第189話 家名

 ―――ケルヴィン邸・食堂


 クレイワームの通り道に赴き、一際大きな空洞を発見した俺たち。大小多数のクレイワームが蠢く中を駆逐しながら歩を進めると、ちょうどダンジョンの通路ほどの横幅を持つ長大なクレイワームがいたのでぱぱっと片付ける。サイズから考えてこいつがこのダンジョンを掘り進めたんだろうな。何時もの様に倒した獲物の死骸はクロトの保管に収納、何かに使える可能性があるかもしれないしね。マザークレイワームを討伐した俺とセラは2人だけの時間を楽しみながら昼前に屋敷へ帰宅。途中でアンジェに報告して報奨金も受け取り済みだ。報奨金を受け取った際、発見者であるヒースとモイが何とも言えない微妙な表情をしていたのが印象的であった。以上が俺とセラのお散歩デートの記録である。とまあ甘いひと時の記録はさて置き、今は別のことを考えねばならない。


「さて、皆揃ったかな? 今日は重大発表があります」


 屋敷の食堂に全員を集合させたのは帰って直ぐのことだ。一同は席に着き、エフィルを筆頭とするメイド5名が部屋の壁を背にして控えている。こうしてメイド達が並ぶのを見ると、なかなか感慨深いものがあるな。屋敷を購入したばかりの頃はエフィル1人であったのが、今や5人だ。ロザリアやフーバーは臨時の派遣社員みたいな立ち位置ではあるんだが…… 日本基準で福利厚生はしっかりしているので、可能であればずっと屋敷で働いてもらいたいものである。


『ゴァゴァ』

『グォン!』


 ボガとムドファラクは俺の魔力内だが、全員集合には違いない。違いないったら違いない。


「おお、王よ! 遂に結婚を決意されたか!」

「マジッスか!? 兄貴、おめでとうございます! 今日はセラ姐さんとやけに仲睦まじいと思ったら、そういうことだったんスね!」


 何を勘違いしたのかジェラールとダハクが話を違う方向へと捻じ曲げ始めた。エフィルの耳がピクンと反応し、メルフィーナの顔から一瞬微笑みが消える。「あれ、私何も聞いてないんですけど?」みたいな言葉が脳裏に浮かび上がった。やばい、この話題はやばい。エフィル、セラ、メルフィーナの3人と同時にお付き合いすることを各々から許しを得ている身ではあるが、結婚とはまた別次元の話なのだ。抜け駆けして誰かとだけ先にするなんて道に背いた行為は許されない。エフィルは許しても神が許さない。セラに関しては頭に疑問符を浮かべて首をかしげている。こっちはこっちで「あれ、私何か言われたっけ?」みたいなことを考えているに違いない。


「ロザリア、冷気を出さないでくださいよ。寒いです」

「出してませんよ。これはその、察しなさい」

「ねえ、ロザリア。誰と誰が結婚するの?」

 

 そこのトライセン勢、自重してくれ! どんどん室温下がってきてるから!


「……勘違いしないように。全く別の話だよ」


 努めて冷静に、言葉を詰まらせずに否定する。声が裏返りそうになるほど緊張したが、俺のスキル『胆力』先生は見事この苦境を打ち破ってくれた。


「あはは、ジェラじいもハクちゃんもせっかちなんだからー。ケルにいが結婚するときは皆一緒に決まってるじゃない」


 すかさずリオンがフォローを入れ、俺にウインクを送ってきた。リオン、お前はどれだけできる妹なんだ。お兄ちゃん、優しさで泣いちゃいそう…… リオンの後ろ盾もあってか、エフィルはホッとしたように耳を下げ、メルフィーナも早とちりしたことを恥じているのか顔を赤くしている。修羅場は脱したようだ。


「改めて本題なんだが―――」


 俺は獣国ガウンにて命名式が開催されること、それに伴い我が家の家名となるファミリーネームを考えなければならないこと説明する。


「そう言えばS級冒険者にはそのような特典もありましたね。あなた様、もう候補となる名前は考えているのですか?」

「いや、それがまだ全然…… これだけ人数がいれば良いアイデアも浮かぶと思ってさ、今回はそれで集まってもらったんだ。エリィ達も立場を気にせず発言してくれたら嬉しい」


 クロトのときは何とか捻り出したものであるが、自慢じゃないが俺にネーミングセンスは期待できない。日本の名前ならまだしも横文字なのである。ましてや俺だけでなく妹のリオン、そして将来を共にするメルフィーナ達にも関わる問題なのだ。俺だけでポンと答えを出してしまうのは早計だろう。ここは皆で相談したい。クロトの保管から黒板を取り出し、字の上手いエフィルに書記をお願いする。


「ファミリーネームッスか。竜にはそんな文化ねぇからなぁ……」

「改めて考えると難しいものですね。料理の名前でしたら気軽に付けられるのですが、そうもいきませんよね」


 知恵を出し合うがなかなか案は出てこない。自分の子に名前を付けるとはこういった心境なのだろうか? ちょっと違う気もするが、決定に至るまでの難解さでは負けていないと思う。しかし、ここで自ら挙手する者が現れた。


「王よ、いいかの?」


 ジェラールである。やけに自信満々だ。そうか、経験豊富なジェラールであればきっと名付けをしたこともあるのだろう。これは期待できる!


「……マゴスキーとか、どうじゃろう?」

「ロシア人か! お前の嗜好だらけじゃないか!」


 そして何で今日一番の渋い良い声なんだよ! だが意見は意見、エフィルに一応の候補として一覧に記してもらう。


「ぷっ、くく……! あなた様、ロ、ロシア人って……!」


 メルフィーナが笑いを堪えながら悶絶している。今のツッコミが女神様のツボに入ったようだ。 ……今ので!? 当然ながらメルフィーナとリオンを除く皆はロシア人を知らないので、ツッコミの意味を理解できないでいる。理解できてもそこまで笑う要素があったのか謎だ。


「ケルヴィン! はいはい!」

「次はセラか。どうぞ」

「バアルはどう? 私の出身地では由緒正しいファミリーネームなのよ!」

「バアルか。よしエフィル、候補に入れてくれ」

「承知致しました」


 1つ目がジェラールのマゴスキーだったのでこのまま色物が続くのかと心配してしまったが、まともな案が出てきて安心したよ。それにしてもセラの出身地か、どんなところなんだろうか?


「あ、ご主人様! 私もいっこ思い付いたんだけど―――」


 それからはセラの意見を皮切りに、様々な意見が皆から出始めることとなった。三人寄れば文殊の知恵、更に集まれば無数の案。最終的には黒板に書き切れぬ数の家名候補がそこに並ぶこととなり、1人1票を投じて多数決で決めることに決定した。


「―――集計が終了致しました。それでは最も票を集めたファミリーネームを発表致します」


 書記から集計係にクラスチェンジしたエフィルが一枚の紙を持ち、皆の前に立つ。いつも賑やかな食堂はシンと静まり返り、今か今かとエフィルの次の言葉を待ちわびる。


「栄えあるご主人様とリオンの家名となりましたのは、8票を獲得したリオン様の案『セルシウス』です!」

「「「おー!」」」


 おお、リオンの案に決まったか。かく言う俺もこの案に投票したんだけどね。だって普通に格好良いじゃないか。ケルヴィン・セルシウスとリオン・セルシウス――― うん、良いな!


「それでは発案者のリオン様に一言頂戴したいと思います。リオン様、この度はおめでとうございます。どうしてこのお名前にされたのでしょうか?」

「ええっと、ありがとうございます。ケルにいの名前を考えていたらふと思い付いて……」

「成る程、兄を想う気持ちがこのお名前に結び付いたということですね。感銘を受けました……!」


 うう、リオンの気持ちが伝わってくるようだ。泣いていい? 泣いていいよね?


「……あ、あのう、本当にこれで良かったのかなぁ?」

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