第185話 お姫様の居候
―――ケルヴィン邸
さてさて帰ってきましたよ、愛しの我が家。ギルドと屋敷を挟む歩き慣れた道を進み、俺たちとシュトラ姫はトゥーとスリーが警護する正門までやってきた。なぜこんなにも帰ってくるのが早いのか? 答えは簡単、アズグラッドからトライセンの転移門使用権利を認めて貰ったからだ。七色に輝く俺のS級ギルド証にはその証であるトライセンの国章が刻まれている。これでデラミスを除く東大陸の転移門が全て使用可能となった。魔王騒動も漸く終息したことだし、トラージやガウンに顔を出すのも良いかもしれないな。
ちなみにメルフィーナに頼んでいた偽装の髪留めも、出発前の時点でシュトラ姫は装備済み。しかもセラが持つ髪留めよりも高性能なものが出来上がってしまった。セラの髪留めは幻影で姿を偽る機能のみであるのに対し、シュトラ姫のものは肉体や衣類ごと偽ることができるのだ(但し同種族の姿のみ)。ランクもS級とワンランク高い。
自分の姿を思い浮かべてもらい、魔力を髪留めに篭めれば偽装完了だ。お姫様を7、8歳まで幼くしたような容姿になったのだが、俺には果たしてこの姿が合っているのか判断が付かない。ジェラールにとっては確実に孫対象だろうが、今はそんなことは関係ないのである。それでシュトラ姫の昔の姿を知っている人々に見てもらったんだが―――
「シュ、シュトラちゃん!? シュトラちゃんが体まで昔みたいに……!」
「ま、まさかこの歳になって幼少のシュトラ様の姿を再び目にすることができるとは……! くう、ジンめ、この奇跡を見逃すとは大馬鹿者めが! 一体どこで油を売っているのだ!」
「あー…… マジで懐かしいな。シュトラ、よく俺の後を追って来たっけな……」
皆こんな反応なのでたぶん合っているのだろう。しかし感極まって泣かれてしまったのは誤算であった。姫さんの要望で私室にあった沢山のヌイグルミをクロトに入れ、必要品の忘れ物はないかをチェック。いざパーズに出発するぞとシュトラ姫を連れてトライセンの転移門前に行くまで、ずっと鼻をすすっていたからな、ダン将軍。もうダンじいでいいかもしれん。
コレットはこのままトライセンに残るとのことだ。色々とやるべきことが山積みだろうからな。俺としては頑張れと言いたいが、言ってしまえば倒れるまで頑張ってくれそうなので程々にとエールを送っておいた。あと、別れ際にこんなことも言っていたな。
「刀哉、刹那、奈々、雅の4名が近々デラミスに戻ってくる予定です。魔王を討伐――― したのはケルヴィン様ですが、勇者としての役目はこれで完遂されたものとなります。ケルヴィン様のことですからもうご存知かもしれませんが、この世界に残るか、元いた世界に戻るかを選択してもらう為です。その際はメル様とケルヴィン様にもご連絡致しますので、是非いらしてください」
「俺からも重ねてお願いします。刀哉達も喜ぶでしょうから」
コレットとクリフ団長にダブルで頭を下げられてしまった。そういえば魔王を倒した勇者は報酬を貰えるんだっけか。倒したのは俺たちではあるが、刀哉達は望まずしてこっちに召喚されてしまった高校生だ。それくらいの対価はあっても許されるだろうさ。元はと言えばうちの女神様のせいだしな。
『……冷静に考えれば俺は兎も角、お前は行かなきゃ拙いだろ。当事者として』
『そうですね。こればかりは務めを果たさないとなりません。ああ、働きたくない……』
『メルさんや、俺との出会いはじめに自分のことを真面目とか言ってたよね? 言ってたよね?』
こいつ、放っておいたら本当に駄女神になるんじゃなかろうか。まあ長期休暇明けの気持ちを考えれば分からなくもないけど。これは俺と同じく規則正しい生活をしてもらう必要があるかもしれん。シュトラ姫の教育にも悪いし。ああ、それと魔王を倒したことによる勇者疑惑もコレットの方で処理してくれるらしい。実は秘密裏にもう一人勇者を召喚していたが既に元の世界に帰ってしまった、などといった作り話でも広めれば十分なんだそうだ。
「おじ様、セラちゃん、ケルヴィンちゃん。一先ずここでお別れよん…… ああ、そんなに悲しまないで! 私たちの心いつまでも一緒だからぁ!」
「え、あ、うむ。達者でな」
「プリティアちゃん、また、また会えるよなぁ~!?」
この組については何時も通りだからスルーしようか。あ、駄目ですか? ああそう……
プリティアとサバトらのパーティもここで一旦お別れとなった。ガウンにて何かあるようで、これから鍛錬も兼ねてモンスターを討伐しながら共に向かうそうなのだ。どちらかと言うとセラ達女性陣や恋するダハクが別れを惜しみ、ジェラールはホッとした印象だ。この時に知った話だが、ダハクが食堂に現れなかったのはプリティアを探していたからだそうだ。ダハクの努力が報われる日は来るのだろうか。来たとしても俺はあまり直視したくない。
「ケルヴィン、世話になったな。親父から転移門の許可が出ているんだろ? ガウンに来たら歓迎するぜ」
「そろそろアレの時期ですし、ケルヴィンさんも楽しめると思いますよ」
「アレって?」
「ふふ、今は秘密です。そのうち分かりますよ」
サバト、ゴマとの別れはこんな感じだ。意味深な言葉を残されてしまったんだが、何だろうか? 祝いの席でも設けてくれるのかな。そして突発的に始まる獣王とのバトル。経緯などどうでもいい。結果的にバトル。サバト、期待していいんだな!?
―――話が長くなってしまったな。まあそんなこんなで転移門を越えて帰ってくると、アンジェが出迎えてくれた。リオギルド長は不在、魔王を討伐して間もないこともあり何かと忙しいようだ。魔王討伐の報奨金もあるそうなのだが、あまりに大金になるのでもう少し待ってほしいとのこと。討伐を称える式典の際に渡されるとアンジェは言っていたが、また式典か…… 事が事だけに各国から勲章も授かるとか。ツバキ様がまたダイレクトに勧誘してきそうだ。
「ケルヴィン様、オ帰リナサイマセ」
「留守中、異常アリマセンデシタ」
正門に近づくとトゥーとスリーが門を開けてくれた。ついでにシュトラ姫の屋敷敷地内に入る許可を知らせておく。
「シュトラちゃん、ここが僕たちの家なんだ。自分のおうちだと思ってくつろいでね」
「大きなお屋敷…… リオンちゃんは貴族だったの?」
「貴族ではないかなー。それじゃ、中も案内するね」
リオンがシュトラ姫の手を引いて屋敷の中へと駆けていく。とりあえずはリオンに任せておいて大丈夫かな。二人を見送ると入れ違いに屋敷からエリィと二人のメイドが出て来た。ロザリアとフーバー、一足先にこっちに戻って来ていたんだな。
「ご主人様、お帰りなさいませ」
「「お帰りなさいませ」」
「ただいま。また長い間留守にして済まなかったな。大口の依頼も方が付いたし、暫くはゆっくりできそうだよ」
「それは喜ばしいことですね。リュカも寂しがっていましたから…… ああ、そうです。ダハク様の言い付け通り農園の世話をゴーレム達に指示していたのですが、先日芽が出てきまして―――」
「だってさ。ジェラール、ダハク」
「待っておれ、リュカ! ジェラールお爺ちゃんが帰ってきたぞー!」
「待ってろ、俺の農園! 久しぶりに可愛がってやるぜ!」
ガシャンガシャンと音を立ててジェラールが屋敷へ、ダハクが裏庭の農園へと走り去って行った。本当に我がパーティは自分の欲求に素直である。ジェラールは屋敷に戻ってきたらいつもあんな感じではあるが、特に今日は何かから解放されたような清々しい表情をしていた気がする。顔は見えないけど。しかしジェラール、進化して鎧の外見がまた変わってるんだぞ。魔王風鎧で何も知らないリュカに突撃して大丈夫なのか? エリィもポカンとしてるし。
「ああやってゴルディアーナ様と別れた悲しみを紛らわしているのですね、お二人とも……」
「これが噂に聞く遠距離恋愛でしょうか」
「ええ、大人の恋ってやつね!」
恋バナに花を咲かせる女子達。たぶんジェラールは違うと思います。
「ロザリア達はまだパーズにいて大丈夫なのか? 転移門で援軍に来て貰った段階でメイド服の仕掛けは解いたんだ。トライセンに戻ってもいいんだぞ?」
「シュトラ様の護衛役ですよ。あれでアズグラッドも妹想いなところがありまして…… 改めてご相談なのですが、シュトラ様が元に戻るまではこちらでメイドを続けさせて頂きたいのです」
「メイドも護衛も頑張ります! どうか!」
二人が頭を下げてくる。
「いや、俺としては全然構わないぞ。むしろ助かるよ。お姫様も話し相手に困らないだろうし」
目の保養にもなるし。
「そう言っていただけると助かります」
となれば二人の給金もまた用意しないといけないな。うちは働いた分だけキッチリ報酬を出す主義だ。受け取るものは受け取ってもらう。得をした分色も付ける!
「はぁ、良かった…… それでシュトラ様はどこにいるんです? 姿が見えませんが……」
「うん? フーバー、何言ってるんだ? さっきリオンと一緒にすれ違っただろ」
「え?」
どうやらフーバーは幼少の頃のシュトラ姫の姿を知らないらしい。対してロザリアは「ああ、やはり」みたいな納得した表情だ。この辺はトライセンに仕えていた期間の違いによるものだろうな。さて、そろそろ俺たちも屋敷に入るとしよう。俺も病み上がりなことだし。
「王よ、ちょいちょい」
「ご主人様、ちょいちょい!」
屋敷のエントランスホールにてリュカを肩車するジェラールに呼び止められた。リュカとの再会は無事に終えたようである。
「後で相談があるんじゃが、よいかの?」
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