第188話 母なるもの
―――ケルヴィン邸・ダハク農園
得物を手に持ち、標的目掛けて引き裂いていく。ただ斬ればいい訳ではない。より速く、より正確に、より鋭く、何十、何百、何千と。度重なる試行錯誤の果てに行き着くは、研磨され尽くし完成した究極の型。遂に俺は辿り着いたのだ、この神の領域に―――
「す、凄ぇ…… ケルヴィンの兄貴、やっぱりただもんじゃねーよ!」
俺の動きを見ていたダハクからも感嘆の声が上がる。それも当然のことかもしれない。常人であれば俺の姿を目で追うこともできず、ただただ的が切り伏せられていくように見えるのだから。さながら今の俺は風の刃といったところか。
「兄貴、その技を俺にも教えてくれないッスか!?」
「……生半可な覚悟なら止めておけ。怪我じゃ済まないぞ」
「俺の根性を舐めないでくれっ! 絶対に諦めねぇ!」
「ふっ、言うじゃないか。ダハク、俺のスピードに振り落とされんなよ!」
「おうっ!」
俺の後にダハクが続き、フィールドは更に熱さを増していく。さあ、お前の根性とやらを見せてもらおうか。丁寧に教えることなどはしない、見て学ぶんだ。その観察眼がやがてお前の血となり肉となる。己の限界に打ち勝ち、俺の奥義を奪って見せろ、ダハク!
「……何してるの?」
俺たちが最高潮のトランス状態になったとき、ふとセラの声が聞こえてきた。振り返ると寝間着姿に上着を一枚羽織った格好のセラが見えた。俺やダハクは激しい動きを繰り返した為に汗だくだが、まだまだこの時間帯は冷え込むからな。
「「草刈り(ッス)」」
朝一の運動は気持ちいいッスね。
「その割には凄い気迫だったわね」
「それが姐さん聞いてくださいよ! ケルヴィンの兄貴の雑草刈りのテクが半端ないんス! 草刈鎌がまるで名剣のようッスよ!」
朝日が漸くお出ましになろうとしている最中、草刈鎌を片手に俺とダハクは農園の草刈りをしていた。頭には麦藁帽子、肩にはタオルと完全に農作業スタイルである。俺の持つ『鎌術』スキルはどうやら武器として使う以外にも用途があったらしく、いや、もしかしたらこちらが本来の使い道なのかもしれないが、兎も角その道の玄人であるダハク以上に華麗な草刈りができる結果となったのだ。
いつもより早く目覚めてしまった俺は手洗い場に行こうとしていたのだが、裏庭の農園で早朝からダハクが畑仕事に勤しんでいるのを発見。よう、と軽い気持ちで声を掛け、気紛れから始まったこの草刈りであったが、やってみれば楽しいものでついつい熱中してしまい、気が付けばS級のこのスキルをフルに使いこなすまでに至ってしまう。そして尊敬の眼差しを向けてくるダハク、といった流れだ。それにつれられてテンションがハイになってしまい、少々変な言動になっていた気もするが…… 気のせいだろう!
「ふーん? まあ、よく分からないけどケルヴィンなら当然よね! もっと褒めてあげて!」
「そうッス! 流石ッスよ、兄貴! マジで感動もんでしたわ!」
「お、おう、ありがとう……」
あまり褒めないでくれ、逆に俺が冷静になってしまう。すんません、やっぱりかなり痛い振る舞いをしていました。これは早急に話題を変えなければ……!
「ところでセラ姐さんはどうしたんスか? 兄貴に用事でも?」
ナイスだ、我が弟子! 心の中でダハクに対する評価が上昇する。
「用事って訳でもないんだけど、起きたらケルヴィンの姿がなかったから気になっちゃって」
おっと、そろそろエフィルが起こしに来る時間だったか。そこそこに戻ろうと思っていたんだが、夢中で時間も忘れてしまっていた。
「あとメルがベッドじゃなくて部屋の床で眠っていたわよ。扉に向かって這うような姿勢で」
「床で? 変だな、寝相は悪いが絶対にベッドから落ちることはなかったのに」
「寝言であなた様って連呼してたわよ。ケルヴィン、メルに何か言ったんじゃない? ケルヴィンを追おうとしているような感じだったし」
俺がか? 特に変なことは何も―――
(―――あなた様、明日からは一緒に起きて一緒に寝ましょう!)
「……あ」
まさかメルの奴、あの約束を守ろうとして? まどろみの中、睡魔と抗いながら俺と一緒に起きようとしていてくれたのか。
「心当たりがあるんじゃない。まあ安心しなさい! 私がちゃんとメルをベッドまで運んであげたから! 表情もサッパリして熟睡してたわ!」
えっへん! とセラが腰に手を当てる。決死のメルも二度目のベッドの温もりには抗えなかったようだ。しかし意思の表れとしてメルがここまでやろうとしてくれたのは素直に嬉しい。
「そうか…… 後でメルに美味いもんでも食わせてやらないとな」
「でしょ! ……ってメルの方!?」
私は!? とセラがオーバーリアクションで返してくる。
「分かってるって。セラもメルを運んでくれてありがとうな。セラは今日何かしたいことがあるか? 俺で良かったら付き合うぞ?」
「なら、朝食の後で一緒に街へ行きましょ! たまには二人きりで遊びたいもの♪」
デートのお誘いである。勿論即刻OKである。
「ふんふん、これがプリティアちゃんから伝授されたセラ姐さんの押しの強さか……」
どこから取り出したのか、ダハクが『プリティアちゃん攻略の~と(極秘)』と書かれたメモ帳にガリガリと何やら書き込みまくっている。何がメモされているかは深く考えないでおいた。
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―――パーズ冒険者ギルド・受付カウンター
「―――ってことで、近くに手頃で適度に緊張感のあるダンジョンってないかしら? A級の上位かS級くらいが望ましいわね。あ、討伐モンスターでもいいわよ」
「セラさん、前にもお伝えしましたよね? 最高難度の依頼やダンジョンはそんなにポンポン出てこないですって。それ以前にデートの内容じゃないですよ、それ!」
「えー、だって前は出たわよ?」
セラとアンジェが受付カウンター越しに口論している。街でのデートにて一時間が経とうとしていた頃、ちょうど冒険者ギルドの前を通り掛った俺たちは挨拶がてらにアンジェに会いに来たのだ。リオにも一言挨拶したかったんだが、まだパーズには帰って来ていないらしい。アンジェは仕事モードであったが何時もと変わらぬ笑顔で出迎えてくれた、この時点では。折角だから依頼でも見ていくかと適度なものを見繕ってもらい、その一覧を見ていたところだったのだが―――
「最高でもC級の依頼までしかないわ…… 本当にこれだけ?」
「ええ。ケルヴィンが魔王を倒してくれた影響で凶暴なモンスターが出現しなくなりましたからね。この周辺で残っていた高難度の討伐依頼も竜騎傭兵団や連合の皆さんが一掃してくれましたし、今ある依頼は元々のパーズ周辺レベルのものしかないんですよ」
「パーズのレベルって言うと……?」
「難度が高いものでもB級C級が精々です。後は以前に発見された『傀儡の社』くらいなものですね」
「「………」」
「えっと、ケルヴィン? セラさん?」
「生き辛い世の中になったもんだな……」
「そうね……」
「平和で良い世の中になったんです!」
「アンジェ、素直に吐きなさい。本当に、本当にこれだけなの?」
とまあこの話が発展して今に至る。今までA級S級の討伐対象が出ていただけに、セラも負けず嫌いだからなー。
「セラ、そろそろ諦めろ。今はなくともその内出てくるさ」
「でも、折角ケルヴィンが進化したのよ。それなりの相手じゃないとつまらないでしょ?」
「気持ちは嬉しいけど急いでる訳じゃないからいいの。アンジェ、忙しいところ悪かったな」
「あ、ケルヴィン、ちょっと待ってください」
「ん?」
セラを連れてギルドを出ようとすると、アンジェが小走りにこちらへやって来た。
「さっきの依頼とは別件なんですが、これを知らせたくって」
アンジェより一枚の紙を渡される。
「これは…… 獣国ガウンにて命名式を開催?」
「S級に昇格したらファミリーネームを名乗れるって話を覚えていますか? その式典がガウンにて近々開催されるんです。ちょうど良い機会ですし、参加されてはどうかと思いまして」
言われて見ればそんな特典があった。昇格式以降はトライセン関連で一杯一杯だったからな。
「ケルヴィンはガウンの獣王様と知り合いですし、名乗りたいファミリーネームを申請すれば直ぐに対応してくれると思いますよ。もう考えているのなら私が手続きしてしまいますが」
「いや、まだ全然考えていなかったんだ。ちょっと考えてからでも大丈夫かな?」
「期間に余裕があるから大丈夫ですよ。決まったら教えてくださいね」
これは俺一人では決めれないな。一度皆を集めよう。
「「た、大変だー!」」
再度俺らがギルドを出ようとするとバンと扉が勢い良く開かれる。そして倒れ込むようにギルドの中に入る冒険者のヒースとモイ。なぜかセラがピクリといち早く反応した。
「『クレイワームの通り道』の主、マザークレイワームが目覚めたぁ!」
「な、何だって!? あのA級ボスモンスターの!?」
そんな感じで周囲の冒険者が騒ぎ始める。
「アンジェ、この依頼受けるわねっ!」
「えっ? あ、はい……」
周囲など関係ないとばかりに手馴れた様子でアンジェから依頼を受けるセラ。これが幸運2000オーバーの恩恵なんだろうか? ちなみにマザークレイワームは俺とセラで散歩がてらに討伐してきた。
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