第194話 腕試し

 ―――ガウン・神霊樹の城


 ゴマの鉄拳が炸裂してから少しして、獣王がこちらに戻って来た。


「待たせたな。準備ができた――― 何をやっておるのだ、サバト? そんな所で壁にはまりおって」

「く、くく…… 何でもないぜ、親父。少しばかり妹の愛が重過ぎただけだ」

「そうか。だがその台詞、キルトの前では言わん方がいいぞ。ではケルヴィンよ、こちらに来るがいい」


 ボロボロになっているサバトは放置ですか。流石はガウン、スパルタである。これが日常なのか。


「さて、先ほどワシが言った5日後の大会なんだがな。獣王祭と言ってワシの名を冠するほどに重要なもので―――」

「それならさっきゴマから説明を受けましたよ。ガウンの名を継げるかどうかを左右する大会だそうですね」

「む、それなら話が早いな。ワシとしてはケルヴィンらにも参加して貰えればありがたいのだが…… 命名式を外しても我が国最高位の大会であるからして、内外からの参加希望者が多いのだ。ある程度人数を絞る為の予選も終わっておってな。この時期ともなれば参加枠も埋まってしまっているのだ」

「「「えー……」」」


 セラ、リオン、リュカが声を合わせる。リュカ、マジで参加するつもりだったのか?


「そうですか…… 残念ですが仕方ないですね」

「まあそう悲観するでない。実はな、我が国の軍部からの参加枠があるのだが、あと4つ決まっていない出場枠があるのだ。今日の訓練の出来を見てジェレオルの奴に適当に決めさせようと考えておったのだが、お主ら、この枠を賭けて1つ勝負をしてみないか?」

「おお、流石親父は気前が良いぜ!」

「……父さん、いいのですか?」

「大会が盛り上がればそれで良い。お前らの刺激にもなるだろうからな」


 おお、思いもよらぬ吉報だ。半分諦めていたからな、是非ともお願いしたい。


「やったわね、ケルヴィン! これで私たちの中から4人は出られるわ!」

「セラさん、まだ決まっていませんよ。そんな大声を出すと―――」


 エフィルがチラっと訓練場の方の見る。


『ほら、兵士の方々がこちらを睨んでいます』

『大丈夫よ。何なら私が全員のすから!』

『セラねえ、どうどう』

『俺がちゃちゃっと終わらせてくるッスか?』


 リオンがセラを止めるのを横目に、代表候補だと思われる兵士達のステータスを確認する。うーん、強い奴でもB級そこそこ、って具合だな。これなら本当にリュカでも勝ててしまいそうだ。しかしプリティアが出るような大会にリュカを出場させる訳にもいかないしなー。


「ジェレオル、お前が選抜した候補はどいつだ?」

「ッハ! おい、前に出ろ!」


 ジェレオルの声に反応し、豪然たる4人のガウン兵が前に出る。その誰もがはち切れんばかりの筋肉でその身を武装していた。ウルドさんのパーティを思い出してしまうな。


「ワシからすればケルヴィンらを推したいところであるが、それでは此奴らが納得しないものでな。是非とも此奴らに実力を示して貰いたいのだ。実際の試合形式で、な」


 獣王は模擬剣ではなく、本物の剣を俺の前に出してそう宣言する。 ……格好は本気のように見えるが、俺にだけ見える角度で獣王の口は微かに笑っていた。ああ、早々に決めちまえってことか。しかし、ここまで結果の見えた試合をしてもなぁ。 ―――そうだな、リュカにはここで満足してもらうか。


「試合のルールはこうだ。会場には多種多様な武器防具が用意されていてな、試合中は事前に選んだそれを装備してもらうぞ。どれも品質は同じだ、好きな得物を選ぶといい。そしてここからがガウン総合闘技場の特徴でな、魔法の使用は禁止だ。己の肉体のみで戦ってもらう。持っていれば固有スキルは使用しても構わない」

「それは魔導士には厳しいルールですね」

「お主、召喚士だろうが。サバトが言っておったぞ。あとトラージのツバキが目の色を変えていたな。どちらにせよ前衛として戦う職業ではないんだが、だからこそケルヴィンは面白いのだ」


 そう言えば召喚士であることはトライセンとの戦いでばらしてしまっていた。そりゃあそこまで盛大に召還術を使っていればね…… まあ今更である。各国からの勧誘は冒険者ギルドでシャットアウト、それを無視して直接勧誘に来るのもツバキ様くらいなものだ。あの人もなかなか肝が据わっている。


「これから試合に準じたルールでこの4人と戦ってもらい、勝利した数だけケルヴィンらに出場枠を譲ろうと思う。どうだ、やってみないか?」


 そんなことを本人達の前で言わないで下さいよ。めっちゃ目が血走ってますから。でも折角のご好意なんで利用しちゃう。


「……私からも提案なのですが、こちらは1人で4人抜きしても良いのでしょうか?」

「ほう!」

「客人よ! 何者かは知らぬが、あまりにガウンを舐め過ぎではないかっ!?」

「我らとて兵を束ねる者っ! そこらの一兵卒と一緒にすると痛い目を見るぞ!」


 俺の提案に獣王は興味津々といった感じだが、それに反してガウンの兵士達は激昂してしまった。いや、そんなことよりもこの兵隊さん達、俺のこと知らないっぽい? もしや―――


「ふんふふ~ん♪」


 明後日の方向を向いて陽気に鼻を鳴らす獣王。間違いない、この人わざと俺らのことを知らせてないな。兵士達もさっきから名前呼んでるんだから気付いてほしいものだが。サバト並みに脳筋、いや、まだ俺がそれほど有名でないと言うことだろうか。


「ふはは、まあ良いではないか。しかし、それでは他の戦わぬ者の力が試せないな」

「それなら私のパーティで一番弱い者を出しますので、その者が4連勝すれば出場枠を4つ頂ける、というのはどうでしょうか? 確認が必要であれば大会に参加する者達も戦わせますが」

「き、貴様っ……!」

「後悔しても知らんぞ!」


 別に煽っている訳ではないのだが、俺の言葉は効果覿面なようで獣人達の顔は真赤に染まっている。


「いや、確認は不要だ。ケルヴィンを信用しよう。して、誰が代表して戦うのだ?」

「そうですね…… リュカ、頼めるか?」

「ちょっ、お、王!?」


 前述の通り、ここはリュカにやってもらおう。今のリュカなら勝機も十分だ。ジェラール、少し黙りなさい。


「えっ、私一番弱かったの!? シュトラちゃんよりは強いよっ!?」

「ちょ、ちょっとリュカちゃん!? 私は頭脳派だもんっ!」


 そこがショックなのか…… そしてシュトラと比較してどうする。第一シュトラはパーティに入れていないだろうが。うちのパーティで最も弱いのはリュカとエリィだ。どちらも力量は同じくらいであるが、エリィは魔法寄りにスキルを割り振っている。このルールでは相性が悪いのだ。獣王祭に出場させることはできないが、やる気はあることだしここはリュカに任せてみたい。リオンやジェラールと一緒になって特訓していることも知っているしな。


「まあそう言うな。リュカの力を信頼しているから任せるんだ。そうだ、もし勝てたら俺が愛用してるミスリルダガーをご褒美にあげよう。最近再強化したばかりのA級品だぞー。どうだ?」


 ミスリルダガーを取り出してリュカの前でチラつかせる。丁度あいつの打ち直しが終わって、使い道に困っていた短剣だ。クロトの保管で腐らせるのも勿体ないし、リュカに使わせた方がこいつも喜ぶだろう。


「えっ、ご主人様の!? やるっ、私やるっ! 包丁としても切れ味良さそう!」

「いや、料理には使わないでくれれば助かるんだが」


 一応、武器として結構な血を吸っている短剣なんで…… 今度リュカ用の包丁を作ってやらねば。


「はい! ケルヴィン邸の見習いメイド、リュカが挑戦します!」


 リュカは意気揚々と訓練場に足を踏み入れる。強面の獣人に臆している様子は全くない。しかし―――


「王よ、マジで大丈夫!? 本当にリュカ無事に戻って来る!? エリィよ、お主も何か言ってやるのじゃ! エフィルよ、危なくなったら敵兵を撃ち殺して!」

「ジェ、ジェラール様、落ち着いて……! 大丈夫、大丈夫ですから。それに敵兵じゃないですから」


 それ以上に俺の後ろでジェラールが動揺していた。

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