第187話 神の前任者

 ―――ケルヴィン邸・庭園


「前任の神って、確か何か良からぬことをしようとして神を降ろされたっていう…… それがエレアリス?」

「ええ。具体的には神柱をンッ…… あら?」


 メルフィーナが話の途中で口をつぐんでしまった。本人も意図してなかったようで、少し戸惑っている。


「ああ、そうでした。あなた様、申し訳ありませんがエレアリスが何をしようとしたかはお話することができません。神界に深く関わる案件ですので、『神の束縛』による義体の制限に引っ掛かってしまいます」

「ステータス制限の他にそんな機能もあったのか、それ……」

「ええ、うっかり口にしては大事ですからね。この件については話すことも文章にして書き記すこともできません。私の本体を召喚できれば話は別でしょうが」

「無理言うなよ……」


 それができれば苦労しない。魔人となってMP最大値が一桁おかしい数字となった俺でも、メルフィーナを召喚することは未だできないのだから。神の職業持ちの召喚には基本値の数十倍のMPを消費するのだ。正直まだまだ足りない。歴史上神を召喚した者がいないってのも納得の話だ。


「前任の神の名を出しちゃうのはいいのか?」

「デラミスの資料を調べれば直ぐに分かることですからね。今でこそデラミスは私、メルフィーナを転生神として崇めていますが、昔はエレアリスをその対象にしていましたから」


 まあ、確かに。魔王グスタフは先代が神を務めていた時に倒されたと、以前メルフィーナは言っていた。つまりはエレアリスがその時代の巫女に加護を与え、勇者を召喚させたのだ。時の流れによって崇拝の対象がメルフィーナに移ったとしても、その名が何らかの形で残されていても不思議ではない。


「しかしエレアリスが転生術を使うことはあり得ません」

「何でだ?」

「正確には過去にいた、が正しいからです。以前に一度お伝えしましたが、エレアリスは転生の力を失い、既に消失しています」

「……それじゃあ犯人探しの振り出しに戻るな」


 結局転生術を使えるのはメルフィーナだけになってしまう。しかしクライヴを転生させたのはメルフィーナではない。矛盾してる。


「ええ、ですのでエレアリスは除外されます。ですが問題はここからですよ、あなた様」


 メルフィーナがずいっと俺に顔を寄せる。


「以前、転生の力を手に入れた者がいるかもしれないと私は言いました。それは偶発的に手に入れたのではなく、譲渡された力ではないかと私は睨んでいます。例えばエレアリスが転生の力を失う間際に、己と力を通わせることが可能な人間へと渡したとすれば……」

「……スキルの譲渡なんて、そんなことが可能なのか?」


 ―――ゴクリ。


 口に溜まった唾を飲み込み、メルフィーナと視線を合わす。うとうとと半目で寝てしまいそうだったメルの青き瞳は、今においては完全に覚醒している。緊張を緩めれば直ぐにも吸い込まれてしまいそうだ。


「確証はありませんし、正直なところ私にも分かりません。過去に例がありませんから。ですが誰に渡るよりもそれが最も恐ろしいのです。転生神に最も近しく力を通わせられる人間となれば、おのずと候補は決まってしまいますから」

「力を通わせ、転生の神に最も近しい人間……? 待て、待て待て。それはつまり、メルフィーナで言うところの――― 俺か!?」

「……すみません、あなた様も十分に例外的存在でした。過去に転生神にプロポーズしたのはあなた様が初めてだと思います。歴史的快挙ですね、おめでとうございます」

「ごめんなさい、悪乗りしてしまいました」


 淡々と拍手するメルフィーナの手を謝りながら止める。真面目な話が続いていたからつい冗談を挟んでしまった。しかし、ほんの僅かに口元がにやけてるのは見逃していませんよ、メルフィーナさん?


「それで、その候補を絞った結果どこに行き着くんだ?」

「エレアリスを信仰対象とするデラミスの巫女ならば、或いは……」


 途中から何となく悟ってはいたが、やはり巫女か。確かに俺という特例を除けば転生神の加護と神託を受け、直接対話できていたのもデラミスの巫女だけだった。刀哉みたいな勇者も関わりはあるだろうが、それは最初だけの話。それ以降は会うことも話すこともなく、何をするにしても巫女を介しての伝達。転生神の加護も受けていないのだ。


 しかしクライヴを転生させたのが巫女の先祖であったとしても、それがコレットでなくて良かった。もし力を手に入れた狂信者コレットがそんな状況に陥ったら、自分が狂信するメルフィーナが誰とも知れない奴に成り代わっていたら、何を仕出かすか分かったもんじゃない。下手をしたら世界を救済の名の下に滅ぼしてしまいそうだ。


「どの世代の巫女も傾向として熱狂的な信徒ばかりです。コレットはその中でも特に行き過ぎですが、先代もその先代も似た病を抱えていましたから…… 」

「世界が危ない!」


 冗談ではなく!


「推測の域を出ない話です。無数に散らばる可能性の1つとお考えください。それよりも能力の分からない固有スキルを警戒する方が建設的な気がします。後は日々鍛錬あるのみ! 突き詰めれば力が全てですからね!」

「それ、何時もやってることと変わらないんじゃないか?」

「……そうとも言いますね」


 結局のところ憶測は憶測に過ぎず、俺たちにできるのは今まで通りのことだけ。だがそれが最も良い単純明快な対策法なのかもしれない。絶対的な力を持つ敵に対抗できるのは、絶対的な力だけなのだから。


「そうれっ! 地を走るジェラール号、次はダハク農園に向かうぞいっ! リュカにシュトラ、しっかりと掴まっておれ!」

「あははっ、行け行けお爺ちゃん!」

「リュカちゃん、速い! 速いよぉ! 落ちちゃうよぉ!」


 幼い子供達を乗せた暗黒機関車が俺たちの前を通り過ぎていく。言い換えれば、魔を全面的に押し出す鎧を着た男が二人の幼子を肩に乗せ、走り去っていく。見た目的にはそんな危ない光景。ジェラール、屋敷の敷地内以外ではやらない方がいいぞ。それが嫌なら実体化して鎧脱げ。


「案外、いらぬ心配なのかもしれませんね」

「……だといいんだけどな」


 孫たちと遊ぶお爺ちゃんの素の姿に、俺たちはすっかり緊張を欠いてしまった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――???


 そこは辺り一面が白であった。床も、壁も、何もかも。四方を荘厳な壁が囲っていることから、部屋の体裁を保ってはいる。だがその壁に至るまでの距離感は掴めず、近いようで遠いような、蜃気楼を見せられているような不可思議なもの。神秘的、奇怪――― そんな言葉が似つかわしい。


「今戻ったよー」


 白のみであった空間に、ステップを踏むような足取りで黒き影が現れる。黒フードを深く被り、その者は辺りを見回す。


「お帰りなさい、暗殺者。首尾は如何でしたか?」


 部屋の中央に聳え立つ神殿。部屋の壁と同様の特徴を備えているのだろうか。白き神殿は絶えず揺らぎ、儚い夢のような存在であった。神殿内部には赤子用の小さな寝台が置かれており、外からその中を覗くことはできない。寝台の横に控えるは暗殺者を迎えた声の主。床に触れてしまいそうになるほどに長い銀の髪を靡かせながら、歩みを三歩進める。やがて現れた女の表情は、実子に向ける慈悲に満ちたものであった。


「上々だよ。ほら」


 暗殺者は懐にしまっていた黒の書を掲げる。途端に黒の書は暗殺者の手を離れ浮かび上がり、銀髪の女の手の中へと転移した。


「感謝致します。創造者との行動は疲れたでしょう? あれは昔から変わりませんからね」

「『代行者』のお願いだったし、気にしてないって。それよりも代行者しかいないの? 皆がいないのは何時ものことだけどさ。あ、『守護者』はいるか」


 暗殺者は神殿の屋根部分を凝視する。


「おー、流石暗殺者! 今、運命に打ち勝ったね!」


 やがて暗殺者の視線の先に、ひとりの少女が姿を現した。暗殺者とは対照的な純白の外装を着込み、腰には剣らしき得物を吊り下げている。


「伊達にこんな名を名乗ってないよ。察知索敵では負けられないかな~。それにしても守護者はいつも代行者のそばにいるんだね?」

「あはは、お言葉を返すようだけど私も守護者でしょ? それに代行者とは長い付き合いだしね。昔とは少し雰囲気が変わったみたいだけどさ。あれは何時のことだったかな、当時の魔王を倒す為に代行者が私を―――」

「守護者、昔話もそこまでにしておきなさい。貴方はいつも話し過ぎる」


 代行者の声に守護者はクスクスと笑いながら姿を消していった。


「暗殺者、此度は本当にお疲れ様でした。休養を取りつつ、引き続き彼の監視をお願いします」

「りょーかい。暫くはゆっくりできそうだね」


 黒き影が純白の空間を後にする。残された代行者は神殿へと戻り、寝台のふちに手を掛けて変わらぬ聖母の表情を向けるのであった。

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