第144話 漆黒竜???

 ―――朱の大渓谷


 大渓谷の空中では激しい金属音が鳴り続けていた。俺のローブより顔を出したクロトが、そのスライム状の体を幾本の槍に変え、黒竜に向かって突き刺しを行う。接触時のみ槍先を『金属化』スキルで硬化している為、その軌道は自由自在。スライムの特性を含ませることで鞭のように撓り、クロトが持ち得る最硬度の金属であるアダマント鉱石でその身をコーティングするのだ。


 だが、黒竜の防御力も相当のものであった。クロトがアダマントの槍で攻撃を放つと、黒竜の鱗は甲高い金属音を上げて表面で火花を散らせる。浅く抉られてはいるが、決定打となるダメージを与えるに至ってはいない。あの岩竜よりも面倒な装甲をお持ちのようだ。俺の剛黒の黒剣オブシダンエッジも試してみたが結果は同じ。耐性スキルでも持っているのかもしれないな。どちらにせよ、これらの攻撃は相性が悪い。クロトはじわじわと魔力を吸ってたりしているけどね。


 黒竜とアズグラッドもただ受けているばかりではない。黒竜は巨大な翼を羽ばたかせ、クロトの突き刺しに臆することなく距離を詰めてくる。『飛行』スキルを持たない俺とでは、どうも空中の機動力はあちらに分があるな。猛スピードで天を駆ける黒き巨竜はなかなかに威圧感があるが、奴の危機意識も大したものだ。大風魔神鎌ボレアスデスサイズを常に警戒し、少しでも危なくなったら直ちに退いていく。


 ―――ゴオォォォ!


 戦いの最中、アズグラッドが円錐型のランスから竜の息吹に似た火炎を放った。近距離ではあったが、即座に風を操って真横に軌道を逸らす。


「ほう、初見でこれを避けるか! やるな!」


 あのランス、妙に複雑な構造をしているとは思っていたが、側面の穴から炎を出す仕組みになっているのか。しかし、まだ何かありそうだな。4メートルもの剛黒の黒剣オブシダンエッジと真正面からやり合うアズグラッドも大概だが、その攻撃に耐え得るあのランスもかなり高ランクの武器なはずだ。


「だが、安心するには早いぜ!」

「―――!」


 先端まで漆黒で覆われた強靭な尾が逸らした炎の中から現れる。唐突に振りかざされた一撃に、俺たちは渓谷の壁に叩き付けられた。直前に展開した螺旋護風壁ヒーリックスバリアごとである。


「くー…… もう少し飛び方を練習しておくんだったな」


 それなりに飛翔フライに慣れたつもりではあったが、やはりまだまだ飛行型のモンスターには敵わないか。セラやメルフィーナだったら余裕で避けてたな。うん、要検討事項だ。


「……差し違えで黒竜にダメージを与えやがった。んで、さっきの一撃を食らって無傷かよ。噂以上の化物だな、ケルヴィン」


 アズグラッドが血塗れの黒竜の尾を見て呟く。


 まあ、結果オーライか。螺旋護風壁ヒーリックスバリアは今ので消失したが、黒竜の尻尾もズタズタに引き裂くことに成功した。ちなみに打撃系の攻撃はクロトの『打撃無効』スキルにより全く効いていない。今俺のローブに隠れているクロトはステータスを結集させた戦闘分身体、瞬時に俺の盾になることなど造作もないのだ。


 ぽっかりと開いた横穴から埃を払いながら出る。辺りを確認すると後方の竜騎兵達の姿は既になく、敵部隊の全隊が頂に向かったようである。渓谷の上空にて再び対峙する俺と敵将軍アズグラッド。互いの視線が激しくぶつかり合い、更に過熱した戦いが開始されようとしていた。 ―――そんな感じの雰囲気だったのだが、セラとメルフィーナからの念話がタイミング良く送られてきた。


『ちょっとケルヴィン。敵が全員上に飛んで行っちゃったんだけど、追撃していいの?』

『いや、上にはリオンの『斬撃痕』が張ってある。放っておいてもいずれ戻ってくるさ』

『それは困りました。今、私とセラの撃墜スコアが並んでいますのに……』

『戻ってくるまで地上を手伝う?』

『ごめん、セラねえ。こっちはもう終わっちゃった』

『えー』

『城塞前の古竜も捕獲済みじゃ。後はエフィルじゃが……』

『こちらもそろそろ終わります。メルフィーナ様達は他の助勢を――― 来ますね。いったん失礼致します』

『エフィルの方も? メル、大変だわ! 倒す相手がいない!』

『仕方がありません。邪魔にならぬよう、監視を兼ねてここであなた様を観戦をして待つと致しましょう』

『そうね…… ま、それしかないか! それじゃケルヴィン、頑張ってね!』


 念話が途切れる。どこを取っても日常的で緊張感の欠片もない会話だったな。まあ、その間に俺のローブに隠れ潜んでいたクロトの準備が終わった訳なんだけど。あの黒竜も滅茶苦茶俺らを睨みつけてきてるし、そろそろバトルに復帰するとしよう。


「……何なんだ、それは?」

「何って、さっきから見てただろ。俺側の戦力だよ」


 そう言うと俺は飛翔フライを施したクロトに騎乗する。クロトは体の体積を増大させて黒竜に匹敵するほどの大きさにまで膨れ上がり、ある生物の格好へと体を変化させていた。


「おいおい、この黒竜と全く同じ姿じゃねぇか! 洒落てるねぇ!」


 そう、変化させたのは対峙する黒竜の姿である。スライムの体を竜に似せただけで色合いや質感までは再現されていないが、ここまで巨大だと細かいことは気にならない。どちらにせよ脅威に変わりはないのだから。


「いいねぇ! 未知の敵との遭遇は心が躍る! あの剣山のような攻撃もそうだったが、ここまで強いスライムと戦うのは初めてだぜ! 胸が高鳴るなぁ、黒竜!」

「………」

「ハッハッハ! やはりお前もそう思うか!」


 ……何だかなぁ。アズグラッドは妙にテンションの高いのだが、黒竜はさっきから黙りっぱなしだ。落差が激しい。これって会話が通じてるのかね? 俺らの意思疎通のようなスキルでもあるのだろうか?


「おっと、わりぃな。待たせちまったようだ。んじゃ、そろそろ始めるとするか?」

「俺らは問題ない。いつでもいいぞ?」

「そうか。なら…… 行くぜぇーーー!」


 アズグラッドの叫びに共鳴するように、黒竜がブレスを放つ挙動を見せる。口から溢れ出す瘴気がそれが危険であることを痛切に語っていた。


『クロト、迎撃だ』


 まあ、後手に回ろうが関係ない。クロトは俺の命令を瞬時に読み取り、コンマの誤差もなく行動に移ってくれるのだ。竜の姿となったクロトは黒竜と酷似した動作で、魔力を擬態化させた開口部に集束させていく。次の瞬間に放たれたクロトの超魔縮光束モータリティビームが黒竜が放つ翠緑のブレスと衝突、互いの攻撃は2体の中央で鬩ぎ合い、一進一退の停滞状態となった。


 衝撃で削がれた超魔縮光束モータリティビームと翠緑ブレスの一部が、大渓谷の壁に飛来する。圧縮された魔力の光線は壁に底が見えない程に深い傷跡を残し、ブレスは岩壁を融解させ異臭を放ち出す。


 岩壁を一瞬で溶かすか。この鼻を刺激する臭いといい、猛毒の一種のようだ。触れれば状態異常待ったなし、それ以前に生命の危機である。ブレスの撃ち合いはどちらも譲らぬまま終わりを迎え、跡に残るは悲惨な有様となった渓谷の傷痕と、束の間の静寂のみであった。


「……違ぇな、こんなもんじゃない」


 アズグラッドがランスを構える。


「ったく、トリスタンめ。首輪のデメリットについては黙っていやがったな……」


 構えた先にあったもの。それは黒竜の首に着けられた首輪であった。アズグラッドはそれを、自ら斬り外した。巨人の王ギガントロードとリオンが戦った際に鑑定眼で確認したことがあるが、記憶が正しければ、あの首輪はモンスターを服従させる為のもの。それを外してしまえば黒竜を支配することはできなくなってしまうはずだ。


「……何のつもりだ?」


 おお、黒竜が言葉を口にした。


「お前の声を聞くのはこれが初めてだな、黒竜。何って、しがらみを解いたんだよ。俺と戦ったときのお前の力は、この程度じゃなかったはずだ。この首輪のせいで力を制限されていたんじゃねぇか?」

「………」


 そう言うとアズグラッドはランスの先に突き刺した首輪を火炎を放射させて焼き払う。


「やっぱこのやり方は性に合わねぇ。竜に認められ、心を通わせてこその竜騎兵。黒竜、俺を敵に含んでもいいからよ、いっちょひと暴れしてくれや。今度は俺自身の力で捻じ伏せ、お前を相棒にしてやるからよ!」


 何か攻撃しちゃいけない雰囲気である。


「馬鹿なんだな、お前。戦場のど真ん中で敵を増やしてどうするんだよ。まあ、だけどよ…… 俺はそういうの、嫌いじゃないぜ。敬意を込めて名乗ってやろう。俺の名はダハク! あの黒ローブと戦う間だけ、お前に協力してやるよ!」

「いや、俺とも戦えよ」

「……お前」


 うん、至極真っ当な意見だよな。

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