第193話 獣王祭

 ―――ガウン・神霊樹の城


「うわぁ、凄い……」

「絶景だな」

「ハッハッハ! そうだろう、そうだろう!」


 獣王が案内してくれた場所は城の、と言うよりも神霊樹の天辺に位置する場所だった。上を向けば雲にも手が届きそうな高さであり、下を見ればガウンの街並みを一望することができる。ガウンは木々が生茂る緑豊かな国で、建造物1つをとっても極力環境を壊さないよう配慮した作りとなっていた。この城もそうだが、樹木を軸にしてその上に建てる形式の家が多いのだ。そんな建造物が大量に見渡せるあたり、これまでで最もファンタジーな景色と言えるかもしれないな。一方で程好いスペースが空いている場所には普通の家もある。場所に応じて建物のタイプを変えているようだ。


「あそこ、大きな建物があるわね。エフィル、見えるかしら?」

「……円形の闘技場、コロシアムでしょうか? 戦士風の男性2人が戦っています」

「そういや俺とシルヴィアの模擬試合の時、ガウンから専門アナウンサーだか何だかが来てたな。確か…… ガウン総合闘技場のロノウェ、だっけ?」


 スピーカーみたいな拡声器代わりのマジックアイテムを貸し出してくれていたのもあそこだったはずだ。うっ、あまり思い出したくない音を思い出してしまった…… 何がとは言うまい。言うまいよ。


「うむ、ガウン自慢の闘技場だ。この国は血の気が多い者ばかりでな。上手く言えんが、適度に発散せねば獣人としての本能が疼くのだ。あれは観客の乾きを潤し、己の実力を試す格好の場なのだ」

「へぇ……」


 もちろん闘技場については事前調査で調べている。一般的にコロシアムから思い浮かぶは、剣闘士と言った死を伴う見世物を強いられる奴隷だろう。だがガウンの闘技場にはそのような存在はおらず、一定の期間毎に兵を集めたトーナメントなどのイベントを行う場となっているそうなのだ。そこに身分や功績は考慮されず、言わば自分の強さに自信があれば勝手に参加しな! 死んでも知らないけどな! というノリだ。こんなふざけた参加条件でも常に希望者は後を絶たないのだから手に負えない。いや、俺もそういうノリが好きな口なんだけどさ。ぶっちゃけ俺が一番楽しみにしている場所だ。可能であれば参加したいほどに。


「クク、観光収益もなかなかのものでな。ひい、ふう、みい―――」

「父さん、私の姿でニヤニヤしながら算盤弾くの止めて」


 ……前々から思っていたが、獣王もかなりの変人な気がする。勝手な俺のイメージの問題なんだけどさ、獣人の王って言うと真っ向からの勝負を好む愚直な性格って感覚があるんだよな。例えばサバトみたいに。しかし実際の獣王は初対面の時からエルフの里の長老の娘に女装していたし、今もゴマの姿で算盤を弾いている。 ……どこから取り出した、算盤。そしてこの世界にもあったのか、算盤。あの算盤捌きも只者じゃないな。俺よりも圧倒的に速い。 ―――こんな側面を含めて、獣王レオンハルト・ガウンは異彩を放つ存在なんだよな。プリティアといい、S級冒険者に救いはないのか。


「ケルヴィン、ちなみに命名式もあのコロシアムで執り行うんだよ。一応場所覚えておいてね」

「えっ、コロシアムでやるのか? 分かった、覚えておくよ」


 命名式なのに会場は闘技場なのか。まあ、ガウンらしいと言えばらしいが。余興でもやるのだろうか?


「闘技場か、俺も参加してみてぇなー。これでも大分強くなったんスよ、俺!」

「最近はボガに負けることも多くなってきたけどね」

「セ、セラ姐さん! それは秘密の約束のはずっ! それにあれは能力を使わない戦いで―――」

「負け惜しみは男らしくないぞい。それにダハクは最近畑と恋にかまけ過ぎじゃ。少しは鍛錬せい」

「鍛錬せいせい!」

「むむむっ」


 ジェラールとリュカに正論を言われぐうの音も出ないダハク。対してボガはジェラールの鍛錬に日々駆り出されているからな。正面からぶつかっては勝機がないのは明白だ。


「何だ、ケルヴィン達も闘技場に参加したかったのか? 運が良いな、ちょうど5日後に大きな大会があるぞ。そうだな―――」


 ゴマの顔をした獣王がまた悪い表情をしているのを俺は見逃さなかった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ここは?」


 次に獣王に案内された先は城の外であった。ガウンの兵士達が模擬剣を手に激しい打ち合いをし、汗を流している。見たところ訓練場のようだが。


「少しばかり実力を見せんと納得しない者もいるからな。どれ、待っておれ」


 そう言うと獣王は腕を組んで修練を見守っている教官らしき獣人のところへと行ってしまった。勇猛な獅子のような面構えのその獣人は、ドレスゴマ(獣王)を見るなり酷く驚いた様子で敬礼を返している。見た目的にはどう見てもあっちが獣王なんだけどなー。


「あれはジェレオル兄さんです。私の武術の師であり、ガウンで父さんの次に強いとされる戦士でもあります。妻のリサさんには頭が上がらないんですけどね。でもとっても仲の良いおしどり夫婦なんですよ」


 ほう、獣王の次に強いとな。これは要チェックだな。


「おっ、ケルヴィンじゃねぇか! もうガウンに来てたんだな! そろそろ俺も迎えに行こうかと思っていたんだが」


 兵士の集団の中から行き成り大声で名前を呼ばれる。この声は――― 集団に目を向けると、予想通りサバトがそこにいた。駆け寄って来たサバトと再会の挨拶を交わす。


「サバトもゴマも城にいるってことは冒険者稼業は休んでいるのか? それとも王族に戻ったとか?」

「別に止めた訳じゃないんだけどよ。魔王の一件が親父に評価されて、今度の命名式でガウンの名を継ぐチャンスができたんだ。俺だけじゃなくゴマもな。今はそのウォーミングアップ中って感じだ!」

「チャンス?」

「年に1度、命名式の前に行われる『獣王祭』。それが先ほど父さんが言っていた、5日後の大きな大会なのです。命名式自体は他国同様年に2回開かれるのですが、王族であるガウンの名を継げるのはこの日のみ。武者修行による功績を立て、獣王の眼前で実力を見せる。それを成し遂げることで初めて私たちは名を継げる…… という習わしでして。優勝までする必要はないのですが、相応の結果は残さないとならなくって。私もジェレオル兄さんに毎日組み手をしてもらっています」

「功績を立てるだけじゃ駄目なのか。ゴマ達も大変だな。まあ、A級冒険者の実力なら問題ないんじゃないか?」


 A級冒険者ともなれば大陸でも屈指の強さだ。並大抵の相手では負けることはないだろう。


「それが……」

「そうでもないんだよなぁ……」


 2人は同時に深い溜息を吐く。


「獣王祭はガウンでも最上位の大会でして…… 現在分かっている参加者だけでも父さん、レオンハルト・ガウンを始めとして、S級冒険者のゴルディアーナ・プリティアーナさんがいるのです」

「おまけにあそこにいるジェレオルの兄貴やユージールの兄貴まで出場する。下手したら俺たちでも初戦で負けるかもしれねぇんだ。はあ、俺もキルトの兄貴みたいに勉学に励めば良かったぜ。そうすりゃ免除だったのによ」

「サバト、そっちの道の方が絶望的だから現実に戻ってきなさい。アンタにはこっちの道しかないわ」


 ほう、ほうほう! 合法的に王様と戦えると!


「へぇ~。ねえ、ケルヴィン。私たちもその獣王祭に出てみない? 結構良いところまで行けそうじゃないかしら?」


 セラが俺の気持ちを察してくれたのか、嬉しい提案してくれた。


「おっ、セラ姐さんもやる気ッスか? なら俺も! プリティアちゃんに良いところを見せるチャンスだぜ!」

「飛び込み参加もありなの? なら僕も出たい!」

「出たーい!」


 次々に身内から出てくる参加希望の嵐。どさくさに紛れてリュカまで手を挙げている。


「あ、あの…… ケルヴィンさん達まで出られてしまうと私たちの勝率が…… それに出場枠はもう決まって―――」

「マジか! おお、これが燃える展開ってやつか! これはしみったれたことを言っている場合じゃねぇな! ケルヴィン達に勝てればガウンの名どころかS級も夢じゃねぇ! なあ、ゴマ! 男気溢れるお前もそう思うだンッザァイ!」

「うっさい、この直情馬鹿っ!」


 あっ、久しぶりにサバトが吹っ飛んだ。

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