第186話 相談

 ―――ケルヴィン邸・バルコニー


 月が空に昇り夜が深まる。バルコニーに置いたテーブル席でのちょっとした酒席。トライセンで購入したダンじい一押しの地酒に、エフィルが用意してくれた酒の肴。どっしりとした辛口は俺には少々きついものであったが、テーブルの向かいに座るジェラールは気にすることなく次々と飲み干していた。それでいて顔色も全く変わらないのだからな。その酒の強さを少しはセラにも分けてもらいたい。


「ジルドラと名乗るドワーフ、か……」


 グラスに注がれた酒を煽り、呟くように声を出す。ジェラールの相談、それはトライセンにて戦った謎の男、ジルドラについてのことだった。


「うむ。ダハクによれば奴は自らをジルドラと名乗っていたそうなのじゃ。ワシの祖国アルカールを滅ぼしたリゼア帝国の将軍と同じ名でな、今思えば口調などの雰囲気も似ておった気がする。何分昔のこと、年寄りの朧げな記憶なのじゃがな」

「……前に、コレットからリゼア帝国についての情報を聞いたことがあったよな。その時に聞いたエルフの将軍、ジルドラの話を覚えているか?」


 S級の昇格式を終えた会食にてコレットから聞き出した情報だ。大事な情報だったからジェラールにも早く伝えたかったが帰るなりお爺ちゃんは寝てしまったし、まあその、あの夜は色々とあったからな。色々と。結局伝えるのは翌日になったのだ。


「……帝国に長きに渡り仕えていた将軍、ジルドラは十数年前に死亡。とある場所にて死体で発見されていたそうじゃな。モンスターに襲われたのか、その身はズタズタに引き裂かれていたと…… 妻の、国の仇を討つことは叶わなんだが、奴には似合いの最期だと肩の荷が下りる思いだったんじゃがな」


 以降ジルドラは帝国の表舞台から姿を消し、その名が出ることもなくなった。しかしジルドラが何らかの手を使って生き延びていたとすれば……?


「危険だな。そいつが使っていたあのゴーレムのスペックも異常だが、商人としてトライセンに関わっていたのも気になる。クライヴとも面識があるようだし、メルが言っていた正体不明の転生と関連性があるのかもしれない。だが目的が分からない」

「ふうむ…… どちらにせよ情報が少な過ぎる、か」

「そいつが本当に同一人物かって確証もないしな。今できることは情報収集、そして万が一に備え力を蓄えることだ」

「む、これまでと変わらんではないか?」

「……そうとも言う。メルに相談してみるかな。何か分かるかもしれないし」


 しかしこの時間だともう寝ているか。早寝遅起きの熟睡中だ。並大抵のことでは起きないだろうから、明日の朝一に聞いてみるか。


「それしかないかのう。ではこの話はこれまでとするか。酒は美味しく頂くものじゃし、別の話題に移るとしよう!」

「切り替え早いな、お前……」


 ジェラールの口調が柔らかくなり、それに伴って何か企んでいるような気配を感じる。さっきまで纏っていたシリアスな雰囲気はどうした。


「やる時はやる! 楽しむ時は楽しむ! それが人生を謳歌するコツじゃよ。王よ、よく覚えておくがよい。 ……もう実践しておるか」

「お陰様でな」

「で、姫様とはどうなんじゃ? やったのか?」

「んぐっ!」


 唐突なジャブにエフィルお手製のつまみを喉に詰まらせてしまう。一瞬シュトラ姫のことかと思ったが、ジェラールが言う姫様はメルフィーナのことだ。実に紛らわしい。大急ぎでグラスを取り、酒で喉に詰まったそれを胃に流し込む。


「……ジェラール。エフィルに俺を殺させる気か」

「もしや今、上手いこと言ったかの?」

「言ってない!」


 エフィルはそんなことしません。


「良いではないか、今はワシら男しかおらんのだぞ?」


 修学旅行の夜時間のノリかよ。俺にその時の記憶はないけどさ。一先ずここは―――


「……秘密だ」



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 ―――ケルヴィン邸・庭園


 庭園の噴水にぷかぷかと浮かぶクロトの横で朝の光を浴びる。澄み切った青空に向かって腕を伸ばせば清々しい朝を直に感じられる。


「うーん! な、メル。早起きもいいもんだろ?」

「ふわぁ……」

「……眠そうっすね」


 メルフィーナの可愛らしい口から欠伸が漏れる。時刻は朝の7時、メルフィーナが起床するには早過ぎる時間帯だ。何時もの俺ならばなあなあで許していたが、今日からは違う。メルフィーナにも規則正しい生活を送ってもらう為、極力俺と生活リズムを合わせるよう話したのだ。その時のメルフィーナの絶望顔は神が世界の終わりを予見したかの如しであったが、これから夫婦として共に生きて行くには必要なことだと伝えると即刻「あなた様、明日からは一緒に起きて一緒に寝ましょう!」と快く了承してくれた。ちょろいぞ女神。


「眠気が覚めないせいか、朝ご飯をあまり食べれませんでした……」

「安心しろ。それ眠気のせいじゃないから」


 いつものメルフィーナは朝食時間がひとりだけずれているので、料理をところ狭しとテーブルに並べて席を独占できていた。だがこの時間は全員揃っての朝食、自然とメルフィーナが口にできるおかずの数も減ってしまうのである。それ以前に眠気どうこうでメルの食欲が治まるはずがないだろ。その分大盛りの米を何杯もおかわりしていたし。


 そう言えばシュトラ姫、俺が箸を使うところを珍しそうに見ていたな。トライセンに箸がないからかね。ちなみに我が家にはトラージより買ってきた箸を常備しており、使える者は食事の際に好みで使用する。元々日本人である俺やリオンはもちろん、何事にも器用なセラは直ぐに箸を使いこなしてしまった。エフィルも最初の頃は悪戦苦闘していたが、たゆまぬ努力で今や不自由なく使える。ジェラールやダハクはどうも合わないようで駄目であった。メルは使えるには使えるのだが、こいつは口に運べる量が最優先事項なのでスプーン派である。


「それで、私に聞きたいこととは何でしょうか?」


 メルフィーナが片目を擦りながら俺に問い掛けた。 ……やっぱり早過ぎたかな? まだ眠そうだ。


「ああ、実はな―――」


 噴水のふちに腰掛け、昨夜ジェラールから相談されたことについてメルに話した。


「死亡したはずのエルフが何らかの方法を経て、同名のドワーフとなってジェラールらの前に現れた、ということですか」

「ああ、そいつはクライヴの転生とも関わっていたんじゃないかと思ってさ。メルの意見が聞きたい」

「………」


 メルフィーナは口に手を当てて考える素振りをする。やがて噴水に浮かぶクロトがポチャンと音を立てた時、同時にメルフィーナも口を開いた。


「直接そのエルフの死体を見た訳ではありませんので、偽りなく死んでいたことを前提にしてお話します。通常のスキルでは例えS級白魔法でも死んだ者を生き返らすことはできません。黒魔法ですと亡骸として蘇生することは可能ですが、それは生者ではありませんし…… あるとすれば固有スキルでしょうね」


 メル曰く固有スキルは神でも掌握し切れておらず、未知のものがあるのだという。それは個人によって完全オリジナルスキルが誕生する場合があるからだそうだ。たぶん神様も一々全生命体のステータスをチェックしている暇がないんだろうな。


「そしてもうひとつの可能性、何者かの転生術により復活ですが…… 私以外に転生術を扱える者がひとりだけ存在します」

「え、いるのか!?」


 それはそれでまた別件で問題にすべき大事じゃないですかね。


「―――前任の転生神、エレアリスです」

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