第196話 台風の目

 ―――ガウン・神霊樹の城


「それでは、明日の夕方にまた伺います」

「うむ。楽しみにしておるぞ」


 リュカの活躍により獣王祭の出場権、計4枠を手に入れたケルヴィン達。一行は獣王レオンハルトと後に食事をする約束を交わし、ゴマとサバトの案内で街の方へと消えていった。本来の目的であるガウンの観光を堪能する為である。4試合その全ての時間を合算しても10秒にも満たない刹那の出来事。しかし獣王祭への出場を夢見ていたガウン兵にとっては、正に嵐のような時間であった。


「ジェ、ジェレオル様、彼奴らは一体何者なのですか?」


 一番に敗北したガウン兵のゴベラは上機嫌な獣王が城の中へ入って行くのを確認すると、堪らない様子でジェレオルに問い掛ける。


「何だ、お前達本当に知らないのか? 随分と強気だと感心していたのだが」

「うっ…… は、恥ずかしながら」

「じ、実は俺も……」


 二番手であるバンデルもおずおずと手を挙げる。それに続いて同じく敗北を喫したガウン兵らも同調して挙げ始めた。


「ああ、そうか。ケルヴィンが台頭した時、お前達はトライセンとの国境沿いに派遣されていたんだったな。記事を見る機会もなかったのか。まあ、俺もなんだが」


 ケルヴィンの昇格式が行われたのは、エルフの里がトライセンの部隊に襲撃された直ぐ後のことである。里はケルヴィン一行の活躍により無事護り通され、この功績がS級冒険者への昇格に結び付いたのだ。一方で当該国のガウンは国境の護りを強化する為にジェレオル、ユージール、キルトに兵を率いらせ各地に配置。ちょうどケルヴィンのS級冒険者入りが話題になった頃である。この部隊の中にゴベラ達4人も含まれていたのだ。


「父上め、俺が誰を指名するか見当をつけていたな…… サバトとゴマもまた厄介な時に……」


 何かを察したのか、ジェレオルは困ったようにガシガシと頭をかく。


「ジェレオル様?」

「いや、こっちの話だ。ケルヴィンが何者か、という話だったな」

「ええ……」

「父上と同じS級冒険者だよ。冒険者となって瞬く間に頭角を現し、3ヶ月でS級まで上り詰めた歴代最速のレコードホルダー。エルフの里をトライセン軍から1パーティで防衛し切り、魔王を討伐した勇者と共に戦ったのもケルヴィン達だそうだ。他にもS級モンスターを単騎で狩るだの、所有する屋敷の地下には無限迷宮が広がっているだの、デラミスの巫女と深い関係にあるだの…… 真実かどうかは知らんが、逸話の尽きない奴らだよ」

「「「「………はい?」」」」


  開いた口がふさがらないとはこのことだ。本日2度目の呆然である。


「そんな豆鉄砲を食らったような顔をするな」

「だって、なあ?」

「流石にそれは信じられない話ですよ。作り話にしたって度が過ぎる」

「……正直、俺も話を聞いた時は半信半疑だった。だが、今さっき確信したよ。俺もまだまだS級の頂には届かないようだ」

「ま、まさか…… あのメイド、そこまで強いのですかっ!?」

「いや、あの小さき戦士――― リュカと言ったか。彼女であればそう苦労せずに勝てるだろう。問題はその背後にいた者達だ。バンデル、お前はトライセン最強と謳われるダン・ダルバとの戦闘を間近で体験したな?」

「うっ、嫌なことを思い出させないでくださいよ…… 千人隊長であるジェレオル様でも敵わなかった化物じゃないですか……」


 バンデルはジェレオルの部隊に所属し、ダンへ突撃した兵士の1人である。その時の恐怖体験、ダンに自分を槍ごと持ち上げられて味方へと投擲された苦い思い出を呼び起してしまい、汗を額に伝わせる。余程怖かったようだ。


「そうだ。俺では、俺たち兄弟の軍勢では束になっても敵わなかった人外、それがダン・ダルバだ。その上でケルヴィン達の強さを分かりやすく説明してやろう。 ―――奴ら1人1人がそのダンと同等、もしくはそれ以上の実力があると見ていい」

「ば、馬鹿なっ!?」

「それ程まで…… だと……!?」


 4人が驚くのも無理はないだろう。自分達を完封したリュカをも軽くあしらえるジェレオルが逆立ちしても勝てないダン並の実力者で構成された、下手をすればそれ以上の強さの怪物パーティ。S級冒険者は単騎で一国に対抗できるとよく例えられるが、この場合行き着く意味はまた異なる。西大陸に乱立する群小国家どころか、ケルヴィンが率いるパーティのみでガウンやデラミスといった東大陸の4大国にも匹敵する力を持つ可能性があるのだ。


(今となってはケルヴィンが魔王でなかったことに安堵すべきかもしれんな。もし仮にそうなれば、我が国で対抗できるのは父上のみ。いや、或いは父上をも超えるのか? ……駄目だ、俺の力量では測り切れない。父上は獣王祭にてその真価を測ろうとしているのかもしれんな)


 順当にいけば優勝は獣王レオンハルト・ガウン、もしくは前優勝者である桃鬼ゴルディアーナ・プリティアーナと思われていたこの大会。その最中に4名のダークホースが送り込まれるとなれば、誰が優勝するかなど予想できるはずがない。台風の目となる者達の参戦に、ジェレオルはガウン継承がかかる弟妹に酷く同情するのであった。


「あ、あのヌイグルミを持った金髪の幼子もですか!? あんな小さな幼子にまで俺は手も足も出せないのですか!?」

「うん? ああ、彼女は、いや―――」


 彼女はトライセンの王女で例外。ゴベラの問いにそんな言葉を言いそうになるも、寸前で飲み込むジェレオル。シュトラがケルヴィンに保護されていることは各国の上層部、その中でも信頼に於ける限られた一部にしか知らされていない。世間的にはトライセン城にて療養中となっているのだ。ケルヴィン一行の一員、ここはそう誤魔化した方がいいとジェレオルは判断した。


「あの金髪の子も恐ろしい力を秘めている、と感じたな。流石はS級冒険者の仲間だ―――」

「あの幼子もですかっ! そうか、俺負けちゃうのか~! あの小さな足に踏まれたらまた…… ああっ、自信なくすぜっ! たまんねぇ!」

「……あ、ああ。気を落とすなよ」


 リュカに敗北したことにより、ゴベラは何かに目覚めてしまったようだ。これにはジェレオルも動揺を隠し切れない。


(……ゴベラはキルトの部隊に所属していたか。まあ、類は友を呼ぶというしな)


 ―――こともなかった。獣王の扱きの賜物か、ガウンの獣人達は精神も強靭なのである。



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 ―――ガウン・とある喫茶店


 獣王祭の幕開けが近づき、ガウンの街々には出場を予定する強者が続々と集結していた。それは街の片隅にひっそりと佇むこの喫茶店も例外ではなく、只ならぬ気配を発する2人の者達がテーブルを囲んでいた。この世界では割と知られていない生クリームケーキを口に運びながら……


「まあ、何てことかしら! ガウンでこんなにお上品な甘味に出会えるなんてぇ!」

「ふふっ。ね、来て正解だったでしょん? 私のとっておきよぉ」


 獣王祭前優勝者、ゴルディアーナ・プリティアーナが満足そうに笑みを浮かべる。


「ええ、大急ぎで西大陸から泳いで来て・・・・・正解だったわ。これが、運命的な出・会・い…… ってものなのねぇ」


 ゴルディアーナの対面に座る人物が興奮した様子で話す。口調こそは女言葉であるが、彼、いや彼女は桃鬼と同類、要するにその世界の人であった。髪が薄く、女物の衣類を着ている訳でもないが、そっち系の人なのである。


「あらやだ、グロスティーナったら。ちゃんと船で来なさいなぁ。危ないわよん?」

「お姉様に声を掛けられちゃ、最短で来るのが筋ってもんでしょ。こうして獣王祭の出場枠まで準備して頂いているしぃ。それに、こっちで魔王が倒されたんでしょう? なら出会うモンスターも弱いから安心よぉ」

「相変わらずの自信家ねぇ。ま、だからこそ唯一の妹弟子である貴方を呼んだんだけどぉ」

「お姉様には感謝しているわ。一貴族の貧弱だった私を目覚めさせ、導いてくれたんですもの。それで、今回の目標は何かしら?」

「決まっているでしょん? 私と貴方でトップを独占よぉ! そうして輝きを増す私達ぃ、単純計算で魅力も2倍! いえ4倍! きっと堅物のあの人も振り向くわぁ!」

「あらやだ! お姉様ったら、新しい恋? 恋なのねぇ!? 不肖、このグロスティーナ・ブルジョワーナ! 全力でお手伝いするわぁ!」


 現在幸せの絶頂にいるジェラールであるが、街の片隅でおじ様に危機が迫っていた。

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