第192話 獣国ガウン

 ―――パーズ冒険者ギルド・地下


 ガウンへ出発する当日、俺たちはアンジェの案内で転移門が設置されたギルドの地下室に下りて来た。転移門を使用する前に管理者であるギルド長のリオに一声かけたいところだったのだが、結局あれからリオはパーズへ帰って来ていないようなのだ。アンジェ曰く、各国の橋渡し役として出張が長引いているとのこと。ギルド長とはかくも忙しいものである。


「今更だけど、皆忘れ物はないなー?」

「クロトの保管に全部入ってるから忘れようがないよ、ご主人様!」


 リュカが元気に両手を挙げて返答する。私は何も持ってないよアピールか。まあ俺を含む他全員もほぼ手ぶらなんだけどさ。旅行と言えばその期間に応じて荷物が膨らむものであるが、無尽蔵かつ整理能力も万端な保管スキルを持つクロトがいれば話は別なのだ。


「熊さんのヌイグルミ、持った!」


 これ見よがしとばかりにシュトラがヌイグルミを掲げる。オーソドックスなデザインの栗毛色の熊さんである。よし、これでシュトラの安眠は確保できたな!


「ケルヴィンのところも随分と大所帯になったね~」


 わいわいと旅先で何をするかと談笑する仲間達を見ながらアンジェが話し掛けてきた。確かに始まりは俺とメルフィーナだけだったからな。それからクロトが仲間になり、ジェラールと契約し――― 本当に賑やかになったものだ。


「ああ、自分でも驚いているよ。 ……で、何でアンジェはいつもの制服じゃなくて私服なんだ? 仕事中だろ?」


 なぜか大きなバッグを肩に掛けているし。俺らよりもよっぽど旅行に行く格好である。


「あれ、言ってなかったっけ? 命名式にはパーズギルドの代表として私も行くよ。周りの目を気にする必要もないから今は非番モード! ……あっちに行ったら仕事で抜けることもあるんだけどね」

「初耳だよ。言ってくれれば良かったのに」


 旅行の面子が増えることは良いことなんだけどさ。これを機にシュトラとも仲良くなってくれれば尚良い。


「あはは、ごめんごめん。ま、そう言うことで命名式に関しては任せてよ」


 アンジェは手をひらひらさせながら誤魔化し、転移門前の台座に向かって行った。


「……これだけ恋人がいるんなら、私が混じっても何の問題もないよね? むしろ自然だよね? よーし、頑張るぞ」


 そんな呟きを残して。耳が良いのも考えものだな。意図せず声を拾ってしまう。それにしても意外だ、アンジェがそんなに旅行に行きたがっていたなんて。今度機会があればこっちから誘ってみようか。



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 ―――ガウン・神霊樹の城


 転移門が放つ光を通り過ぎた先、まず目に入ったのは樹で覆われたような中規模の部屋と獣人の屈強な衛兵達。そして――― ドレスを纏ったゴマの姿であった。


「ケルヴィン様、お待ちしておりました。ガウンを代表して皆様を歓迎致します」


 お姫様のように一礼するゴマ。っと言うより本当にガウンのお姫様なんだが、今まで冒険者としての彼女の姿に見慣れてしまったせいか新鮮な印象を受けてしまう。


「お久しぶりです。ゴマ、姫?」

「ふふ、今まで通りゴマでいいですよ。ケルヴィン様?」


 先ほどまでの気品ある仕草とは打って変わって、前にかがみ悪戯をしたかのように舌を少し見せるゴマ。ドレスなので胸元がきわどい。これは男として凝視せざるを得ない。 ……気のせいだろうか? いつものゴマより色っぽく感じるぞ。


『ケルにい、何だかゴマさんっぽくない気がするんだけど……』

『奇遇だな妹よ。俺もちょうどそう思っていたところだ』


 どうやらリオンもこのゴマに違和感を感じたようだ。そんな念話を俺たちがしていると、ドドド! っと地を揺るがしながら大きな音がこの部屋に徐々に近づいて来た。


「父ーさぁーんんー!」


 震源の正体が凄い形相で部屋に飛び込んで来る。俺たちがよく知る方のゴマだ。冒険者姿ではないものの、可能な限り王族風の衣服を軽装にしたような格好をしている。瓜二つのゴマが2人――― 俺の鑑定眼でステータスを見ても全く同じ数値とスキル構成だ。怒りのゴマの台詞で合点がいったが、そう言えばそこまで真似るマジックアイテムだったな。


「何やってるんですかぁー!」


 勢いのまま繰り出される鉄拳。それを見て直感的に感じてしまう。ああ、これがゴマだよな、と。相変わらず腰の入った見事なフォームである。あの拳に何人のサバトが沈んだことか……


 ―――パシン。


 だが、不可避を誇っていたはずのゴマの鉄拳はドレスゴマに受け止められてしまった。それも片手で、完全に威力を殺される形で、更には俺だけに見えるようパンチラのサービス付きだ。ドレスを着衣しているとは思えないほどの俊敏な動きは、それだけで只者じゃないことを物語っている。


「あら、大変だわ! 私の影武者が謀反を起こしたわ!」

「何が謀反ですか! この場合、影武者は父さん…… ああ、もう! 紛らわしい!」

「うふふ、時間に遅れる貴方が悪いのよ」

「うっさい! 私やサバトも時間に間に合うよう準備していたのに、嘘の時間を教えたのは父さんでしょうが!」


 会話中も続けられる当たらない鉄拳制裁。ここまでやられては皆トリックを理解したことだろう。王族を護衛する兵士達も「またか」と言った表情で動こうとしていないしな。


「あの、獣王。もう何となく状況が読めましたので、そろそろ話を進めて頂いても?」

「何だ、もうワシの変装を見破っていたのか。流石はS級冒険者だな」


 ドレスゴマ、もとい獣王はこちらに感心するような表情を向けると、ギュンと一瞬で本物ゴマから距離をとった。ゴマもこれ以上は無駄であると悟ったのだろう。構えを解いて俺たちの方へと進んで来る。


「……皆さん。申し訳ないのですが、あの私の姿は見なかったことにして下さい。できれば記憶から抹消して頂きたいです」

「う、うん」


 獣王の変装を恥とばかりに赤面するゴマ。国宝であるマジックアイテムを使った獣王の変装は完璧に対象を真似ると聞く。中身は獣王であれど外見はゴマなのだ。つまりは先ほどの胸チラやパンチラも本物と遜色ないのだ。安心しろゴマ、お前の勇姿は俺の記憶にしっかりと書き込んでおく。


「ゴマよ、少しは女らしさを身に付けてはどうだ? ほれ、ケルヴィンの嫁達を見てみろ。これでは天地の差、トラージ風に言えば月とスッポンであるぞ?」

「ダンジョンに放り込むような教育方針をしておいて、どの口がほざきますか……!」

「む、懐かしいな。よくゴマやサバトが一緒に放り込んだキルトを背負って戻って来たものであったな。その勇猛さが少しでもキルトにもあれば―――」

「あのう……」


 興味深い話ではあるが、終わりそうにないので無理矢理割り込む。


「おっと、重ねて済まないな。どうも子供達と話し出すと話題が尽きなくて困る。ここはガウン一の巨木である神霊樹の城の一室だ。この部屋には窓も何もないからな。どれ、我らが誇るガウンの街並みを見せてやろう。付いて参れ」

「はあ…… ケルヴィンさん、昨日から父さん城を案内するって張り切っていまして。申し訳ないのだけれど、付き合って頂いても?」

「ああ、それは光栄だし一向に構わないんだけど…… 獣王、いつまであの格好なの?」

「……娘の私も数年くらい本物の姿を見てないのです。非常に不服だけど、今日はあの格好で通すと思います。基本日替わりで変装する姿が変わっていく感じかしら?」

「それは油断ならないな」

「ええ、とっても!」


 やけにゴマの言葉尻が強い。それにしてもサバトやゴマは日々この獣王に鍛えられていたのか。そりゃ心身共に強くなる訳だ。


「おーい、早く来い! ―――キルトにゴマの秘密、喋っちゃうぞ♪」

「ケルヴィンさん、早く行ってあげて!」


 これはゴマ達にとっては冒険者として旅に出た方が楽かもしれん。

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