第147話 食材の声

 ―――朱の大峡谷・剛黒の城塞


 今回の足止め作戦は大成功だったな。計画通りこの渓谷の狭間で竜騎兵団を閉じ込め、全古竜及び敵将アズグラッド、そして敵兵達を捕らえることができたのだ。しかもこちら側には怪我人の一人もいない。これは大戦果と言えるだろう。


 予想を大きく上回る人数をリオンやセラ達が生け捕りにしてきたことには驚いたが、城塞に移動させる手間はそれほどかからなかった。リオンが魔法で麻痺させた者らは丸一日指一本動かすことができない状態だったのだが、セラがコントロール下に置いた竜騎兵達に運ばせることにしたのだ。


 セラの『血染』は血に触れたものを支配下に置く能力。セラ曰く、血の一滴でも相手の頭に触れさせることができれば、その対象の全てを支配することができるそうだ。頭、要は脳を支配してるってことだろうな。効果時間は付着した血液量や相手の精神力にも依るところがあるのだが、この程度の者であれば一滴で数時間はいけるとセラは豪語する。地上と空の敵部隊で生き残ったのは、おおよそ同数だったからな。運ばせるのにはちょうどよい人数だ。


 そんな訳で支配された敵兵達は城塞まで仲間を運び、クロト製拘束具を互いに装着させ自ら地下に設けた牢に入っていく。奇妙と言えば奇妙な光景かもしれない。兵達を収容している大部屋の牢に対し、アズグラッドとロザリアの牢はそれぞれ個室。俺が時間をかけて錬った特別仕様だ。拘束されたあの状態では鉄格子の一本も傷付けられはしないだろう。


 今のところロザリアは牢の中で大人しくしているが、アズグラッドが意識を取り戻すまではまだ時間がかかる。MPは静養することで微少ながら自然回復していくから、まあ1時間以内には目を覚ますだろう。それまでは俺たちも戦闘での疲れを癒しておこうと城塞の大広間で休憩中だ。誰もダメージ負ってないけどね。サバト達も誘ったが、今は無性に鍛錬をしたいと修練場に行ってしまった。グインだけは泣きながらアッガスに引っ張られていたのだが、何かしたのかな?


「ボガとムドファラクの契約がすんなり通ったのは助かったな。ダハクと比べて早々に倒してしまったから、文句のひとつもあると思ったんだけど」


 最もこの2体は人化や言葉を話すまでにはまだ成長していないようなので、今は俺の魔力内に滞在してもらっている。サイズがサイズだから他の竜のように建物に入らないのだ。パーズに戻ったら散歩か何かを考えてやらないと。


「あいつらは最近古竜に進化したばかりッスからね。強くなったばかりに騎乗する兵が扱い切れてなかったのもあって、不満があったんじゃないッスか? そこに自分らの実力を遥かに凌駕するリオンお嬢とジェラールの旦那が登場、そりゃ腹を見せての降伏しかないッスよ。俺は納得するまで根性見せるけどよ」

「お陰でお前の手の内もすっかり晒されてしまったけどな」

「うぐっ……」


 最初に出会った竜形態のときは寡黙でクールな性格かと勘違いしていたダハクだが、早くもうちのパーティに馴染んでいる。言動はぶっきら棒で振る舞いは粗暴なのだが、根っこの部分は暖かいと言うか。戦闘中に毒を振り撒くなどしていたが、結局最後までアズグラッドを気遣っていたしな。反抗期で親に反発してこうなった、みたいな? いや、いくらなんでもそれはないか。


「そもそも、俺の能力は豊かな土壌がある場所で真価を発揮するんすよ。こんな荒れ果てた乾いた大地じゃ、力も劣化するってもんだ」

「へー、つまりダハクは場所を厳選しないと全力が出せないのね! 不便ね!」

「ぐふっ……」


 そして案外言い合いに弱い。セラは純粋に思ったことを喋っているだけなのだが。


「ま、まあ、あいつらに関しちゃ飯の要因もでかいでしょうね。エフィル姐さんが作った飯を食った瞬間に目の色が変わりましたもん」

「そうでしょうか? 簡単に炒め物を調理しただけなのですが……」


 エフィルが軽い食事を配膳台車に乗せてやってきた。いやいやエフィル、あれは普通に餌付けだよ。食った後、主人である俺よりもエフィルに対して尊敬の眼差しを向けていたもの。


「美味いものは皆好きってことさ。ええと、ダハクの食事は―――」

「生野菜だったよね、ハクちゃん?」

「その通りッ、お嬢は分かってんな~!」


 そうそう、肉は全然駄目で野菜しか食べれないんだった。トライセンの竜騎兵団にいた頃は自分の能力で何とかしていたらしいが、それも首輪の封印で必要最低限の質と量しか確保できなかったと苦々しくダハクは話す。抗議の声を上げようにも首輪のせいで話すことができず、アズグラッドは肉を食えの一点張り。ダハク、お前も苦労したんだな。


「野菜類のみ、それも調味料なしのものしか口になさらないと言うことでしたので、野菜をスティック状にカットしただけのものです。料理、とは呼べませんがお口に合えば幸いです」


 エフィルがグラスに入れられた野菜スティックをテーブルに置く。大根、人参、赤ピーマンなどの定番野菜が色彩を鮮やかに彩っていた。


「気遣ってもらってすんません。俺にとっちゃご馳走なんで何も問題ないッス。あぐっ」


 そう言うとダハクはパキリと人参のスティックを口に運ぶ。


「………」

「ダハク?」

「な、何てみずみずしさなんだ……! んぐっ! こりゃあ、俺が丹精込めて作った野菜達並、いや、それ以上か……!? ばくっ! 俺の舌が、胃が喜んでいやがるっ!」


 おい、食いながら解説を交えて語り出したぞ。スティックが物凄い勢いでダハクの口の中に消えていく。


「エ、エフィル姐さん! この野菜達をどこでっ!?」

「パーズの行き着けの八百屋さんで購入したものですが……」


 うん。どこにでもある普通の野菜のはずだ。クロトの保管に入れて鮮度は保っていたが、それほど高級品という訳でもない。


「このレベルの野菜が一般的に売られているだとっ!? ……兄貴、俺パーズに永住しますわ」

「落ち着け」


 頬に野菜の欠片を付けたダハクが真顔でそう言ってきた。これまで押さえ付けられていた食欲がダハクを惑わさせているのか。


「それは私が説明しましょう」


 あ、貴方は食の第一人者のメルフィーナ先生!


「研ぎ澄まされたエフィルの調理技術は神域に踏み込もうとしています。その技巧は包丁でカットしただけ、ただそれだけの行為が食材に息吹を与え、最大限まで旨み・鮮度を高める…… そう、言うなれば今のエフィルは食材に宿る精霊の声をも聞き取ることができるのです!」

「そ、そうなの!? エフィルねえ凄いや!」

「いえ、聞こえませんけど」

「……おい」

「女神ジョークです」


 話がそれっぽいから半分信じてしまったではないか。だが冗談抜きに、今のエフィルならその程度のことならやってそうな感じはある。過程はどうあれ、結果的に食材のランクは明らかに高まっているのだ。包丁で切っただけで旨みが上がるって、最早調理技術云々の話なのか疑問ではあるが。


「いやぁ、でもボガとムドファラクの気持ちが分かりましたわ。これは竜のプライドとかそんなの抜きに骨抜きにされちまう。あ、もう一皿いいッスか?」


 ―――コンコン。


 ダハクの要望を受けエフィルが席を立とうとすると、広間の扉からノック音が聞こえた。扉から出てきたのはジェラールであった。


「失礼する。王よ、あの男が目覚めたぞ。ゴーレムに見張らせてはおるが、直ぐに向かうか?」

「結構早かったな。それじゃ、交渉に行くとするか。メル、頼んでいたものはできてるか?」

「ええ、どうぞ」


 メルフィーナが首輪を俺に差し出す。首輪に描かれた古代文字がうっすらと、ほのかに輝いていた。

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