第201話 開催直前
―――ガウン・総合闘技場
「さあさあ、遂にこの日がやって参りました! 国中の獣の血が騒ぎ出す、ガウン総合闘技場最大クラスのトーナメント! 獣・王・祭! いよいよ開幕だぁ!」
「「「うおおおおっ!」」」
闘技場客席から轟く歓声。外に設置されたフードコートにいる俺たちの耳にもその喧騒は聞こえて来る。この聞き覚えのある声はシルヴィアとの模擬試合を実況していたロノウェのものだろうか。観客の興奮を掻き立てるのもアナウンサーとして立派な仕事だとは思うのだが、俺の心にはひとつの疑問が浮かび上がっていた。
「……まだ、獣王祭の開催まで1時間以上あるよな? 観客もあの実況も気が早過ぎないか?」
「メインイベントの獣王祭の前座として、これからエキシビジョンマッチをやるみたいだよ。惜しくも獣王祭への出場を逃した戦士達の共演、だって。ケルヴィンも興味があるなら見に行く?」
アンジェがどこからか購入してきた獣王祭ガイドに目を通しながら教えてくれた。
「んー、別にいいかな」
「そう?」
出場を逃したってことは、先日リュカに敗れたガウンの兵士達と似たような実力なんだろうし。わざわざ見に行くほどのものでもないだろう。
ガウンを訪れて数日、俺たちはここでの観光を存分に満喫した。楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎ去ってしまうもので、気がつけば今日は獣王祭の当日である。土産など嵩張る物はクロトの保管へ入れてるので相変わらず荷物はないんだけどな。
「それよりここのところずっと遊んでばかりだったから、体が鈍ってないか心配だよ」
「あはは、他の出場者の人は皆万全の状態で来てる筈だよ。お姉さんもちょっと心配だなー。折角だし、獣王祭について最終確認しておく?」
「時間もあるし丁度いいか。じゃ、まずはうちのパーティから獣王祭に出場する面子なんだけど―――」
フードコートで売っていたフランクフルトっぽい肉を口にしながら、3人に視線を向けてやる。すると3人は直ぐに気付いたようで、その場で立ち上がり―――
「僕とっ!」
「私とっ!」
「俺ッス!」
―――なぜかその場で謎のポーズを取った。セラやリオンは興奮で眠れないと遠足前の小学生のようなことを前夜に言っていたが、回りまわって何なんだその妙なテンションは。それにリオンよ、頬に食べかすが付いてるぞ。ジェラールに変な事をされる前にこっちに来なさい。
「色々と話し合った結果、俺とセラにリオン、最後にダハクが出場することになった」
「へー、エフィルちゃんは出なさそうだなーって思ってたけど、ジェラールさんやメルさんも出ないんだね?」
「ワシはリュカやシュトラと一緒にいる時間が大事なんでな。リオンの応援にも熱を入れたい。じゃから今回はパスじゃ」
いや、それ以前に獣王祭のルール的にジェラールは出れないんだけどね。固有スキル『自己超越』で装備した武具が変化してしまうし、この大会に兜などの素顔を隠すような代物はないのだ。ジェラールが志す謎の騎士道精神はそれを許さないだろう。
「私も客席で食べ物片手に応援している方が性に合っていますので。まだまだ食べ足りない料理も沢山あることですし」
こいつはこいつで後何店舗の在庫を食い尽くすつもりだろうか。
「ご主人様、獣王祭のルールはこちらに」
「あっ、エフィルちゃん! それ、私の仕事っ……!」
アンジェが半泣きする横で、エフィルより闘技場の受付で配られているパンフレットを受け取る。獣王祭試合時のルールを簡単に纏めるとこうだ。
①試合に用いる装備は予め闘技場が用意した物から選択する。但し、アクセサリー等の装飾品は1つだけ持ち込み可能。それ以外のアイテムの使用は禁止である。
②試合時は魔法の使用が禁止される。但し、固有スキルの使用は可能である。魔法か固有スキルかの判別は舞台を覆う結界が行い、結界内で魔法を使用した場合は結界が赤く染まる。
③試合会場である闘技場の舞台周囲には観客を護る為の結界が施されているが、それに関わらず観客に危害が加わるような行為を反則とする。場合によっては罪となり、刑罰を科すこともある。
④対戦相手が戦闘不能、もしくは降参の意思を示すことで勝利とする。戦闘不能は生死を問わないが、もし相手を死亡させた場合は罰金が科せられる。
⑤試合は出場権を勝ち取った総勢64名のトーナメント形式で行われ、組み合わせは当日のクジ引きで決定される。
「注意すべきは①と②だな」
「私としては①のルールがあったからこそ出場できるんだけどねー。髪留め的に」
今回セラが出場できたのは、装飾品を1つだけ持ち込むことができると言うルールがあった為だ。これにより角や翼を隠すことが可能となった。しかし、これは条件として不利になる可能性もある。俺やリオンにダハクもそうだが、他の参加者が試合を有利に進める為の装備にしてくるのは目に見えているからだ。例えば俺が持つメルフィーナ印の女神の指輪。1対1での戦闘において、状態異常耐性があるとないとでは雲泥の差となる。この時点でセラは皆に一歩先を行かれてしまうのだ。
「あれっ? セラさんの髪留めって何か特別な効果があるの?」
「う、ううん! 想い入れのある品だから、外したくないのよ! 絶対に!」
「昔、俺がセラにプレゼントしたものなんだ。な?」
「え、ええ! 実はそうだったりするわ!」
「へえ、そうなんだ…… ふーん……」
やや焦ったようにセラがアンジェに取り繕う。言っていること自体は嘘ではないので、アンジェもそれ以上追及してくることはなかった。
『セラ、アンジェがいる前で迂闊なことを言うなって。一応種族のことは隠しているんだから』
『ううっ、ごめんなさい……』
『まあ、誤魔化せたから良し』
興味をなくしたのか、アンジェはどこか上の空だし。
「まあ、持ち込む装飾品については各自の判断に任せるよ。好きな物を使ってくれ。で、②についてなんだが、魔法の使用は禁止だ。
「うん!
勘の良い奴なら気付くことではあるが、②のルールには落とし穴がある。試合時は魔法の使用禁止――― 試合中は使ってはならないが、逆に言えばそれ以外は使って良いのだ。試合開始直前に魔法で身体能力を強化してしまう、なんてことも許されてしまう。獣王祭、肉弾戦系の大会と思わせておきながら、なかなかに狡猾な大会である。
「あらん!? どこかで見たイケメンかと思ったらぁ、ケルヴィンちゃんじゃない! それにぃ、ジェラールのおじ様もぉ!」
「ええっ!? お姉様一押しの紳士達っ!? どこっ、どこぉ!?」
ジェラールがビクリと過剰なまでに反応する。この背後より聞こえる濃ゆい声はあれだ、十中八九あの人しかいない。しかし気のせいだろうか? 声が重なっていたような……
「プリティアちゃん、久しぶりだな―――」
「う、うむ。相変わらず元気そうじゃ―――」
俺たちは振り返る。振り返ってしまった。
「「はぁい♪」」
そこにいたのはピンクドレスを着こなすプリティアちゃんと、ハゲ頭ではあるが英国紳士風の伊達男。こちらもプリティアちゃん程ではないにしろ、ガッチリとした筋肉で衣服を膨らませている。外見だけであればプリティアちゃんより数倍マシ…… ではあるが、口調が完全にそっち系。そしてなぜに2人で手を合わせてハートを作っている。あれか、ジェラールへのアタックのつもりか。別に意思疎通はしていないが、今ばかりは俺とジェラールの気持ちは同じな気がしてならない。
(何か増えてる……)
(何か増えとる……)
これが今大会で獣王に並ぶであろう強敵なんだもんなぁ……
「あの糞ったれなハンサム、一体何者なんだ……!? プリティアちゃんとべったりじゃねーか……!」
ダハクはダハクで別の意味でショックを受けている。
「ロザリアー、手をどかしてよー。何も見えないー」
「見てはなりません。純粋無垢なシュトラ様には早過ぎます」
何気にロザリアがグッジョブな働きをしていたのを評価したい。
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