が沸き続ける闘技場の客席は満席であった。前座であるエキシビジョンマッチの最後の試合が終わり、いよいよ獣王祭も開催間近。熱気に包まれた闘技場は今、最高潮に達していた。


「メル様、緑茶のおかわりはいかがですか?」

「流石はエフィルですね。丁度喉が渇いていました。頂きますね」

「エフィルよ、ワシにも貰えるかの?」

「エフィルちゃん、こんなところでも気遣いに隙がないよねー。ところで私も貰っていい?」


 ―――のだが、ジェラールやメルフィーナ、エフィルをはじめとするメイド達+アンジェは悠々とした個室の部屋にいた。アレックスも安心して寝転べる広さである。この個室は出場者の関係者と言うことで、ガウン側がVIP席を提供してくれたのだ。本来は冷房などの機能までは備わっていないのだが、メルフィーナの青魔法により快適な温度に調整され、更には専任の料理人まで数人付けられている。今もウェイターが調理場より料理を運んできたところだ。


「お待たせ致しました……」


 テーブルに置かれる豪華な料理の数々。エフィルの料理に数段劣るとは言え、その味は最高級のものばかり。お姫様であるシュトラも納得の出来なのだ。


「ウェイターさん、追加注文です。メニューのここからここまで、全て3皿ずつ注文をお願いします。後、外の屋台からお勧めの物を適当に見繕って頂けますか? 10品くらい」

「は、はい。少々お待ちを……」


 もっとも、料理人を付けてまで個室を提供したのはメルフィーナによって闘技場の出店を食い潰されないようにする為の、獣王の防衛策だったのかもしれないが…… そう、代わりの受け皿となった料理人達にとっても、この日は熾烈な戦いの日となるのである。


「あっ、トーナメントの組み合わせが発表されるみたいよ」


 シュトラの声に一同は話を止め、闘技場の舞台に視線を向ける。この時ばかりはメルフィーナも箸を止め、舞台上へと登ってきた司会役のロノウェに注目するのであった。


「大変長らくお待たせ致しました! これより、トーナメント表を発表致します!」

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