第198話 名鑑

 ―――ガウン・とある飲食店


 長く、遠い道のりだった。一歩進めば串焼きが消え、二歩進めば肉饅頭が――― 途中補給する度に量を増す物資、されど女神の勢いは衰えず。予約していた店に到着した時、俺は何とも言えぬ達成感に酔いしれた。正直、メルフィーナの潜在能力を見誤っていた。


「……それでもまだまだ食うんだもんなー」

「もふぁ? ふぁんふぁーふぇふよ?」

「食べながら喋るなって」


 店員が大急ぎで運んでくる数々の料理、テーブルに積み上がる皿の山。恥ずかしむ様子も今はなく、いつもの幸せそうな笑顔でメルフィーナは料理を口に運び、舌鼓を打つ。ここは前もってギルドに予約をお願いしていたレストランで、ガウン国内でも指折りの店である。名物の肉料理はもちろん、ダハクが所望していた野菜類も完備。料理人達もその道の超一流。と、ただ今絶賛仕事中のアンジェ一押しの店でもあるのだ。精霊歌亭の時もそうだったが、アンジェのお勧めは外れがない。


「しっかし、大渓谷で見慣れたもんだと思っていたが、久しぶりに見ると凄まじいな。メルの食いっぷりは」

「サバト、アンタまた失礼なことを……」

「いや、嫌味で言ってるんじゃねぇよ! 逆に感心してんだ!」

「確かに今日のメルねえはいつも以上に食べてるよね。そんなにお腹が減っていたの?」

「余計にエネルギーを使ったのでお腹が減りまして。でも結果的にたくさん食べれて幸せです」


 うん、その笑顔を見れば一目瞭然だよね。だがそろそろセーブしてほしいな。金銭的な意味では全く問題ないんだけどさ、その―――


「お、おい。あれ、『微笑』のメルじゃねーか?」

「微笑っつうと、至る飲食店で大食い挑戦を荒らしまくってるって噂の?」

「ああ、どんなに飯を食っても微笑を絶やさないことから二つ名が付いたらしいぜ。戦績も全勝の敗北知らずで、その界隈からは歴代最強じゃないかと話題になってるって話だ。にしても、あの量はやばいって……」

「ペースが下がるどころか早くなってる…… しかも凄ぇ良い笑顔だぞ! 微笑の二つ名は伊達じゃねぇな!」


 ―――他の客達の注目が思いっきりこのテーブルに集まってきているんだ。


「兄貴、俺が黙らせるッスか?」

「余計騒ぎになるから止めろって」


 ダハクが生野菜を丸かじりしながら物騒な提案をしてくるので即刻拒否。行動原理がナグアに似てきたな、お前。


「ところでメル、俺の知らないところで何をしていたのかな? 何を荒らしているのかな?」

「……え?」


 あ、微笑みが濁った。


「ええと、その…… 街中を散歩していて、手持ちがなくなって、小腹が空いて、つい……」

「待て待て、小遣いは十分に渡してるはずだろ。それはどうしたんだ?」


 金額的には武具店で最高級の品を購入できるくらいの小遣いを定期的に渡しているのだ。セラであれば趣味の釣りや楽器に、エフィルであれば裁縫用の生地などの購入に使っている。しかしメルフィーナの部屋は必要最小限の家具しかない質素なもので、装飾品を作るにしても材料はこちらで提供している。手持ちがなくなる程のものなんてなかったはずだ。かと言って日常品を買うくらいでは絶対に使い切れない。一体何に使っているんだ?


「買い食いをしていたら、何時の間にかなくなっていまして……」

「あれだけの金を食料に使い果たしたのか。お前、普段外でどれだけ食ってるんだ……」

「稀に無性にお腹がすく日があるんです。お恥ずかしい……」


 それだけの飯を食った上で、屋敷でも3食どっさり食っていたと…… 何と言うか、今日の食べっぷりを見れば納得できる話ではあるか。


「別に怒ってる訳じゃないよ。そういう困っていることがあれば、俺に相談してほしいだけだ」

「あなた様っ……!」


 当人にとっては死活問題だろうしな。それに、まあその、これからこいつの夫になろうとしている訳で。男としては頼ってもらいたいものなのだ。とりあえずエフィルに日々の食事量を増やしてもらおう。このままではメルフィーナがフードファイターとして名を轟かせてしまう。


「ねえねえ、前々から気になっていたんだけどさ。皆、称号が一風変わったものになってない? さっき他のお客さんが言ってたメルねえの『微笑』もそうだし、僕の称号も『黒流星』に変わってたんだ」

「あら、リオンも? 私の称号もいつの間にか『女帝』になってたのよね」

「む、ワシのも変化しておるのう。ほう、『剣翁』とな?」

「ケルにい! これってさ、もしかしてもしかする?」


 リオンが何かを期待する瞳でこちらを見上げてくる。まあ、もしかするんじゃないかな。俺がリオン達の称号が変わっていることに気付いたのは進化を終えた後のことだ。おそらく俺が眠っている間に変更されたのだろう。その対象となったのがクロト、ジェラール、エフィル、セラ、リオン、アレックス、そしてメルフィーナ。俺の仲間だと公になっている仲間達だ。これらが示すことは、つまり―――


「そう、これがもしかするんだな、リオンちゃん!」

「うお、吃驚した!? アンジェ、いつの間に!?」


 ガウンのギルドへ出発したはずのアンジェが、知らぬうちに俺が座る椅子の背後に立っていた。油断していたとは言え、パーズに引き続きまた背後を取られるのは…… これで『隠密』スキルを持っていないのがアンジェの凄いところだ。ギルドの受付嬢にしておくのが実にもったいない。


「フッフッフ、セラさんは気付いていたのに、S級冒険者ともあろうケルヴィンはまだまだだねー。あ、店員さん、ワイン1本追加お願いしまーす」

「そうなのよー。ケルヴィンはどこか詰めが甘いのよねー。私はジュース追加で」

「私とシュトラちゃんもおかわりー」

「リュカちゃん、私もうお腹いっぱいだよー」

「安心しろ、ケルヴィン! 俺なんて不意打ちが日常茶飯事だ。主にゴマから」


 ぐっ、サバトの優しさが地味に心に突き刺さる。


「そ、それよりも早かったんだな。ギルドでの顔出しは終わったのか?」

「うん。ま、本当の目的は違うんだけどねー。正にさっきリオンちゃんが言っていたことなんだけど…… これこれ」

「本? えっと、冒険者名鑑?」

「そ! 命名式の時期になると冒険者ギルドが発行する物なんだけど、有名冒険者パーティの一覧が載っているんだよ。この度、見事ケルヴィン達も記載されることになりました!」


 んん? よく分からないが、それって凄いことなのか?


「やったなケルヴィン! S級なら当然だろうが、この名鑑に載るのは冒険者にとって名誉なことなんだぜ? A級でも本当に有名どころしか載らねぇからな!」

「世界中のギルドに置かれるから、もしかしたら遠方から依頼が来ることもあるかもねー」


 遠方と言うと、西大陸から来たりすることもあるんだろうか? そういや刀哉達は元気にやっているかな。渡したペンダントからの反応がないから、まあ無事っぽいが。


「それでさっきの話に繋がるんだけど、今回の魔王騒動でエフィルちゃんやリオンちゃんも十分な実力だとギルドから正式に認定されてね。二つ名が付いちゃいました! 当然それについてもこの本で説明されてるよ」

「ケルにい、早く見よ! 二つ名!」


 アンジェの説明を聞くや否や、リオンが俺の膝の上に座りスタンバイする。もう自分のステータスに二つ名が載っていると言うのに、余程その由来が気になるらしい。


「おー、俺たちが紹介されてんのか。何とも感慨深いッスね、お嬢!」

「あーっと…… ダハクさんがまだケルヴィンのパーティの一員だと認識されていなかった時期に編集されたものだから、ダハクさんの記載はなかったりして……」

「そ、そッスか。別に気にしてねーんで、いいんスけどね。うん……」

「え、えっと、本当にごめんなさい……」


 一気に場が沈んでしまった。載りたかったのか、ダハク。


「ま、まあ見てみてよ。本当は命名式の後に販売されるものなんだけど、ケルヴィンたちは関係者枠ってことで特別にね」


 アンジェから名鑑を手渡されると、自然と俺の周囲に好奇心に満ちた仲間達が移動してくる。結局、何だかんだで皆気になるのか。俺は皆の二つ名がメルフィーナのように残念な由来でないことを祈るばかりだ。


 適当にページをめくっていくと、冒険者らしき者の名前とその特徴、はたまた二つ名についての解説まで載っている。 ……危険度ってワードが目に入ったんだが、これって賞金首リストじゃないよね?


「あ、やっぱりそこ気になるよね。上位の冒険者ともなるとその戦力も馬鹿にならなくてさ。各国に下手なことをさせないようにっていう注意喚起も兼ねているんだよ」


 ―――爆発物扱い?

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