第191話 慰安旅行

 ―――精霊歌亭・酒場


 あれから数日が経過し、ガウンで行われる命名式の日が近づいてきた。以前ガウンに行ったのはエルフの里を防衛しに向かった時だったか。あの時は結局パーズに直帰してしまったから、首都を訪れるのはこれが初めてとなる。獣人の国と言うくらいだ。エルフの里のように、さぞ緑溢れる街なのだろう。旅のガイドブックにもそう書いてあったし。


「何だい、明日にはもうガウンに出発しちまうのかい? この前帰って来たばかりじゃないか」

「出発と言っても転移門を使って一瞬ですよ。何かあれば直ぐに戻って来れます。ゆっくり観光もしたいですしね。あ、お土産何がいいですか?」

「そんなに気を使ってくれなくてもいいんだけどねぇ。ガウンのお土産…… とくればやっぱり肉だね。あそこは冒険者の他にも狩人が多いから種類が豊富なんさね。エフィルちゃんが目利きした珍しい肉があれば嬉しいよ」

「珍しいお肉、ですか? 頑張ります」


 俺はエフィルと非番だったリュカを連れて精霊歌亭にお邪魔している。明日ガウンに向かうとクレアさんに挨拶をしに来たのだ。忙しいであろうピークの時間は外しているので客は疎らであったが、運がいいことにいつも宿を留守にしているウルドさんが一緒だ。


「そこまで気負うことはねぇよ。エフィルが選んでくれりゃあ、俺たちは何でも大喜びよ!」

「アンタはまた適当なんだから。でもまあ、その通りなんだけどさ」


 今日は冒険者稼業が休みのようで、俺たちが酒場を訪れるとウルドさんは真昼間からエールを煽っていた。かなりの本数を空けているようだが、ウルドさんはジェラール並に酒が強い。少しテンションが高いくらいで見た目は素面とまったく変わらない。


「あーあ、ご主人様たちまた出掛けちゃうのかぁ……」


 酒場のカウンター越しにクレアさんが出してくれたサービスのジュースを一口飲むと、リュカが気分の沈んだ様子で溜息を吐く。


「ご主人様にメイド長、今度はいつ帰って来るの?」

「屋敷で何か問題が起こらない限りは数週間は空ける予定かな――― ああ、そうか。リュカとエリィには屋敷の留守を任せてばかりだったからな」

「………」


 寂しげなリュカの雰囲気に自ずと悟ってしまう。ガウンへ出発するとなれば、うちの預かりとなっているシュトラも責任を持って連れて行くこととなる。だとすればシュトラの護衛役としてメイドを続けているロザリアとフーバーもまた然り。屋敷にはリュカとエリィ、その他大勢のゴーレムしか残らないのだ。折角一緒に遊ぶようになるまで、シュトラと仲良くなったと言うのに。それがまだ幼く、遊び盛りな年頃のリュカにはとても寂しく感じられるのだろう。


「リュカ、気持ちは分かりますが―――」

「―――いや、いつもいつも留守番じゃ使用人として遣り甲斐がなくなるのも当然だ。たまには息抜きも必要、か……」

「ご主人様?」


 適当な理由を並べてリュカとエリィを屋敷から連れ出す口実を考える。唸れ、俺の並列思考!


 ちなみにここでは関係ない話ではあるが、デラミスの勇者である雅から悪食の篭手スキルイーターで拝借した『並列思考』は今や俺の固有スキルとして確立している。長期に渡って書き換えることなく使用していた影響か、魔人への進化を境に借物ではなく本物へと移行したのだ。お陰で悪食の篭手スキルイーターは両手のスロットが空き、戦略も広まると良いこと尽くしである。こんなこともあるんだね。関係のない話、終わり。


「……そうだ。この機会に慰安旅行をしよう」

「慰安?」

「旅行?」


 俺の思考のひとつが時間稼ぎをしていたところで、パッとひとつのアイデアが浮かび上がった。


「そう、慰安旅行だ。屋敷はゴーレム達が警備してることだし、数週間くらい任せても大丈夫だろ。使用人を全員連れてガウンへ遊びに行こう。日頃の頑張りを労うことも雇い主として必要なことだよな。うん!」

「ほ、本当!? 私もご主人様やジェラールお爺ちゃんと一緒に行っていいの!?」


 椅子に座っていたリュカが飛び跳ねる。


「ご主人様、よろしいのですか?」

「いいのいいの。命名式だってそれなりに使用人を連れて行った方が箔がつくってもんだ」


 命名式たるものが一体どんなものかは知ったところではないが。アンジェからの説明もまだなかったからな。まあ何とかなるだろ。むしろこの場合、命名式がオマケだ。


「わ~い♪ あ、お母さんにも知らせなきゃ! それでそれで、持って行くものの準備をして…… シュトラちゃんはお人形さんがないと眠れないから…… ご主人様、私先に帰ってるね!」

「ああ、気をつけて――― って、もういないか」


 リュカめ、『経験値共有化』で一気にレベルを上げたのもあって腕を上げたな。いや、脚力を上げたかな?


「気のせいか、リュカちゃんが一瞬で消えたように見えたんだが…… おかしいな、飲み過ぎたか?」

「何言ってんだい。アンタもいい歳なんだから酒はその辺にしておきな!」

「そ、そうだな。明日も早いし……」


 疲れたように目を押さえるウルドさんをクレアさんが叱咤する。皿洗いをしていた為かクレアさんはリュカを見ていなかったようだ。しかし、遂にはリュカもB級冒険者であるウルドさんを凌駕するようになったか。最近はジェラールとの特訓で剣の斬撃も少しは飛ばせるようになったみたいだし、なかなか心強いメイドになったものである。もう見習いは卒業かな。


「ご主人様、ありがとうございます。本来でしたら使用人を統括する私が気を回すべきところを…… リュカだけでなくエリィも喜ぶと思います」

「俺がそうしたいと思っただけだよ。リオンやシュトラもその方が楽しいだろ」

「くすっ、そうですね」


 そうと決まれば俺も本格的に計画を立てなければならないな。ガウンの名所やグルメの情報収集はある程度済んでいる。しかしセラやメルフィーナ達とあーだこーだとプランを練ってはいたが、結構曖昧なままだった。ダハクは肉を食えないし、ムドファラクはスイーツを所望するしと食べ物だけをとっても考えることが多いのだ。 ……むしろ自由行動の方がいいか? しかし人型に未だなれないボガとムドファラクを野放しにするのも問題であって―――


「よく分からんが凄い集中力だな、ケルヴィン」

「―――クレアさん、ウルドさん。俺たちもそろそろ失礼します」

「おや、もう行くのかい?」

「ええ、もう一度練り直さないとならなくなりましたので。お土産楽しみにしていてください」

「まあ適当に頼んだよ。持ってきたそれで美味い料理でも食べさせてあげるからさ」

「それじゃ誰のお土産だか分からないでしょ。でもそれならエフィルには目利きを頑張って貰わないといけないな」

「ははっ。違いねぇ!」


 一頻り談笑したところで俺とエフィルは精霊歌亭を後にする。その後はエフィルと簡単な買い物をし、屋敷へ直行だ。


「……エフィル、門の前に冥帝騎士王らしき鎧が見えるんだが、気のせいだろうか?」

「いえ、間違いなくジェラールさんです」


 門番をするトゥーとスリーの間に大きな影が蹲っているのを発見してしまう。心なしかトゥーとスリーも困っているようだ。


「……ジェラール、そんなところで何してるんだ? 通行の邪魔―――」

「王よ、王よぉ! リュカが一緒とは真かの!? 一生貴方の下で尽力致しましょうぞぉ!」


 ジェラールが片膝をついて錯乱した様子で俺に礼を言ってきた。同時に忠誠心が高まった気がする。お前、どんだけリュカが付いて来ることに浮かれているんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る