第197話 観光
―――ガウン・市場
アンジェがガウンの冒険者ギルドに一度顔を出してくると言う事で、いったん別行動となった。その後、サバトとゴマの案内で城下町を観光する我ら一行はガウン最大の市へと移動。この通りには屋台型の出店がずらりと並び、場所場所に緑が生い茂る幻想的な街並みが臨んでいる。
「わあ、良い匂い! 凄い店の数! でも森の中!」
「これぞファンタジー! って感じだね」
「リオンちゃんの言葉は難しくてよく分からないわ……」
その光景を興味津々に見回すちびっ子たちは見ているだけで心が洗われる。女性陣はガウンの特産品である肉の出店にて実演調理を満喫中だ。ひとえに肉と言っても出店の屋台毎に素材や料理は千差万別。彼方此方で鼻の奥をくすぐる香ばしい肉の匂いが漂っているのは反則級だ。特にエフィルの関心が強いようで、技術を盗まんと目を鋭くして見学している。エフィル、集中するのは良いがプレッシャーのせいで店の親父が少したじろいでいるぞ。
獣王祭の開催が近い為か、獣人だけでなく多くの種族が大通りを行き交い、街の雰囲気も明るく活気に溢れているように感じる。この時期にガウンに来て正解だった。まさに絶好の観光日和、何一つ気掛かりに思うことはない。その筈なのだが―――
「うっ……」
「げぇ……」
「ぐっ……」
突然、背中のあたりで寒気がした。それはジェラールやダハクも同様のようで、目で分かるくらいに体を震わせている。
「3人とも、どうしたのよ。顔が青いわよ?」
「ご主人様、もしや風邪ですか? ジェラールさんにハクちゃんも」
「いや、体調は悪くないんだけど、なぜか寒気が……」
「ううむ、ワシは何か途轍もない危機が迫るのを感じたのじゃが…… 途轍もない、何かが……」
「俺は新たなライバルが登場したような、そんな悪寒がして……」
「何よ、そのえらく具体的な予感は?」
深く考えてはいけないような、だが放っておくと拙いような、そんな直感。なぜと問われればさっぱり理由は分からない。俺の察知スキルが反応している訳でもないから、勘としか言えないんだよな……
「あなた様、あなた様! あの屋台凄いですよ!」
「おっ、おい!」
メルフィーナに右手を掴まれ、抵抗する間もなく目の前の屋台へと引っ張られてしまった。疑問はまだ解決していないのだが…… まあ気にしても仕方なさそうだし、いいか。ポジティブシンキング。
「おー、そいつに目をつけるとはやるな。俺も好物なんだよ。ゴマも好きだよな?」
「そうだけど、前みたいに馬鹿食いはしないでよ。またお腹壊すから」
「へえ、串にサイコロ状のステーキを刺しているのか。ボリュームあるなー」
バーベキューの串焼きみたいだな。これは肉オンリーで1本だけでもかなり食いごたえありそうだけど。
「そうなんです! おまけに秘伝のソースを上から垂らして…… ゴクリ」
「……これから予約している店に行くんだから、少しだけだぞ」
「あなた様っ! 大好きっ!」
ダキッと抱きついてくるメルフィーナ。ここまで自分に素直で欲望筒抜けな女神も珍しいのではなかろうか。さて、どれくらい買ってやればメルフィーナの小腹を満たすことができるだろうか。そうだな……
「親父、その串焼き20本くれ」
「に、20本ですかい、旦那? 確かに結構な団体さんのようですが、お子さんは1本でもきついと思いますぜ?」
「ああ、大丈夫大丈夫。ちゃんと食べ切れるから。はい、お金」
親父の指摘通りシュトラやリュカなら無理だろう。小食であるリオンやエフィルも辛いかもしれない。でもそれ、全部メルフィーナの分だし。
「へ、へい。まいど…… 焼き上がるまでちょいと待ってくだせぇ」
この店は注文から調理に取り掛かる出来立てを提供するタイプで、出来合いの商品はない。工程を見逃すまいと再びエフィルが凝視、とびっきりの美少女に見詰められ動揺する親父。エフィル、この一帯全ての料理をマスターするつもりなのか…… だが親父も流石は職人、慣れた手付きで次々と串焼きを完成させていく。
「おお! メルがそんなに食うなら俺も挑戦――― あ、冗談だから。だからゴマ、その拳を下げろ。本当に冗談だって! この人だかりの中じゃ回りも危ないって!」
「~♪」
ご機嫌なメルは俺の腕に抱き付きながら鼻歌交じりに焼き上がりを待っている。背後で繰り広げられている修羅場なんて歯牙にもかけていない。女神様は冷酷である。
「あら、メルにしては遠慮したわね?」
「他のお肉も堪能したいですからね。それにエフィルが同じものを作ってくれますし」
「はい。ガウン滞在中に習得してみせます!」
え、まだ食べるの? クソッ、目算が甘かったか……!
「兄貴、この辺全然野菜売ってないんスけど。肉ばっかりでべジがないんスよ。ベジが」
携帯していたスティックが切れてしまったのか、ダハクは周辺の屋台を見回している。だがこの辺りにダハクが好む野菜はなかったはずだ。サバトに聞――― 駄目だ、まだ攻防が続いている。
「お前は肉食えないからな。これから行く店にはあるから、それまで我慢してくれ」
「マジッスか!? うおおっ、兄貴ありがとう!」
「きゃっ」
瞬時にメルフィーナを横にして抱き上げ、俺に抱きつこうとしたダハクの突進を回避する。焼き上げ作業に夢中になっているメルフィーナを少し驚かせてしまったようで、可愛らしい叫びが耳元で聞こえた。
「ちょ、なんで避けるんスか!」
「いや、お前がやるとスキンシップに見えないって言うか、そっち系の恐れがあるって言うか……」
「ううん? よく分からねぇッスよ」
「俺もよくよく考えたくないからそれでいいよ」
だから今後一切それは止してくれ。礼が言いたいのなら、今よりも強くなってくれれば俺としては一番嬉しい。ドラゴンズもレベル的にはそろそろ進化してもおかしくないと予想しているんだが、全員既に古竜だからな。これ以上進化したら竜王になるんだろうか? レベル以外にも条件があるのかもしれない。
「あの、あなた様……」
「あ、悪い。今降ろすよ」
よく見たらこれ、お姫様抱っこの体勢だったな。咄嗟のことだったからとは言え、人前でこれはなかなかに恥ずかしい。
「………」
直ぐに降ろしてやるも、メルフィーナは顔を真赤にして湯気を出し――― ちょ、凄い熱なんだけど!?
「メ、メル? 大丈夫か?」
「ふぇっ? ……い、いえ、問題ありません。ただ、唐突だったもので、少し驚いてしまいまして……」
「そうか? メルにしては珍しいな。お前こそ風邪じゃないのか?」
「そそ、そんなことありませんよ? あっ! あなた様、ほら! 串焼きが焼き上がったみたいです!」
「………」
メルは基本自分からぐいぐい来るタイプだが、もしかしたら自分が意図していない行動に弱いのか? 魔王滅殺プロポーズもメルフィーナがテンパっていたのが原因だったし。詰まる所、受けに回ると途端に崩れる、と。 ―――可愛い。よし、今のメルの姿は並列思考の処理による俺の脳内フォトギャラリーに永久保存しておこう。ゴマのパンチラと共に。
「旦那、お待たせ致しやした」
屋台の親父が串焼きを葉で出来た包みに入れて持たせてくれた。この葉も仄かに甘い匂いがしているので、香り付けの意味合いもあるのかもしれないな。うおっ、結構な重量感! 串1本の肉だけで300gくらいはあるんじゃないか、これ!? これなら何とか店までの時間稼ぎくらいはできそうだ!
「モグ、モグ…… あなた様、モグ…… あまり見詰めないでモグ、頂けると、その……」
て、照れ隠しでスピードが増しているだとっ!?
結局、目的の店に到着するまでに他3店で繋ぎ用の肉料理を大量購入することとなってしまった。
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