第199話 二つ名

 ―――ガウン・とある飲食店


 気を取り直して名鑑を開き、俺たちが記載されているページを探す。目次が見当たらないが、かなり薄手の本だから適当にめくっていればそのうち見つかるだろう。文字ばかりではなく、時々簡単な挿絵も掲載されているな。やけに絵柄が可愛いのがちょっと気になる。


「あっ、これってシルヴィーじゃないかな? おっきく『氷姫』って書いてるし」

「本当ですね。あら? 他の方々に比べてスペースが広い気がします」


 む、確かに。エフィルが指摘する通り、A級冒険者のパーティがページの半分程度の紹介文なのに対し、シルヴィア達のは見開き全てを使った豪華な仕様となっている。中央のデフォルメ化された2頭身のシルヴィアっぽい絵がとても可愛らしい。これ、本当にギルド公認の本なんだろうか……



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S級冒険者 『氷姫』のシルヴィア 危険度[D]


~主な功績~


・レイガント霊氷山にて突如出現した高ランクモンスターの巣を駆除、周辺の村々を死守。

・トラージ深海にて新ダンジョンを発見、攻略成功。

・第43回東大陸大食い選手権優勝。

・他、S級モンスター討伐多数。


~概要~


 昨年S級冒険者に昇格した若き少女剣士。ガウンにて開催された自らの昇格式に出席せず、これまで公にその姿を現すことのなかった彼女であるが、本年に行われたケルヴィン氏の昇格式にて模擬試合の対戦相手として登場した。同氏との戦いは熾烈を極め、最後にはデラミスの巫女であるコレット・デラミリウス女史の結界を破壊するに至る。相打ちに近い形で惜しくも敗れ去ったシルヴィア氏も、間違いなくS級に相応しい実力があると証明されたことだろう。危険度はDとS級冒険者としては低く、敵対するような行動を取らない限りは彼女から敵視されることもない。しかしシルヴィア氏は少々天然なところがあり、何でもない発言が勘違いを呼び、とんでもない出来事に発展する可能性が僅かにある、かもしれない。


~二つ名~


 銀髪をなびかせ容姿的にも麗しい彼女はこれ以降人気を高めつつある。彼女の二つ名である『氷姫』は、華麗なる剣術と強力な青魔法を併せて駆使する姿から名付けられたものだ。距離に応じて放たれる攻撃は死角がなく、物理・魔法・防御・判断力と非常にバランスが良い。現S級冒険者の中では最年少でもある為、これからの活躍が大いに期待される。


~パーティメンバー~


A級冒険者 エマ 危険度[E]


 シルヴィア氏と同時期に冒険者となった赤魔導士。冒険者に登録以降、シルヴィア氏と共にパーティを組み行動する。功績からすればS級への昇格試験を受ける資格があるのだが、当人は受ける気がない模様。人前で力を見せることはあまりないが、シルヴィア氏と同等の実力との噂も。


傭兵 『凶獣』のナグア 危険度[A]


 ガウンにてシルヴィア氏に雇われた獣人の傭兵。『凶獣』の二つ名を持つパーティの特攻役である。ガウン国内で無頼漢として、そして凄腕の傭兵として有名であったことから、この二つ名が名付けられる。基本的にシルヴィア氏のパーティで問題を引き起こすのは9割方彼である為、接触を図る際は注意が―――


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 ―――このような内容でシルヴィア達についての説明が続いている。何だろうな。公認された冒険者名鑑なはずなのに、この迸るゴシップ記事臭は…… 大食い選手権優勝って功績に入るの?


「シルヴィアさんはS級冒険者だからねー。名鑑の中でも目玉となる人物の1人だから、そりゃ紹介欄も長くなるよー。あ、ケルヴィンのとこも勿論気合入ってるからね!」

「いや、そこは別に気合入れなくてもいいんだけど……」

「ねえねえ、アンジェ。この危険度ってのは強さのことなの? 犬男が危険度AでシルヴィアがDになってるけど、あいつよりもシルヴィアの方が強い筈よ?」


 セラが名鑑のシルヴィアとナグアの危険度が記された箇所を指差す。俺を含め、一同が「うんうん」と力強く頷く。


「危険度は強さって言うより、その人と争いになる可能性の高さの指標かな。私みたいな一般人からすれば、この名鑑に載るような人達には誰だろうと勝てないからね。対話可能なシルヴィアさんよりも、出会い頭に殴ってくるナグアさんの方が危険って訳」

「あー…… 納得した」


 これ以上ない程分かりやすい例えである。確かにそっちが危険だ。


「ケルにい、僕たちの紹介も早く見ようよー」

「ああ、そうだったな。ええっと―――」

「ここじゃない?」


 横にいたセラが手を伸ばして無造作にページを開く。開いた先の記事は見開き、俺たちが紹介されている箇所であった。


「……ありがとう」


 適当に開いて一発か。この幸運の無駄遣いっぷり、嫌いじゃないぜ。



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S級冒険者 『死神』のケルヴィン・セルシウス 危険度[A]


~主な功績~


・デラミスの勇者と共闘し、盗賊団『黒風』を壊滅。

・ガウン領へ侵攻したトライセンの軍勢を撃退。

・魔王討伐に多大な貢献をもたらす。

・他、S級モンスター討伐多数。


~概要~


 最短期間でS級にまで登り詰めた緑魔導士。ではなく、魔王討伐の際に希少な召喚士であったことが判明。後方支援型の職業でありながら、昇格式の模擬試合では同じS級冒険者のシルヴィア氏を降すと言う大波乱を引き起こした。パーティリーダーのケルヴィン氏自身の実力も然ることながら、真に恐ろしいのはパーティ全員がS級モンスターを単騎で打倒することができる猛者揃いである点だ。各国からすれば喉から手が出る程に欲しい召喚士であることも相まって、ケルヴィン氏には連日のように登用のオファーが届いていると言う。もっとも、他のS級冒険者と同様にその全てが辞退されているようだが。危険度に関してはAと高く、注意すべきである。特にパーティの女性には手を出すべきではない。トライセンの某魔法騎士団将軍が良い例だ。どこに逃げようと、文字通り『死神』となって地獄まで追いかけて来ることだろう。


~二つ名~


 黒ローブを常用し、不敵な笑みを浮かべながら大鎌を振るう様は正に二つ名の『死神』に相応しい。巷では『戦闘狂』、『漁色家』、『戦慄ポエマー』などと言う虚偽の二つ名が一時飛び交うこともあったが、ケルヴィン氏の名誉に懸けてここで否定しておこう。当て嵌まるのは一部分だけである。


~パーティメンバー~


スライム 『常闇』のクロト 危険度[E]


 ケルヴィン氏が召喚術にて使役するスライム。一見どこにでも居るような普通のスライムだが、その外見に惑わされることなかれ。その小さな身体は際限なく膨張し続け、災害と称される古竜をも寄付けぬパーティの古参メンバーなのだ。その身に宿す『常闇』は無尽蔵に万物を喰らう。仮に討伐レベルを設定するならば、間違いなくS級モンスターに分類されるだろう。しかしこちらから害を与えなければ特に危険はない。


騎士 『剣翁』のジェラール 危険度[D]


 クロトと同じく古参メンバーの1人である漆黒の老騎士。全身鎧に覆われたその素顔は誰1人として見たことがなく、一説によれば没落した貴族との噂も。鎧に等しく強大な重圧を秘める大剣と大盾を軽々と扱う老練のジェラール氏には『剣翁』の二つ名が送られた。子供を虐待する等といった卑劣な行為はジェラール氏の前では厳禁である。


A級冒険者 『爆撃姫』のエフィル 危険度[F]


 ケルヴィン氏の屋敷に勤めるハーフエルフのメイド。非常に穏やかな性格であり、美しくも可愛らしい。屋敷を手掛ける彼女の料理はトラージ王をも唸らせ、その味に惚れさせる程。ひと口でも味わえば言葉よりも先に涙が溢れると言う。更には凄腕の弓使いと従者として非の打ち所がない。弓と赤魔法を融合させた独自の弓術から繰り出される猛火は『爆撃姫』の名に恥じぬ威力だ。ちなみにケルヴィン氏の奴隷である。


拳士 『女帝』のセラ 危険度[C]


 ケルヴィン氏がとある事件で救出した美女拳士。拳士であるが一流魔導士顔負けの魔力を持つ天才肌であり、男女のどちらからも人気が高い。魔王討伐の際、敵兵である筈のトライセン将校達が忠実に彼女の命令に従っている姿が目撃されている。自国を裏切らせてまで従わせるその手腕は『女帝』と言えよう。やや感情的になりやすい面がある為危険度は高めだが、注意するべきは1つだ。彼女には絶対に酒を飲ませてはいけない。ちなみにケルヴィン氏の恋人である。


槍使い 『微笑』のメル 危険度[E]


 蒼き髪、蒼き鎧の槍使い。全員の装備を黒で揃えるケルヴィン氏のパーティでは珍しく、その身の装備を光り輝く蒼で染めている。どのような時でも聖女のような『微笑』を絶やすことはなく、戦闘ではその圧倒的なポテンシャルで敵を葬る。知る人ぞ知ることではあるが、彼女は食欲も圧倒的である。二つ名に偽りはなく、どんなに食べても表情を曇らせることはないだろう。食を営む店側としては警戒が必要だ。ちなみにケルヴィン氏の婚約者である。


剣士 『黒流星』のリオン・セルシウス 危険度[F]


 ケルヴィン氏の妹君でもある双剣使い。大変友好的な性格で、誰であろうと隔てなく接してくれることだろう。交友関係は東大陸四大国の全ての王族に及ぶとも噂されるほど。その小柄な愛らしい容姿からは想像しにくいが、一度戦闘になれば相棒の影狼と共に勇敢に戦場を駆け出す。迅雷の速度で天を駆け、次々と敵を殲滅していく様は黒き流星、『黒流星』の如しと比喩される。ちなみに重度のブラコンであり、ケルヴィン氏自身も同様にシスコンである。


影狼 『陽炎』のアレックス 危険度[E]


 ケルヴィン氏が召喚術にて使役する影の狼。黒く威圧的な巨躯から一見凶暴そうに見えるが、その実借りてきた猫のように大人しい。常に小柄なリオン氏の横に控えている為、その巨体が際立つ。『陽炎』のように何時の間にか消え、何処からか突然現われる。実体が掴めぬことから『陽炎』二つ名が名付けられた。決して駄洒落などではない。


 ※ケルヴィン氏のパーティは全体的に危険度が低い傾向にあるが、同氏に危害が及ぶことがあれば一気に危険度Sまで跳ね上がる。それは仲間も同じことであり、前述の危険度を鵜呑みにして迂闊な行為をするべきではない。


~諸国との関係―――


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 記載されている情報は新しかったり古かったりと統一性がない。命名式の後に発行する為か俺とリオンの名にファミリーネームが付いているが、エフィルなんて種族がハーフエルフのままで記されている。短期間で変化が多いからか、全てまでは最新の情報を把握していなかったのだろう。ステータスも隠蔽してるしな。


 ……しかし、ちょっと待てと言いたい箇所もある。俺の二つ名について紹介する欄、『戦闘狂』はまだいい。事実だから許そう。だけどな、『漁色家』と『戦慄ポエマー』は酷くない? 漁色家って、俺は一途だぞ! ちょっと愛が分散してしまっているだけで! あとこれを書いた奴、絶対エルフの里にまで取材に行ったな。わざわざ結界を乗り越えてまで。戦慄ポエマーはあそこでの黒歴史しか身に覚えがない。


「わー、シルヴィーに負けないくらいの記事だね。見て見て、このアレックスの絵可愛くない?」

「クゥン?」

「リオンの挿絵もまるで天使のようじゃわい。これを書いた者は分かっておるのう」


 おーい、誰も指摘してくれないの? もしかして皆そういう認識!?


「ご主人様、召喚士であることを公にされていますが、よろしかったのですか?」

「それならケルヴィンにちゃんと許可を取ってるよ。むしろこの際、召喚士のことは前面に押し出してくれってさ」


 アンジェがワイングラスを片手に答える。そう言えば少し前に聞かれたな。その時はこんな名鑑に載るとは思ってもいなかったが。


「以前は悪目立ちはしたくないからと隠していましたのに、どういった心境の変化です? あなた様?」

「トライセンで盛大に使ってしまったのもあるんだが、有名になれば相応の依頼が向こうからやってくるってのが一番だな。ほら、最近は魔王がいなくなってモンスターの質も軒並み落ちているし。不幸なことにS級モンスターの討伐なんてめっきりいなくなっちゃっただろ?」


 とても不幸なことに。


「あはは。ケルヴィン、そこは喜ぶとこだよー」

「俺としては複雑なの。ま、最初の頃に危惧してた国からの引き抜きもギルドのお陰で気にすることもないし、この際俺の名を宣伝しようって魂胆だ」


 ちなみにギルドには討伐依頼の情報を優先的に流して貰うよう手配している。これで入れ食い間違いなし! ……であれば良いのだが。まあ期待はそこそこに留めておこう。


 なぜか余計な情報まで記されていたのはもう忘れたい。そうだ、飲もう。


「それよりも今日は飲むぞ! 何だか無性に飲みたい!」

「あら、珍しいわね! なら私が注いであげるわ!」

「……間違って飲むなよ?」


 冒険者名鑑を一先ず置き、一同は楽しいひと時を再開する。のだが、テーブルに置かれた名鑑にこそこそと近づく影があった。


「有名な冒険者、ともあればプリティアちゃんの情報も……」


 ダハクである。



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S級冒険者 『桃鬼』のゴルディアーナ・プリティアーナ 危険度[S]


~主な功績―――


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「いや、そこは別に見んでいいから」

「あっ! 旦那、情報の独り占めはずるいッスよ!」


 名鑑を閉じようとするジェラールと、何としてでも中身を読みたいダハク。2人の戦いは夜遅くまで続くのであった。

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