第146話 足止め終了
―――朱の大渓谷
「ハァ、ハァ…… クソっ……!」
「信じらんねぇ、毒も何も効きやしねぇ……!」
戦闘開始から10分ほどが経過した。あれからダハクが猛毒植物や肉食植物を芽吹かせ、アズグラッドが所有する『焔槍ドラグーン』(鑑定眼で確認)を制限解除したりと盛沢山な歓迎をしてくれた。が、俺とクロトが悉くそれらを全力で踏み潰し、最早彼らは満身創痍。途中、
『ケルにい、その辺毒が蔓延してて通れないよ~! 僕は大丈夫だけどアレックスが嫌な顔してる!』
城塞への帰路に着く途中であったリオンから念話が送られてきたことだし、そろそろ頃合かな。エフィルからも戦闘終了の連絡がさっき入ってきたし、竜騎兵団の足止めも良い感じだ。よし、交渉に入るとしようか。俺は地上へ、アズグラッドとダハクの前に降り立つ。
「さ、MPも尽きてしまったようだし、そろそろ満足してくれたかな? それとも、まだ何か手があるか?」
「……いや、もう何もねぇよ。降参だ」
ダハクが地べたに倒れこみ、降伏を宣言する。それと同時に周囲の紫色の毒が消え去った。どうやら能力を解除したようだ。
「なっ! 黒竜、勝手に何を諦めていやがるんだ! 俺たちはまだ―――」
『クロト』
一先ずクロトにアズグラッドを拘束してもらおう。伸ばされたクロトの触手はアズグラッドに巻きつき、体をアダマント鉱石に変化させることで縄代わりとなる。今のアズグラッドの状態では避けることは敵わない。
「くっ、この程度の拘束……!」
「これ以上やったって結果は同じだ。もう能力も使えないし、お前の槍も魔力切れだろうが。それに、黒ローブにその気があれば何時でも俺らを殺すことができたはずだ。違うか?」
「どうだろうな」
「はぐらかすな。正直、ここまで力の差があるとは思わなかった。ったく、本当に親父以来だぜ…… だが目的が分からねぇ。俺らをどうする気だ?」
実力差は認めてくれたようだな。ここで契約を念じる。
「……そういうことか。おい、その職業で何て戦い方してんだよ。どうかしてるぜ」
「賞賛の言葉として受け取っとくよ」
俺を召喚士だと知ったダハクは呆れ顔だ。竜だと言うのに器用に顔を作る奴である。しかし俺のような召喚士は珍しいのかね。やっぱり基本は後衛職になるのか。いや、召喚士自体が激レアらしいからな。俺の知っている召喚士だってコレットやトリスタンくらいなものだし、比較対象が少な過ぎる。別に俺みたいな奴がいたっていいじゃないか。
「………?」
ちなみにアズグラッドは何の話か分かっていない。当然だけどな。
「それで、返答は―――」
「むしろ俺からお願いする。頼む、俺を配下に加えてくれねぇか?」
意外にもダハクは自ら頭を下げてきた。同時に契約が成立。俺の配下枠が埋まり、ダハクの名が刻まれる。
「黒竜!?」
「悪ぃなアズグラッド。お前の相棒にはなれねぇ。お前の男気と覚悟は俺好みなんだが、それ以上の奴が現れちまった」
「……どういうことだ?」
「お前の軍団がやってることと同じだよ。竜という種は気高いもんだが、認めた相手には忠誠を尽くす。俺は全力で戦い、そして敗れた。そんな俺を兄貴は必要としてくれているんだ。応えるのが竜ってもんだろうが」
「それは、そうだが…… 待て、そんなやり取りなかっただろ!」
アズグラッドは納得していないようだな。 ……ん? 待て、今俺を何て呼んだ?
「あ、毒が消えてる。ケルにいの方も終わったみたいだね」
「ガゥ」
道の向こうからリオンとアレックスがやってきた。アレックスは『這い寄るもの』のスキルで敵兵と竜達の捕縛に成功したようだ。
「何とかな。そいつら、全員麻痺させたのか?」
「うん! ほら、古竜もこの通りだよ!」
リオンらと戦った三つ首竜ムドファラクは力なく倒れ伏している。他と同じように痺れさせたのか、どの首も意識がない。こいつとの契約は後にするか。
「指示通りだな。よくやってくれた」
「えへへー」
俺の前でリオンが頭を突き出すのでいつものように撫でてやる。実にご満悦である。リオンの笑顔の為にいつまでも撫でてやりたいところだが、まだアズグラッドの処遇を決めていない。
「ムドファラク……」
「さて、将軍様よ。次にアンタの処遇を決めなきゃならないんだが、降伏する気はあるかい? 大人しく投降するなら命までは取らないと約束するけど?」
「俺たちは、まだ負けていない。今頃上に向かった部下達がパーズに向かっているだろうよ。部下が根性据えて踏ん張ってんだ。頭の俺が降伏なんてできるかよ!」
大渓谷全体に届くほどの叫び。んー、このタイプの人間はこうなると頑固だからな。自分の身に何があろうと意思を貫くだろう。
―――ちょうどその時、空からドサリと何かが落ちてきた。激しく土煙が舞い、今にも消えてしまいそうな声が中から聞こえてくる。
「しょ、将軍……」
「お前は、伝令の……」
墜落してきたのはアズグラッドの部下であった。全身に刃物で斬られたような傷がある。落下の直前に彼と竜に障壁を施して地面の質を軟らかくしたから、落下による怪我はないと思うが。たぶん、リオンのアレに触ったんだろうな。
「おい、上で何があった!?」
「そ、それが、渓谷の頂近くまで昇るまでは良かったのですが…… その一歩手前に目に見えない何かが張巡らされて…… 触れた瞬間にこの様です…… 先頭を切っていた者も、おそらく……」
「……傷口からして、剣撃によるものか。これもお前の仕業か?」
「まあ、俺ではないな」
頂付近に張巡らせたのはリオンの『斬撃痕』だ。このスキルはリオンの持つ武器による斬撃をその場に停滞させることを可能とする。竜騎兵団が
『メルフィーナ、セラ。頂に向かった敵はどうなった?』
『引き返して来たから捕縛したわよ。いえ、コントロールした、かしら?』
『コントロール?』
『こう、手のひらを少し切って敵の頭にペタペタと』
『……敵全員に血を付けて回ったのか?』
『だって眠らせたり気絶させちゃうと落下していくし…… あ、私の心配をしてくれたのね! 大丈夫よ、自然治癒で何か勝手に治るから!』
『そ、そうか』
『落下してしまった者も私が回収しましたのでご安心を』
『一人落ちてきたぞ』
『そちらの交渉に必要そうでしたので』
わざとかい。まあいい、これでアズグラッドも部隊が置かれている立場を理解するだろう。それでも時間はかかりそうだし、一度城塞に戻るとするかな。アズグラッドとその部下と竜をクロトに持ち上げてもらい、魔力を吸収する。MPがなくなれば気絶、運送開始だ。セラ達にも念話で城塞に帰還するように伝える。
「よし、城塞に戻って続きといこうか。戻れば別の古竜もいることだし、一気に進めてしまおう」
「あのう、ケルヴィンの兄貴」
ダハクに呼び止められる。って、兄貴って何だよ、兄貴って。
「待て、俺はお前の兄になったつもりはないぞ」
「俺を配下に加えてくれたってことは、兄弟の盃を交わしたってことじゃないですかい。当然のことでさぁ」
ヤクザですかい。君、キャラ変わってない?
「ハァ、いいや好きに呼んでくれ。それでどうした?」
「2つ聞きたいんスが、まずこちらの幼気な少女は?」
「僕はケルにいの妹のリオンだよ。よろしくねっ」
リオンが先に答えてしまった。
「こ、これは失礼しやした。お初にお目にかかります。ダハクっつうもんです。リオン姐さん!」
「ね、姐さんはちょっと……」
おお、リオンがたじろいだ。だが確かに姐さんはないな。
「では、リオンの姉御で」
「それもどうかな……」
「呼び方の相談はまた後でな。それで、もう1つは何だ?」
「ああ、そうでした。俺も人型になった方が良いッスかね? 一応できはするんスけど」
「……変身した直後に裸ってことはないよな?」
「それは問題ないッス。竜に変身する前の服装が反映されるんで」
「ならいいか。見せてもらえるか?」
「うっす」
一瞬、ダハクから発せられる光。次にダハクへ視線を向けたとき、既に巨大な黒竜はおらず、代わりに長身の男の姿があった。ジェラールよりは低いようだが、それでも俺と頭一個分の差がある。白髪のロン毛で褐色肌、顔立ちも凛々しいが強面で不良っぽい印象を受ける。竜なので年齢はよく分からないが、人間として見れば二十歳前後といったところか。服装はまあ、なぜか農作業に適したものである。なぜ?
「こんななりッスけど、どうッスかね?」
「……コメントに困るな」
主に服装が。ルックスとのギャップが酷い。
「ま、まあまあ。取り合えず城塞に向かおうよ。他の皆にも紹介したいし」
「そうだな。行くか……」
歩みを再開する俺たち。途中、ダハクが気を失ったアズグラッドに対して、呟くようにこう言った。
「アズグラッド、悪かったな。でもよ、俺もお前に不満がなかった訳でもねぇんだ。なんつーか、食事がよ……」
何だ、食事が不味かったのか?
「肉ばかりなのはちょっとな…… 俺は草食だ」
まさかのベジタリアン宣言。
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