第137話 狭間の作戦

 ―――朱の大峡谷・剛黒の城塞


「ご主人様、失礼します」


 セラと一緒にゴーレムの改造に熱中していると、エフィルが臨時の開発部屋の戸を叩いて入ってきた。エフィルが俺を呼びにくるとすれば、それは決まって飯の時間だ。ついさっき朝日を拝んだばかりだったんだけどな。どうやらまたのめり込み過ぎたようだ。


「もう飯の時間か。ちょっと待っててくれな。今区切りをつけるよ」


 この最後の一機を完成させれば、取り敢えずは目標数に到達だ。ふう、何とか予定日には間に合ったな。量産されたガトリング砲の取り付け作業も、これだけの数をこなすのはなかなか骨だ。


「エフィル、お昼のメニューは何かしら?」

「またリオン様からご希望がありましたので、クロちゃんが保管している白狼の肉でハンバーグを作ってみました」


 現在のように部屋で作業中のときは、俺とセラの分の食事をリオンと同じものにしてもらっている。リオンは相変わらずお子様ランチに出てきそうなものが好きだな。いや、俺も嫌いではない。むしろ好きだ。エフィルが作る料理は何でも好きなのだ。


「それともうひとつ、サバト様方が先程到着されました。今、湯を浴びて頂いています」

「お、やっと着いたか。随分ゆっくりだったな」

「食事は既に取られた後のようでした。食事を終えてから会われますか?」

「そうだなー…… なら、客室に通して待っていてもらおうか。サバト達も多少は疲れているだろうし」

「承知しました」


 客室と言っても簡易なソファと偽物の装飾品があるだけなんだけどね。招いた際に注意はしていると思うが、一応仕掛けたトラップは解除しておこう。さて、その間に俺達はゆっくりハンバーグを頂くとするかな。そそくさとラストの改造作業を終わらせ、俺達は城塞内で食堂として使っている部屋に向かうのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ハッハッハ! 全く、ケルヴィンには驚かされてばかりだ! あんな浴場まで作りやがるとはな! お陰で気分爽快、こんなにリフレッシュしたのは久しぶりだぜ!」


 会って早々にサバトは風呂の感想を口にしてきた。城塞の風呂をいたく気に入った様子だ。改良を重ねた屋敷の浴槽に比べれば、老舗旅館の露天風呂と一般家庭のバスタブくらいの差があるのだが。ああ、そういえば風呂があること自体がこの世界では稀だったか。屋敷を持つようになって日常的に愛用しているから、最近はそんな感覚がなかったな。


「気に入ってもらえて良かったよ」

「あの、ケルヴィンさん。ちょっと聞きたいんスけど……」

「ん、何だ?」


 確か彼はグインと言ったな。サバトの仲間内では最年少だったか。


「リオンちゃんと一緒に風呂に入ってるって本当ッスか!?」

「は?」

「これだけはどうしても確認しなきゃナインスィッツ!」


 ゴマの右ストレートにより城塞の壁に吹き飛ぶグイン。むう、前々から思っていたが彼女の格闘術は見事なものだな。動作に入るまで無駄な動きがひとつもない。


「申し訳ありません、ケルヴィンさん。気になさらないでくださいね」

「あ、ああ……」


 グインは何を確認したかったんだろうか? 兄妹で風呂なんて普通のことだし、今更確認するようなことでもないだろうに。


「ご主人様、そろそろお時間が……」

「そうだったな。来たばかりで悪いが、早速迎撃の作戦を話したいと思う」


 剛黒の城塞アダマンフォートレスを操作し、部屋中央に朱の大峡谷の小型模型を生成する。峡谷を閉鎖する城塞からトライセン領の砂漠までを、精巧に立体化させたものだ。俺たちだけであればここまでせずとも意思疎通で事は済むのだが、可能な限りサバト達にも情報は共有させておきたい。


「まずトライセンの竜騎兵団がここに到着すると予測される日時だが、明日の夕方、このままの進行スピードであれば16時から17時頃だと思われる」


 砂漠側に竜を模した駒を複数出現させる。


「来る途中にリオン殿からも聞いたが、なぜそこまで正確な時刻が分かるのだ?」

「うちのエフィルは弓の名手だからね。目が特別良いのさ」


 エフィルの千里眼で既に敵集団は捕捉済み。俺も悪食の篭手スキルイーターでエフィルのスキルを借りて、広大な砂漠を走り、空を飛ぶ奴らの姿を確認している。


「目が、か? まさか、ここから確認しているのか!?」

「はい。僭越ながら」

「エルフは目が良いとよく言われますが、私もそこまでの視力の持ち主には初めて会いましたよ……」

「……駄目だ! 俺には砂漠の地平線しか見えん!」


 サバトが目を見開いてトライセンの砂漠を凝視するも、結果は振るわなかったようだ。こればかりは根性でどうにかなるものでもないからな。なったら怖い。


「まあ、そんな訳だ。エフィルの報告によれば、確認できた竜の数はおよそ3000」

「3000……!」

「類別致しますと亜竜や幼竜が2500、成竜が500ほどです。指揮官と思われる人物4名は古竜に騎乗していました」


 千里眼を通して更に鑑定眼を使ったからな。大よそではあるが、相手の戦力はこれで間違いないだろう。


「ちょ、ちょっと待ってほしいッス! S級討伐クラスの古竜が4匹もッスか!? マジで国が滅ぶッスよ!」


 おっ、グインが復活した。


「そうね。いくら軍拡を続けていたからと言っても、それだけの竜を揃えるなんて…… 私たちもガウンで竜騎兵団を見たことがあるけど、その殆どが亜竜、上位の者でも成竜が精々だったはずよ。古竜なんて姿も確認されていなかった」

「しかも、その竜騎兵団でさえもトライセンの一部隊に過ぎないと。トライセンはこれまで実力を隠していたのか?」

「ハッハ、笑えねぇな…… だけどよ、そんな状況でも平静を保ってるあんたらのことだ。何か策があるんだろ?」


 俺は分かってるぜ、とサバトがしたり顔をする。いや、策って言う程のものでもないんだけど…… 妙な期待の眼差しを向けられても困るぞ。


「……まあな。まずサバト達は無理をしない範囲で城塞付近を遊撃隊として動いてくれ。ただし、合図があるまでは隠れて待機だ。知っての通り、この城塞は魔法で覆い隠されている。だから初撃は完全な奇襲の形で決めたいんだ。ここは気をつけてくれ」

「分かりました。その後は臨機応変に、ってことですね。サバト、勝手な行動は慎んでよ」

「お前こそな」

「城塞からはエフィルが弓で援護するし、このジェラールも門前の護りに着く。互いに協力してくれよ」

「ジェラールじゃ。よろしく頼むぞ」

「改めまして、エフィルと申します」


 互いに挨拶を軽く交わす。ここには完全武装のゴーレム達も配置する予定だ。『軍団指揮』のスキルを所有するジェラールにはゴーレム達の指揮を頼んでいる。まあ、ここまで到達できる竜なんて古竜くらいなものだと思うが。


「ところで、ケルヴィンさんはどうするのですか?」

「俺? 俺はまあ、敵の将軍さんに挨拶かな」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 数十分に及ぶ打ち合わせを終えた後は、各々作戦時間まで自由行動とすることにした。一通りの仕掛けも仕込み終えたし、後は思いっきり体を休めるだけだ。サバト達にも部屋を各人に割り当てたので不自由はしないだろう。ってかゴマの後ろにいた獣人の男二人、最後まで一言も発さなかったな。何か事情があるのかね?


「まあ、お姫様の護衛か何かだろうけど」

「うん? ケルにい、何か言った? 流し終わったよ」

「何でもないよ。さ、次はリオンの髪洗うぞ」

「うん。お願い~」


 そんな訳で俺も息抜きを兼ねてリオンとお風呂タイムである。シャカシャカとリオンの艶やかな黒髪で泡を立て、優しく洗ってやる。少し髪が伸びたな。そろそろ肩にかかりそうだ。


「んんっ…… やっぱりケルにいに洗ってもらうと気持ちいいな。眠っちゃいそう……」

「寝るなって。風邪ひくぞ。ほれ」


 眠気覚ましのお湯をかけてやる。湯が目に入るのが苦手なのか、リオンは思いっきりを目を瞑っている。


「タオルー」

「はいはい」

「ん、ありがと。それにしてもケルにい、あの作戦って絶対足止め用じゃないよね?」

「ある意味足止めだろ。リオンの固有スキルもふんだんに使った良い出来だと自負している」

「あれ疲れるんだよー。働いた分は甘えるからねっ! 次、お風呂お風呂!」


 湯船にゆっくりと浸かる。ふへー、やはり日本人にとって風呂は必須だな。


 屋敷のものと比べ、ここの浴槽はやや狭い。何とか3人が入れるくらいの広さか。まあ、そんな事とは関係なく決まってリオンは俺の膝の上に座ろうとする。リオンが来たばかりの頃はなぜか抵抗があったが、今ではこれが自然体だ。本当に何で最初は抵抗があったのだろうか。自分でも謎である。


「あんまり決戦前夜って感じがしないねー」

「物凄くリラックスしてるからな。この城塞、もっとコンパクトにすれば旅の拠点代わりに使えるかもしれん」

「それいいかもねー。わふー……」


 こんな感じで俺たちはとても緩い時間を満喫するのであった。

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