第145話 漆黒竜ダハク

 ―――朱の大渓谷


「おい、好意は素直に受け取るものだぞ。俺の立場がないじゃねぇか……」

「生憎だが、シュトラから好意は疑えと教えられているもんでな。真の絆を築いていないお前の好意はまだ受け取れない」

「おい、あの白銀竜が取ってきた果実は普通に食ってたじゃねぇか」

「ロザリアは別だ」


 アズグラッドと黒竜ダハクの言い争いが続くが、延々と平行線を辿るばかりである。一応、ここは敵陣なのだけどな。んー、俺もそろそろ参戦したいし、助け舟を出してやるか。


「なら、協力して俺らを倒したその後で、ゆっくりと二人で戦えばいいんじゃないか? そうすれば俺やこのスライムとのタッグマッチ、そして黒竜とのバトルを余すことなく満喫することができるぞ。一石三鳥だ」

「おい黒竜。今ばかりは協力するしかないようだぜ」

「……お前、やっぱり馬鹿だろ」


 漸く俺が得する方へと話が纏まった。バトルロイヤルもいいが、奴らが相打ちになってしまったら興醒めもいいところだからな。確実に俺の相手をして頂きたい。


「おい黒ローブ、さっきまでと同じ俺だと思ってくれるなよ? 封印されていたこの力、お前に見せてやるよ」

「俺の名前はケルヴィンだ。前口上はいいから、さっさとやってくれ、よっ!」


 両側から何かが突起し、俺に向かってくる。躱しながら状況を確認。渓谷の壁より突如として突き出されたのは巨木であった。


「そうそう、そんな感じで頼むわ」

「気取りやがって!」


 どうやら現れたのは俺が回避した巨木だけではないようだ。至る場所から木々が群れを為して生い茂り、渓谷が一瞬にして樹林を形成する。草木の欠片もなかったこの乾いた大地において、地面や壁より出で急生長を続けるこれらは不自然極まりない。これがダハクの力なのだろう。


「高位の竜はプライドが高いらしいからな。ただ倒すよりも、お前に全力を出させた上で捻じ伏せた方が面白いだろ?」


 これは俺の本音でもあるが、ダハクも実力の限りを尽くさずに負ければ配下の契約に納得してくれない可能性がある。そうなれば、後々にそれを理由に契約してくれないかもしれない。再戦希望であれば俺も望むところ、むしろばっち来いではあるが、この後には残り3体の竜との契約が控えている。ここは堅実に心を折る。


「ク、ククク…… アズグラッド、お前並の馬鹿がここにもいたぜ」

「馬鹿を舐めんじゃねーよ。それに俺と戦うときだって全力じゃないと困るぞ」

「揃いも揃って俺を何だと思っていやがんだ。 ……後悔すんじゃねーぞ!」


 ダハクの咆哮に森と化した巨木が反応し、再び変動を開始する。グネグネとその身を生長させながら迫る木々を大風魔神鎌ボレアスデスサイズの斬撃で引き裂くが、根元の断面から新たな芽が生まれ、そこから急生長して再生してしまう。そうしている間にも次々と現れる巨木の大群は俺たちを締め殺そうと包囲網を敷いていた。うーむ、これだけの動きを見せる巨木を見ると、暗紫の森にいた邪賢老樹を思い出すな。


『クロト』


 クロトが囲いに対して超魔縮光束モータリティビームを放射し、薙ぎ払う。光線は次々に木々を焼き払っていった。ほうほう、これなら再生しないのか。クロトの超魔縮光束モータリティビームによる焼け跡からは再生しないことから、火や熱には弱いのかもしれないな。しかし、まだまだ巨木の森は増殖を続けている。ならばその線で崩すか。そうだ、ここはあの竜に肖ろうか。


『クロト、頭は増やせるか? ほら、あの竜みたいに』


 意思疎通で地上にてアレックスが引きずる三つ首の竜を示す。俺の問いかけの直後、擬似黒竜版クロトの首横から新たに2つの竜頭が隆起した。よし、イメージ通りだ。言ってみるもんだな。


「うおっ、マジか!?」

「ッチ、来るぞっ!」


 大地より葉や幹が灰色の樹木が芽生え、ダハクの巨体を隠し切るほどの巨木の盾を生成していく。この再生能力に優れた木とはまた別物か。


『周りは俺がやる。クロトはあの灰色をやれ』


 性質が分かれば最早この木々に恐れることは何もない。俺が両指に、クロトが三つ首に魔力を篭め、目標に向け発射する。


煌槍十字砲火レディエンスクロスファイア!」


 全ての指先から照射されるは10本の白き煌き。放たれた直後に放物線を描くそれらは、獲物を発見した時点で直角に曲がり出す。高速で貫き、また獲物に向かうを繰り返す光線の様は今や乱反射である。上から下へ、右から左へ、そこかしこで十字を切る煌槍十字砲火レディエンスクロスファイアが消える様子は一向にない。久しぶりに使ったが、個々の煌槍レディエンスランサーも幅広になっている。この魔法も強くなったものだ。


 さて、クロトの方も絶賛攻撃中だ。砲台が増えたことで超魔縮光束モータリティビームの威力は更に激しいものとなり、ダハクの盾は悲痛な悲鳴を上げ倒壊しようとしていた。いや、僅かな時間でもこれに耐えたのは驚嘆に値することなのだが、何分頭を増やしたからって威力も3倍になってるクロトのポテンシャルに驚き中だ。保管に貯蔵している魔力の消費が凄いことになってそうである……


「クソがっ!」


 崩壊した盾から身を乗り出したダハクが翠緑のブレスを放つ。しかしそれは初撃の超魔縮光束モータリティビームと同等のパワーだったもの。必然的にダハクは押し負け、徐々にブレスの境界線が移り変わっていく。


 ―――先程からアズグラッドの姿がダハクの背に見えないな。気配察知スキルで辺りを探索する。


『……回り込もうとしているな』


 クロトが停滞する空中の斜め下の死角より、強めの気配を発見した。再生の木々で視覚的にはこちらから見えないようにはしているが、隠密スキルを使っている訳ではない。何かに乗って移動しているな。


「くらえ―――」

衝撃インパクト

「ぐっ!?」


 予想通り、アズグラッドは大木に乗って移動していた。周囲の木々に紛れて奇襲するつもりだったのだろう。先手を打って突き落とそうと衝撃インパクトを放つ。しかし、アズグラッドは足元の木にランスを突き立てることで堪える。


「この巨木はよ、よく燃えるぜ・・・・・・?」


 突き刺したランスから火炎が漏れ出す。アズグラッドが乗っていた巨木は一息に炎を飲み込み、その身を赤く焦がしていった。火炎を放射した勢いでアズグラッドはそのまま空中へ離脱し、炎を纏った巨木がこちらに迫る。だがここは煌槍十字砲火レディエンスクロスファイアの射程圏内。既に煌槍レディエンスランサー達はアズグラッドを敵と見なし向かっている。


「うぅおおぉぉーーー!」


 アズグラッドは再生の木を新たな足場とし、5本の煌槍十字砲火レディエンスクロスファイアを相手に凌いでいた。隙あれば攻撃しようと、こちらに鋭い眼光を向ける余力もあるようだ。ステータスを見るにアズグラッドはクライヴと同等の実力者。接近戦も得意そうだし、この程度ならまあ耐えるだろうな。問題は炎木だが……


 バクリ。


 ダハクとの競合い維持しつつ、クロトが一部竜形体を解除し更に肥大化した大口を開けて炎木を食らう。熱くないかって? クロトの耐久力はジェラールに次いだ高さを誇る。雑食のクロトにとっては熱々の鍋を食べるのと一緒のことなので問題ないのです。バキバキと咀嚼し(体内に力を加えているだけ)、炎を鎮火された巨木は一瞬で魔力を吸い取られ、消化されてしまった。


「ぬっ!? うおおっ!?」


 ついでにこっそりとアズグラッドに触手を伸ばし、ダハクの方向へとぶん投げてもらう。ブレス勝負に負ける寸前であったダハクはクロトが超魔縮光束モータリティビームを止めたのを見計らってアズグラッドをキャッチ。さ、これで振り出しに戻ったな。


「それじゃあ、次の技を、次の策を見せてもらおうか」

「こ、こいつ……」

「その油断、後悔すんじゃねーぞ!」


 その台詞、さっきも聞いた気がするぞ。できるだけ爽やかな笑顔でお願いしたつもりだったんだが、意味がなかったかな? まあ俺らは全力でひとつひとつ潰していくだけだ。 ……ん? 結局再戦することになってるか、これ?


「っと、今度は毒か」


 周囲に紫色の霧が立ち込める。地表に目をやると見たこともない花が咲き誇っていた。あの花から蜜を垂れ流すように毒を出しているようだ。しかし、これではアズグラッドも―――


「何か、急に空気が美味くなった気がするんだが」

「俺の背に浄化作用を持つ植物体を生やした。次は俺から降りるなよ、死ぬぞ」


 ……大丈夫そうだな。


神聖天衣ディバインドレス


 大風魔神鎌ボレアスデスサイズが解除された代償に授かるは聖なるオーラだ。バリエーション豊富な能力の数々に楽しくなってきちゃったぞ。では、次の試合に行きますか。

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